第14話 炭鉱の大爆走
「あ、あのさ……ダイチ? お前、神様に……何したの?」
「…………」
広場の隅の物陰。
レオン、モグ、ザックの三人が、まるで珍獣を見るような目で俺を囲んでいた。
「しっ! 声がでかい!」
俺は慌てて三人の口を両手で塞ぎ、路地裏のさらに奥へと引きずり込んだ。
心臓が嫌な音を立てて早鐘を打っている。広場では、純白の鎧を着た神殿騎士団が、俺の顔を空中にデカデカと投影しているのだ。
「ぷはっ! おいダイチ、マジで何やったんだよ! 教会の賽銭箱でも盗んだのか!?」
「そんなショボい犯罪で重武装の騎士団が動くか! ……俺だって身に覚えがない!」
俺が声を潜めてツッコミを入れると、広場の中央に立つ騎士団長が、よく通る声で高らかに宣言した。
『この映像の男は、神の恩恵たる「魔法」を否定し、理に反する邪悪なる武具を鍛造した大罪人である! 神の奇跡に泥を塗る「異端の鍛冶師」を匿う者は、同罪とみなす!』
「……あ」
俺は思わず、懐の『アンチ・マジック・ダガー』を隔てる服の布地をギュッと握りしめた。
魔法を弾き、物理法則だけで全てを切り裂く短剣。
どうやら、俺があの夜、常軌を逸した執念で鉄を打ち続けた結果、その特異な波動か何かが教会の「異端検知レーダー」に引っかかってしまったらしい。
「い、異端の鍛冶師……」
「お頭、ダイチはガチのヤバい奴だったみたいだよぉ!」
「どうする!? ギルドに突き出せば懸賞金もらえるかな!?」
ザックがゲスい顔で提案した瞬間、俺はザックの鼻をつまみ上げた。
「痛たたたた! 冗談! 冗談だってば!」
「いいかお前ら。俺は捕まるわけにはいかない。でも、このままじゃ街の人たちが疑われてヒドい目に遭う。……ひと暴れして、街から脱出するぞ」
俺がそう言うと、レオンはニヤリと笑って背中の大剣に手をかけた。
「へっ、面白ぇじゃねぇか! 神殿騎士団が相手なんて、未来の英雄の初陣にピッタリだぜ!」
「ボクは帰りたぁい……」
泣き言を言うモグの襟首を掴み、俺は周囲を見渡した。
ここは鉱山街だ。路地裏には、掘り出された「石炭」のクズが大量に積まれており、そこから山頂の採掘場へと続くトロッコの線路が伸びている。
「よし、作戦を伝える。今回も俺の指示通りに動け。……ザック、お前の出番だ」
***
「全家屋を徹底的に捜索しろ! ネズミ一匹逃すな!」
騎士団長が冷酷な声で命じ、騎士たちが民家のドアを蹴り開けようとした、その時だった。
「ひゃっはー! 神様のお使いも大したことねぇな!」
広場に面した屋根の上。
ザックが、騎士団長の腰から『純金の装飾が施された聖典』を器用にぶら下げて、尻をペンペンと叩いていた。
いつの間に盗んだのか、完全にプロの犯行である。
「な、貴様ぁっ! 我が聖典を! 待て、捕らえろ!」
顔を真っ赤にした騎士団長と数十人の騎士たちが、一斉にザックを追いかけて路地裏へと雪崩れ込んでいく。
ザックは「ひぃぃぃ!」と本気の悲鳴を上げながら、俺が指定した細い炭鉱道へと逃げ込んだ。
「ここだ! この倉庫に逃げ込んだぞ!」
騎士たちがなだれ込んだのは、周囲を石炭の粉で真っ黒に汚された、古い貯炭庫だった。
「ふはははは! よく来たな、神の犬ども!」
貯炭庫の奥、積まれた石炭の山の上に仁王立ちしていたのは、無駄にポーズを決めたレオンだ。
「俺は奇跡の三連星、リーダーのレオン! お前らの相手はこの俺が――」
「ええい、うるさい! その男の仲間か! 構わん、串刺しにしろ!」
「話を聞けよぉぉっ!?」
殺気立った騎士たちが一斉に槍を構えて突撃してくる。
俺は倉庫の梁の上から、その様子を冷静に見下ろしていた。
騎士たちが倉庫の中央――一番石炭の粉が舞っているエリアに踏み込んだ瞬間。
「モグ! 今だ!」
「我が右手に封じられし炎よ! ……ええい、ぽいっ!」
梁の反対側に隠れていたモグが、杖の先から放った『チャッカマンレベルの小さな火球』を、宙に舞う真っ黒な石炭の粉塵に向かって投げ入れた。
次の瞬間。
――ドゴォォォォォォォォンッ!!!
強烈な閃光と爆音。
狭い空間に充満した可燃性の粉塵に火種が触れたことで引き起こされる、物理学の悪魔――『粉塵爆発』である。
魔法による爆発ではないため、騎士たちの「対魔法防壁」は一切機能しない。
「ぎゃあああああっ!?」
「目がぁっ! 鎧が真っ黒にぃぃっ!」
爆風と大量の煤を真正面から食らい、白銀の騎士団は見事なまでに全員真っ黒コゲ(致命傷はなし)になって吹き飛んだ。
「よし! レオン、走れぇぇ!」
「うおぉぉぉぉっ!!」
俺の合図と共に、レオンが倉庫の奥に停めてあった『大型トロッコ』を凄まじい馬力で押し始めた。
俺とモグが梁からトロッコに飛び乗り、聖典を放り投げたザックも転がり込んでくる。
「出発進行ォォォッ!!」
レオンがトロッコの後ろから全体重をかけて押し出すと、車輪が火花を散らし、下り坂の線路を一気に猛スピードで滑り始めた。
ガラガラガラッ! という凄まじい轟音が響き渡る。
「逃がすな! 追えぇぇっ!」
真っ黒になった騎士団長が涙目で叫ぶが、下り坂で加速したトロッコに追いつけるわけがない。
「ひゃっはー! 見たか教会の連中! 風が、風が気持ちいいぜぇぇ!」
「お頭、前! カーブ! カーブ曲がりきれないぃぃ!」
「ダイチさぁん、振り落とされるぅぅ!」
猛スピードで山肌を駆け下りるトロッコの中で、俺たちは右へ左へと遠心力で振り回されていた。
「お前ら、体重移動しろ! 右! 次は左だ! レオン、調子に乗って立ち上がるな!」
俺の必死のツッコミと絶叫が、山の木魂となって響き渡る。
やがてトロッコは街の入り口を勢いよく飛び出し、そのまま街道の草むらへと見事に突っ込んで、豪快に横転した。
ガシャァァァンッ!!!
「…………」
「…………」
夕焼け空の下、泥と石炭の粉で真っ黒になった俺たち四人は、大の字になって草むらに倒れていた。
「……あー、死ぬかと思った」
ザックがゲホゲホと咳き込みながら呟く。
「でも、すげぇ大冒険だったな! 騎士団を出し抜いてやったぜ!」
「ボク、もう一生トロッコには乗らない……」
レオンがガハハと笑い、モグが半泣きで杖を抱きしめている。
俺は折れた肋骨の痛みに顔をしかめながら、体を起こした。
「……お前ら。いいのか?」
俺の問いに、三人がキョトンとした顔でこちらを見た。
「俺は教会から『異端者』として追われる身になった。お前らも一緒にいたら、魔王を倒すどころか、お尋ね者として一生日陰を歩くことになるぞ」
俺はあえて、冷たい声で現実を突きつけた。
こいつらはバカだけど、根は善人だ。俺みたいな得体の知れない爆弾と一緒にいるべきじゃない。ガンテツ親方の元へ帰って、地道にスライムを狩る日常に戻るべきだ。
だが、レオンは鼻をこすり、ニカッと笑った。
「馬鹿野郎。俺たち『奇跡の三連星』の戦術担当を、こんなとこで手放すわけねぇだろ。それに……」
レオンは俺の肩を、バシッと強く叩いた(痛い)。
「教会だろうが神様だろうが、俺のダチを理不尽にイジめる奴は、俺の敵だ。魔王より先に、そいつらをぶっ飛ばしてやるよ!」
「お頭の言う通りだぜ! それに、ダイチと一緒にいれば退屈しなさそうだしな!」
「ボクも、ダイチが一緒なら……ちょっとだけ勇気出るかも」
三人の言葉に、俺は思わず言葉を失った。
こいつら、本当にどこまでもアホだ。自分の命と出世がかかってるってのに、損得勘定が全く機能していない。
「……お前ら、マジでアホだな」
俺は呆れたように息を吐き、そして、たまらず吹き出した。
「あはははっ! いいぜ、後悔しても遅いからな。地獄の底まで付き合ってもらうぞ!」
「おう! 任せとけ!」
真っ黒な顔を見合わせて、俺たちは声を上げて笑った。
最悪の指名手配。
帰る場所も失った。
だが、不思議と絶望はなかった。この騒がしい悪友たちと一緒なら、どんな困難もギャグに変えて乗り越えていける気がした。
「よし、親方のお使いは失敗したが、このまま隣の国まで逃げ切るぞ! 歩け、お前ら!」
「ええ〜!? また歩くのぉ!?」
「レオン、お前が俺を背負え。肋骨が痛い」
「なんで俺が馬代わりなんだよぉぉっ!」
俺たちの騒がしい珍道中は、夕闇の迫る街道へと、どこまでも続いていくのだった。




