第17話 デスマッチ
「いけぇぇっダイチ! お前が死んだら、その最強の短剣は俺が形見として大事に使ってやるからな!」
「縁起でもないこと言うな! あと絶対にやらねぇよ!」
「ダイチさーん! 勝ったらボクに焼き肉奢ってね!」
「なんで命がけで戦ってんのに俺が奢る側なんだよ!」
「へへっ、ダイチが死ぬ方に銀貨一枚賭けといたぜ!」
「ザックお前は後で絶対殴る!!」
商業国家アルカナの裏の顔、『地下闘技場』。
すり鉢状のコロシアムの底で、俺はたった一人、無銭飲食(金貨四枚不足)の代償としてデスマッチのリングに立たされていた。
鉄格子の向こうの観客席最前列では、アホ三連星がポップコーンを片手に完全に「見世物」として俺を応援(?)している。
『さぁぁぁぁ! 今夜のメインイベント! 無銭飲食で叩き込まれたヒョロガリの鍛冶師に対するは――!』
闘技場に響き渡る実況の声。
反対側の鉄格子が、ギギギと重々しい音を立てて開いた。
『闘技場無敗の絶対女王! 木刀一本で死地の山を築き上げる、冷徹なる銀の刃! クロエェェェェ・フォン・アインツベルンだぁぁぁっ!!』
歓声が爆発する。
砂埃の中から現れたのは、見上げるような巨漢のバケモノ――ではなく、目を疑うほど美しい少女だった。
月光のように輝く銀色の長髪。透き通るような白い肌。
感情の一切を削ぎ落としたような、氷のように冷たい青い瞳。
そして彼女の手には、実況の言う通り、古びた『木刀』が一本だけ握られていた。
「……木刀? デスマッチなのに?」
「おいダイチ! 相手は女の子だぞ! しかも木刀! お前、手ぇ抜いたら俺が許さねぇからな!」
鉄格子の向こうからレオンが大声を上げる。
「抜くわけないだろ! 無敗って言ってたぞ!」
「……ええ。手加減など無用です」
クロエが、凜とした、だが底冷えするようなクールな声で応じた。
「私はこの試合、絶対に勝たねばならない。昨日購入した『持っているだけで大富豪になれる黄金のタヌキの置物(金貨三百枚)』のローンを返すために」
「……思いっきり詐欺に引っかかってるじゃねぇか!!」
俺の渾身のツッコミが闘技場に響き渡った。
コイツ、見た目は氷のクールビューティーなのに、中身は絶望的なカモだ!
「詐欺ではありません。現にこの木刀も、『これを振ればどんな聖剣もへし折れる覇王の木刀(金貨五十枚)』としてセットで買った由緒正しき――」
「それその辺の木を削っただけだよ! 値札のシールまだ裏に貼ってあるぞ!」
「問答無用。いきます」
クロエがスッと木刀を構え、地を蹴った。
――速い!
冗談抜きで、瞬きする間に距離を詰められた。
「シッ!」
鋭い呼気と共に振り下ろされた木刀。
俺は咄嗟に懐から『アンチ・マジック・ダガー』を抜き、横に転がって回避した。
――ドゴォォォォォォンッ!!
「はぁ!?」
木刀が叩きつけられた石畳のリングが、まるで大砲を撃ち込まれたかのようにクレーター状に粉砕された。凄まじい風圧で俺の体が吹き飛びそうになる。
「嘘だろ!? ただの木刀だぞ! どんだけ筋力と身体強化の魔法使ってんだ!」
「うおおおおっ! すげぇ! ダイチ、今のを短剣で受け止めてみろ!」
「腕が粉微塵に吹き飛ぶわバカレオン!!」
俺がツッコミを入れながら逃げ回る間にも、クロエは無表情のまま、ミサイルのような踏み込みで連続攻撃を仕掛けてくる。
ブンッ! ドガァン!
彼女が木刀を振るうたびに、リングが砕け、衝撃波が巻き起こる。圧倒的な手数と、一切の無駄がない完璧な剣術。
どんな魔法も切り裂く俺のダガーだが、俺自身の動体視力と運動神経が追いついていない!
「くそっ、このままじゃ体力が……!」
焦る俺の耳に、鉄格子の向こうからザックの声が届いた。
「ダイチ! あのお姉ちゃん、さっきからお腹がキュルキュル鳴ってるぜ! たぶんタヌキの置物買って、ご飯食べるお金ないんだ!」
ザックの異常な聴力が、クロエの唯一の弱点を看破した。
見れば、クロエの氷のような表情の奥で、ほんのわずかに脂汗が浮いている。
(……いける!)
俺は迫り来るクロエに向かって、ダガーを持たない左手をスッと前に突き出した。
「待て! 俺を倒しても金貨一枚にしかならないぞ!」
「……? それがルールです」
「だが! 俺は『黄金のタヌキの置物の効果を百倍にする、伝説の激レアパン』を持っている!」
「……ッ!」
クロエの動きが、空中でピタリと止まった。
その氷のようにクールな瞳が、ハシビロコウのように限界まで見開かれている。
「で、伝説の……?」
「そうだ! ザック! 今だ、アレを投げろ!」
「アイアイサー! 厨房からくすねたただの丸パンだ!」
「余計な情報言うな!」
ザックが鉄格子の隙間から、丸パンをリングの中央へ放り投げた。
クロエの視線が、宙を舞うパンに完全に釘付けになる。クールな顔つきのまま、口から一筋のヨダレが垂れた。
(今だァァッ!!)
俺は全速力で踏み込み、クロエの手に握られた『覇王の木刀(大嘘)』に向かって、アンチ・マジック・ダガーを横薙ぎに振り抜いた。
――スパーンッ!!
「あっ」
極限まで鍛え抜かれた無銘の短剣は、クロエの木刀をいとも容易く、まるで豆腐のように真っ二つに切断した。
パンをキャッチしようとしていたクロエは、手の中で軽くなった木刀の柄を見て、ポカンと口を開けた。
「……私の、金貨五十枚の覇王の木刀が……」
「勝負ありだ! お前の武器はもうない!」
俺がダガーを突きつけると、クロエはペタンと地面に座り込み、手の中のパンを無表情のまま「もぐもぐもぐ……」と猛スピードで食べ始めた。
「……美味しいです。タヌキの効果が百倍になりそうな味がします」
「だからただのパンだっての!」
『あ、あーっと! 絶対女王クロエ、まさかの武器破壊により戦闘不能! 勝者、ヒョロガリの鍛冶師だぁぁぁっ!』
実況の声と共に、観客席から大ブーイングと怒号が巻き起こる。
八百長だ、金返せと暴動寸前の騒ぎになった。
「ヤバい、これ絶対生きて帰れないパターンだ!」
俺はダガーを一閃し、レオンたちが閉じ込められていた鉄格子の鍵を強引に叩き斬った。
「お前ら! 暴動に乗じて逃げるぞ! 走れ!」
「おう! 焼き肉は逃げ切ってからだな!」
「だから奢らねぇって!」
俺たちが闘技場の裏口へと猛ダッシュした、その時。
「――お待ちください」
背後から、パンを完食して口元を拭ったクロエが、クールな表情のまま猛スピードで並走してきた。
「ひぃっ!? なんだお前、まだやる気か!?」
「いえ。私に伝説のパンを恵んでくださったご恩、そして私の木刀を容易く折るその見事な剣さばき(ダガーの性能)。あなたこそが、私の真の主です」
「主!?」
「はい。タヌキの置物のローンを肩代わりしてくださるんですよね? 一生ついていきます」
「誰が肩代わりするかバカァァァァッ!!」
俺の絶叫が地下通路に響き渡る。
アホでうるさい三連星に、クールな顔して借金まみれの凄腕騎士まで追加された。
――そして。
俺たちが裏口の扉を蹴り破って外に飛び出した瞬間。
「あ」
「えっ」
目の前には、白銀の鎧を着た数十人の集団――『神殿騎士団』が、松明を掲げて完全包囲の陣を敷いていた。
「……見つけたぞ、異端の鍛冶師。さぁ、神の裁きを受けよ」
氷のような微笑を浮かべる騎士団長。
闘技場の追手。目の前には神殿騎士団。さらに仲間は全員ポンコツ。
俺の異世界サバイバルは、かつてない絶望の崖っぷちに立たされていた。




