第13話 神のお尋ね者
「おらぁぁぁっ! 俺は風だ! 伝説の神馬だぁぁぁっ!!」
「レオン、馬のモノマネはいいから真っ直ぐ走れ。溝に落ちるぞ」
「いななけ俺の筋肉ぅぅっ! ヒヒィィィンッ!!」
ガシャァァァンッ!!
「……言わんこっちゃない」
のどかな街道に、荷車が横転する豪快な音が響き渡った。
車輪が空回りし、積み荷の木箱が散乱する。そして、荷車を引いていた「自称・神馬」こと金髪ツンツン頭のレオンが、泥水の中でピクピクと痙攣していた。
「あーあ。お頭、また溝に突っ込んだよ。これで今日三回目だぜ」
「もうやだぁ……ボク、歩くの疲れちゃったよぉ……」
呆れ顔の盗賊ザックと、杖を杖として完全に正しい用途(体重を支えるため)で使っている小太り魔法使いのモグ。
そして俺はといえば、横転する寸前に荷車から飛び降り、無傷で着地を決めていた。折れた肋骨にはさらしが巻いてあるが、全治一ヶ月の身である。
「お前らなぁ……ガンテツ親方のお使いで隣町の『鉱山街ゴルゴン』まで行くだけなのに、なんでこんなに疲れるんだよ」
俺は深い深いため息をついた。
親方から「特上の石炭を仕入れてこい」と頼まれたのはいいが、馬を買う金も借りる金もなかったため、体力だけが取り柄のレオンを馬車馬の代わりにしていたのだ。
「い、痛ぇ……! ダイチ、すまん! 風の精霊が俺にイタズラをしたみたいだ!」
「お前の三半規管がバグってるだけだ。早く起きろ、日が暮れるぞ」
俺は泥だらけのレオンの首根っこを掴んで引きずり起こし、荷車を元に戻した。
「ったく、お前らみたいなポンコツ連れてたら、魔王を倒す前に寿命で死ぬわ」
「ふはは! 心配するなダイチ! 俺たち『奇跡の三連星』の真の力は、戦闘において発揮されるのだからな!」
レオンがドヤ顔で泥を払った、まさにその時である。
『キシャァァァァッ!!』
街道の茂みから、一匹の魔物が飛び出してきた。
額に鋭い角を生やした、体長一メートルほどの巨大ウサギ『ホーン・ラビット』だ。冒険者ギルドの討伐ランクで言えば、下から二番目の雑魚である。
「出たな魔物め! 俺の出番だ!」
「お頭! ボクも援護するよ!」
レオンが背中の大剣を抜き、モグが杖を構える。
「喰らえ! 必殺、ライトニング・ハリケーン・スラァァァッシュ!!」
レオンが大声で叫びながら、大剣を力任せに横薙ぎに振り抜く!
しかし、動きがデカすぎる。ホーン・ラビットはピョンと軽く飛び上がり、レオンの剣は空を切って横の木の幹に深々と突き刺さった。
「あ、抜けねぇ! モグ、今だ!」
「我が右手に封じられし炎よ! ……ええい、燃えろぉっ!」
モグが杖の先から放ったのは、焚き火の種火レベルの小さな火球。
それが弧を描いて飛んでいき――見事に、大剣を抜こうと四つん這いになっていたレオンのズボンのお尻に直撃した。
「アッッッッツゥゥゥ!? 俺の尻! 俺の尻が燃えてるぅぅ!?」
「ああっ、ごめんお頭! 狙いが外れた!」
「おいザック! お前も手伝え!」
俺が怒鳴ると、ザックはウサギの背後にこっそり回り込んでいた。
「へへっ! 魔物の素材は高く売れるんだぜ! 生きたまま角を頂戴して――」
『キシャッ!』
「ギャアアアアッ!? 角でみぞおち刺されたぁぁぁ!!」
開始十秒で、パーティーは壊滅状態に陥った。
尻を燃やして走り回る剣士、パニックになって杖を振り回す魔法使い、腹を押さえて泡を吹く盗賊。
「…………」
俺は無言で足元の石ころ(拳大)を拾い上げた。
そして、獲物を狩って得意げにしているホーン・ラビットの脳天に向かって、投手顔負けのフォームで全力投球した。
ドゴォッ!!
『キュゥ……』
石がクリーンヒットし、ウサギは一撃で気絶して白目を剥いた。
「よし、今夜の夕食はウサギの丸焼きだ」
「「「ダイチさぁぁぁん!! 助かったぁぁぁ!!」」」
「お前ら、二度と戦闘力アピールするなよ!!」
俺のツッコミが、夕暮れの空に虚しく響き渡った。
***
その日の夜。街道沿いの広場でキャンプを張った俺たちは、焚き火を囲んでいた。
「くぅ〜っ! ウサギの肉、美味ぇぇ!」
「ダイチ、塩加減が絶妙だよぉ!」
レオンとモグが、串焼きにかぶりついている。
俺は鍋のスープをかき混ぜながら、呆れつつも悪くない気分だった。
「へへっ、肉だけじゃないぜ! 食後のデザートもあるんだからな!」
ザックがドヤ顔で懐から取り出したのは、高級そうな木箱に入った焼き菓子だった。
「おっ、すげぇ! ザック、お前そんな金どこに……」
「今日の昼間すれ違った貴族の馬車から『拝借』してきたに決まってんだろ!」
「バカヤロウ!!」
俺はザックの頭を思い切り引っぱたいた。
「俺たちが強盗団になってどうすんだ! この菓子は明日、街に着いたら代金をギルド経由で送金するからな! お前は今日のデザート抜きだ!」
「えええええ!? そりゃねぇよダイチ〜!」
ザックが泣きべそをかく横で、レオンがガハハと笑う。
「まあいいじゃねぇか! 俺たちが魔王を倒して世界を救えば、これくらいタダになるさ!」
「お前のその根拠のない自信、どこから湧いてくるんだよ」
俺がツッコミを入れると、レオンは真剣な顔で焚き火を見つめた。
「俺さ、ガキの頃に故郷の村をゴブリンに焼かれてさ。その時、通りすがりの冒険者が助けてくれたんだ。マントを羽織った、すげぇ強え剣士だった。俺もああなりたいって、ずっと思ってんだよ」
「お頭……」
モグとザックが、しんみりとした顔で頷く。
「だから俺は、絶対に英雄になる。お前らも一緒にな!」
「レオン……お前、たまには主人公みたいなこと言うんだな」
俺は少しだけ感心して、笑みをこぼした。
アホで、うるさくて、戦闘力はマイナス。
でも、こいつらは真っ直ぐだ。裏表がなくて、見ていて気持ちがいい。
こんなポンコツたちのお守りをする日常も、悪くない。俺は心からそう思い始めていた。
***
翌日の昼。
俺たちは目的地の『鉱山街ゴルゴン』に到着した。
切り立った岩山に囲まれた、職人と労働者の街だ。普段なら鍛冶の音と威勢のいい声で賑わっているはずだった。
だが。
「……おい。なんだよ、これ」
街の入り口に立ったレオンが、息を呑んだ。
不気味なほどに静かだった。
街の中央広場に、何百人という住民がすし詰め状態に集められていた。しかも全員が、地面に土下座するように平伏しているのだ。
「何かのお祭り……じゃないよね?」
モグが杖を抱きしめて震える。
広場の中央、平伏する人々の前に立っていたのは、全身を純白の鎧で包んだ数十人の集団だった。
胸には十字の紋章。手には冷たい輝きを放つ長槍。
「『聖教会』の……神殿騎士団!?」
ザックが悲鳴のような声を上げた。
王国の法すら凌駕する、神の代行者たち。なぜそんな連中が、こんな辺境の鉱山街に?
「静粛に」
騎士団の先頭に立つ、金髪で冷徹な顔つきの隊長が、よく響く声で言い放った。
彼の手には、奇妙な形をした巨大な水晶玉が握られている。
「神の啓示により、この近辺に世界の理を乱す『異物』が潜伏していることが判明した!」
その言葉に、俺の心臓がドクンと嫌な音を立てた。
異物。
それは、危ない!
「見よ! これが神に仇なす大罪人の姿である!」
隊長が水晶玉を天に掲げると、空中に巨大な映像が投影された。
そこには、一人の男の顔がハッキリと映し出されていた。
ボサボサの黒髪。煤で汚れた頬。そして、特徴的な「ジャージ」を着た、死んだ魚のような目をした男。
「この男を見つけ次第、教会へ突き出せ! 神の敵を匿う者は、街ごとやきはらうものと心得よ!」
広場に絶望的な静寂が落ちる。
そして。
「…………」
「…………」
「…………」
横にいたレオン、モグ、ザックの三人が。
ギギギギ、と錆びた機械のように首を回し、俺の顔をガン見してきた。
空中の映像。そして、目の前にいる俺。
誰がどう見ても、一ミリの狂いもなく同一人物だった。
「あ、あのさ……ダイチ?」
レオンが、引きつった笑顔で俺の肩をポンと叩いた。
「お前、神様に……何したの?」
「…………俺が一番聞きたいよッ!!」
どうやら俺は、知らないうちに世界中を敵に回す「神のお尋ね者」になってしまったらしい。




