第16話 青空の即席鍛冶場と、商業都市の洗礼
「お願いだ門番さん! 俺のこの鍛え抜かれた上腕二頭筋を担保に、どうか通してくれぇぇっ!」
「キモいからやめろレオン! 門番さんが本気で槍構えてるだろ!」
「へへっ、お小遣いちょうだぁい!」
「ザック! お前は門番の腰袋から手を離せ! その場で斬り捨てられるぞ!」
商業国家アルカナの巨大な城門前。
通行人たちが白い目を向ける中、俺の怒号とツッコミが空しく響き渡っていた。
「ええい、鬱陶しい! 金がないならさっさと道を開けろ! 後ろがつかえてるんだよ!」
門番がシッシッと犬を払うように手を振る。
その後ろには、入国審査を待つ商人たちの馬車が長蛇の列を作っていた。
完全に詰んだ。手持ちの金はゼロ。売れそうなのはザックが盗んだ巨漢のベルトくらいだ。
「……あーあ。せっかく命がけで逃げてきたのに、まさかこんなところで足止めとはね」
「ボク、もうお腹と背中がくっつきそうだよぉ……」
モグが地面にへたり込み、レオンが天を仰いで絶望のポーズをとる。
俺も折れた肋骨を押さえながら、途方に暮れていた。その時だ。
「ええい、この役立たずどもが! こんなところで馬車を壊すとは何事だ!」
列の少し後ろから、ヒステリックな怒声が聞こえてきた。
見ると、ひときわ豪華な装飾が施された大型馬車が、車体を傾けて立ち往生している。太った身なりのいい商人が、顔を真っ赤にして御者や護衛たちを怒鳴りつけていた。
「申し訳ありません、ゴルド旦那様! 車軸の金属パーツが完全に折れておりまして……予備もありませんし、街の鍛冶屋を呼ぶには審査を通らねばならず……」
「今日の午後には大オークションが控えているのだぞ! 遅れたらどう責任を取るつもりだ!」
商人の怒声を聞いた瞬間。
俺とレオン、モグ、ザックの四人は、バチッと視線を交わした。
「……ダイチ。あれ、匂うぜ」
「ああ。金貨の匂いがプンプンするな」
「お頭、ダイチ! ボクも手伝うよ!」
「ヒャッハー! お宝(報酬)の予感だぜぇっ!」
空腹と貧困は、時に人から羞恥心を奪い去る。
俺たち四人は、迷うことなく豪華な馬車へと猛ダッシュした。
「そこの旦那! お困りのようだな!」
レオンが、無駄にキレのある動きで商人ゴルドの前に飛び出した。
「な、なんだお前たちは! 薄汚い浮浪者が私に気安く話しかけるな!」
「ふはは! 浮浪者ではない! 俺たちは奇跡の三連星! そしてこっちは――どんな鉄屑でも一瞬で直す、天才鍛冶師のダイチだ!」
レオンがバァン! と俺を指差す。
俺は痛む胸を張り、商人を真っ直ぐに見据えた。
「旦那。車軸の修理ですね。俺なら十分で直せますよ。……金貨三枚でどうですか?」
「金貨三枚だと!? 足元を見おって! 大体、こんな道具も持っていないガキに何ができるというのだ!」
「道具ならあります。やらせてみてください。直せなかったら、この馬鹿の腕を切り落としてオークションに出品してもらって構いません」
「おいィ!? 俺の腕を勝手に担保にするな!」
レオンの悲鳴を無視し、俺は傾いた馬車の下へと潜り込んだ。
見れば、車輪を支える太い鋼鉄の車軸が見事に真っ二つに折れている。これでは走れない。
「ザック! その辺に転がってる『鉄のスクラップ』を拾い集めてこい! モグ、お前は俺の横で火を出す準備だ!」
「アイアイサー!」
「わかった!」
俺は懐から『アンチ・マジック・ダガー』を抜いた。
魔法を弾き、物理法則だけで全てを切り裂く、理不尽の塊。この短剣の真の力は、戦闘ではなく『加工』において発揮される。
「さて、やるか!」
俺はザックが拾ってきた分厚い鉄板にダガーを突き立てた。
ズプゥゥゥッ!
「なっ!?」
覗き込んでいた商人ゴルドが、目をひん剥いた。
鋼鉄の板が、まるで豆腐か粘土のように、スイスイとダガーで切り抜かれていく。
「こ、鋼鉄を、そんな小さなナイフで!? どんな腕力だ!」
「筋力じゃありません。ナイフの性能です! モグ、今だ!」
「我が右手に封じられし炎よ! ……ええい、燃えろぉっ!」
モグの杖から放たれたチャッカマンの火が、切り出した鉄のパーツを炙る。
俺はダガーの腹を使ってガンガンと鉄を叩き、折れた車軸を繋ぎ合わせるための『接合パーツ』を文字通り力技で成形していく。
「レオン! 馬車を持ち上げろ!」
「いななけ俺の筋肉ゥゥゥッ!!」
レオンが馬車の車体を持ち上げ、その隙に俺が成形した鉄のパーツを折れた車軸にカポッとはめ込む。
熱で膨張していた鉄が冷えて収縮し、折れた車軸を万力のようにガッチリと固定した。
「よし! 作業終了!」
俺が馬車の下から這い出すと、周囲は水を打ったような静寂に包まれていた。
商人ゴルドが、震える手で修理された車軸を触る。
「……信じられん。あの太い鋼鉄を、たった十分で、しかも完璧に繋ぎ合わせただと……?」
「どうですか旦那。これならオークションに間に合いますよ」
俺がニヤリと笑うと、ゴルドの顔がパァッと明るくなった。
「素晴らしい! 見事な手際だ! 君のような優秀な職人を探していたのだ! ほれ、約束の金貨三枚だ!」
チャリンッ!
俺の掌に、黄金に輝くコインが三枚落とされた。
「「「うおおおおおおっ!!」」」
俺たち四人は抱き合い、飛び跳ねて歓喜した。
これで入国税が払える! 飯が食える!
「兄ちゃん、もし職探しに困ったら、我がゴルド商会を訪ねてくるといい! 歓迎するぞ!」
「ありがとうございます!」
馬車が颯爽と城門を抜けていくのを見送り、俺たちは意気揚々と門番の前に立った。
「おい門番! 四人分の入国税、金貨二枚だ! お釣りはとっときな!」
「あ、金貨は釣りが出ないから銀貨で渡すぞ」
「きっちりお釣りください」
***
「ヒャッハー! ついにアルカナだぁぁっ!」
「すっげぇ! 建物が全部レンガ造りだ!」
「いい匂いがするぅぅ!」
城門を抜け、商業国家アルカナに足を踏み入れた俺たちは、その圧倒的な活気に圧倒されていた。
大通りには無数の露店が並び、色とりどりの商品と人々の熱気が渦巻いている。
「よしお前ら! まずは腹ごしらえだ! 一番美味そうな店に入るぞ!」
「おーっ!!」
俺たちは大通りで一番繁盛していそうな、豪華な外観のレストランへと飛び込んだ。
「店員さん! この店で一番高くて美味い肉料理を四人分持ってきてくれ!」
「かしこまりました! 当店名物『ギガント・ボアの極上ステーキ』でございますね!」
運ばれてきたのは、顔よりもデカい分厚いステーキだった。
肉汁が滝のように溢れ、スパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。
「「「いただきまぁぁぁす!!」」」
無言だった。
俺たちはただひたすらに、肉を食らい、パンをかじり、エールで流し込んだ。
五日ぶりのまともな食事。神殿騎士団からの逃亡、賞金稼ぎとの死闘。そのすべての苦労が、この一口で報われた気がした。
「ぷはぁぁっ! 食った食った! もう一歩も動けねぇ!」
「ボク、もう死んでもいいよぉ……」
「最高だったぜ! やっぱり街はいいな!」
膨らんだ腹をさすりながら、俺たちは幸せの絶頂にいた。
そこへ、愛想のいい店長が伝票を持ってやってきた。
「お粗末様でした。お会計は、四名様で『金貨五枚』になります」
「…………え?」
店長の声に、俺の手から爪楊枝がポロリとこぼれ落ちた。
「あの、すいません。ちょっと耳が……金貨?」
「はい。ギガント・ボアは特級指定の魔獣ですので、極上ステーキは一皿で金貨一枚。それにエールとパンの追加料金、さらにアルカナ特有の『特別消費税200%』が加算されまして、合計で金貨五枚になります。ニコッ」
俺は、震える手で自分のポケットを探った。
入国税を払って残った金。
手持ちは――『金貨一枚』のみ。
「…………足りねぇ」
俺の呟きに、レオン、モグ、ザックの顔からスッと血の気が引いた。
「た、足りないって……ダイチ、嘘だろ?」
「金貨四枚も足りねぇよ!! なんだよ消費税200%って! ぼったくりだろ!!」
俺が立ち上がって叫ぶと、愛想の良かった店長の目が、スゥッと細められた。
「……おや。もしかして、無銭飲食ですか?」
「ち、違っ! これはその、少し手違いが……」
パチンッ。
店長が指を鳴らすと、厨房の奥から、首に太いタトゥーを入れた身長二メートル超えの筋肉ダルマのコックたちが、包丁やフライパンを持ってゾロゾロと出てきた。
「払えないなら……体で払ってもらうしかありませんねぇ。ちょうど今夜、街の『地下闘技場』でデスマッチの枠が空いてるんですよ」
「で、デスマッチィ!?」
レオンが悲鳴を上げる。
ザックが窓から逃げようとするが、屈強なコックに首根っこを掴まれて宙に浮いた。
「さぁ、血と暴力のエンターテインメントで、きっちり稼いできてもらいましょうか!」
「待て待て待て! 俺は肋骨が折れてるんだよぉぉぉっ!!」
商業国家アルカナの洗礼。
それは神の追手よりも恐ろしい、容赦のない「資本主義の暴力」だった。




