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デストロイクリミナル!  作者: さよなライオン


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第11話 ダイチの大冒険

 カン、カン、カン!


「ちげぇ! もっと安くしろって言ってんだよ、この髭オヤジ!」


「うるせぇ! うちの剣は曲がらねぇ、折れねぇ、そして安売りしねぇんだよ! 金がねぇなら木の棒でも振ってろ!」


 鍛冶屋の朝は、怒号から始まった。

 ガンテツ親方の前にふんぞり返っているのは、絵に描いたような「駆け出し冒険者」の三人組だった。


 リーダー格は、金髪ツンツン頭で無駄に声がでかい剣士、レオン。

 その後ろには、杖より自分の方が重そうな小太りの魔法使い、モグ。

 そして、どう見ても金目のものを物色している挙動不審な盗賊、ザック。


「いいかオヤジ! 俺たちは将来、魔王を倒す『奇跡の三連星ミラクル・トライ』だぞ! 未来の英雄への投資だと思って、この長剣を銅貨三枚で――」


「帰れ!!」


 親方の怒声と共に、レオンが工房の床に転がった。

 俺は部屋の隅でふいごを引きながら、ため息をついた。どこの世界にも、こういう身の程知らずの馬鹿はいる。


「い、痛ぇな……。チクショウ、これじゃ今日のゴブリン討伐に行けねぇ……」

「お頭ぁ、やっぱりスライムからやり直しましょうよぉ」


 涙目の三人組を見て、ガンテツ親方はチッと舌打ちをした。


「……おい、ダイチ」


「はい」


「こいつらに、この前お前が打った『なまくら剣』を貸してやれ」


「えっ、あ、はい。……って、貸すんですか?」


「タダじゃねぇ。お前もついて行け」


 親方はニヤリと笑った。


「武器ってのはな、現場でどう使われ、どう壊れるかを見るのも鍛冶屋の修業だ。こいつらの荷物持ち兼、武器のメンテ係として一日同行してこい。日当は銀貨一枚取っていいぞ」


「えええええ!?」


 俺とレオンの声が見事にハモった。

「俺がこんなガキ連れてくのかよ!」と喚くレオンの頭を、親方がハンマーの柄で物理的に黙らせる。

 こうして俺は、得体の知れないポンコツ三人組と共に、街の外の森へと駆り出されることになったのだった。


          ***


「喰らえ! 必殺、ライトニング・スラァァァッシュ!!」

 ドスッ。


「あ、痛ぇ! 剣が木に刺さって抜けねぇ! ダイチ、抜いて!」


「……必殺技の名前叫びながらただの大振りするの、やめてもらっていいですか」


 森に入って一時間。俺の疲労はすでに限界に達していた。

 レオンは剣の素振りがデカすぎて自滅し、魔法使いのモグは「我が右手に封じられし炎よ!」と五分間詠唱した結果、マッチの火レベルの炎しか出せず、盗賊のザックに至っては戦闘が始まると木の上に逃げる始末。


(なんだこいつら……ある意味、奇跡のバランスだな……)


 俺は無表情のまま、木に深々と刺さったなまくら剣を引き抜いた。

 とはいえ、相手は最弱モンスターの代名詞・ゴブリンだ。こいつらのポンコツぶりでも、数の暴力と俺の的確な(そして冷ややかな)指示があれば、なんとか討伐は進んでいた。


「ふははは! 見たかダイチ! これが俺たちの実力だ!」

「はいはい、すごいすごい。じゃあもうノルマ達成したんで帰りましょう。日が暮れますよ」


 俺はさっさと帰りたかった。

 ふところには、昨夜打ったばかりの**『無銘の積層鍛造短剣アンチ・マジック・ダガー』**が眠っている。

 俺にはこれがある。この最強の物理特化武器があれば、バグチェッカーが来ようがなんだろうが対処できる――そんな根拠のない全能感が、俺の心に少しだけ余裕を持たせていた。


「待て待てダイチ! あっちの奥から、なんかお宝の匂いがするぜ!」


「ザック、お前の鼻はさっきから犬のフンしか嗅ぎ当ててないだろ」


「本当だって! 行こうぜお頭!」


「よし、突撃だぁ!」


 俺の制止も聞かず、馬鹿三人は森の奥の「立ち入り禁止エリア」と書かれた古びた看板を意気揚々と越えていった。


「あ、おい! そっちは……!」


 追いかけようとした俺の足が、ピタリと止まった。


 ――空気が、変わった。


 先程までの、森の木漏れ日と小鳥のさえずりが嘘のように消え去った。

 代わりに肌を撫でたのは、氷のように冷たく、ねっとりとした「死」の気配。


(……なんだ、これ)


 4度目の勇者人生で、魔王の側近と対峙した時に似たプレッシャー。

 いや、それ以上かもしれない。理屈ではない、生物としての絶対的な格差。


「お、おいダイチ……あれ、なんだ……?」


 数メートル先で、レオンが尻餅をついていた。

 モグは泡を吹いて気絶し、ザックは失禁しながら木にしがみついている。


 木立の奥から、それは音もなく現れた。


 漆黒の体毛に覆われた、巨大な四つ足の獣。

 体長は五メートル以上。赤い単眼に、チェーンソーのように刃が連なった巨大な尻尾。

 口からは、ジュワジュワと地面を溶かす強酸の唾液を垂らしている。


『――グルルル……』


「あ、あ、あああ……」


 レオンが剣を落とし、這いつくばって後ずさりする。

 さっきまでの威勢は完全に消し飛び、ただの餌としての恐怖に顔を歪めていた。


(……オーガ・パンサーの変異種か!? なんでこんな浅い森に!)


 俺は息を呑んだ。

 本来なら、王国の近衛騎士団が小隊を組んで挑むレベルの化け物だ。駆け出し冒険者なんて、ただのオヤツでしかない。


『ギシャァァァッ!!』


 獣が跳躍した。

 狙いは、一番手前に腰を抜かしているレオン。

 このままでは、レオンの上半身が一瞬で消し飛ぶ。


「――チクショウッ!!」


 俺は反射的に地面を蹴っていた。

 アテナを失った時の光景がフラッシュバックする。

 誰も死なせない。俺の手の届く範囲で、理不尽に命が奪われるのだけは、もう御免だ!


 俺は懐から、切り札である『アンチ・マジック・ダガー』を抜いた。


(この剣の切れ味なら、あいつの装甲も肉もバターみたいに斬れるはずだ!)


 魔法は使えない。

 だが、俺にはこの剣がある!


 俺はレオンの前に割り込み、ダガーを構えて獣の爪を迎え撃とうとした。


 ――その瞬間。


「え?」


 視界が、ぐらりと揺れた。

 俺の目は、獣の動きを完全に捉えていた。爪の軌道も、避けるべきタイミングも、カウンターを入れる隙も、脳内では完璧にシミュレートできていた。


 だが、体が、1ミリもついてこなかった。


 ドバアァァァンッ!!!


「――が、ぁッ!?」


 防御する間もなく、ダガーを構えた俺の右腕ごと、巨大な丸太のような一撃が俺の胴体に直撃した。

 肋骨がへし折れる嫌な音が響く。

 俺の体はボールのように弾け飛び、十メートル後方の巨木に激突して、そのまま泥まみれの地面に叩きつけられた。


「ゲホッ……!! ゴホッ、あ……ぁ……」


 口から大量の血が吐き出される。

 肺が潰れたのか、息が吸えない。全身がバラバラになったような激痛。


(なんで……だ……)


 霞む視界の中で、俺は床に落ちた自分のダガーを見た。

 ダガーは無傷だった。獣の爪と激突した刃は、一ミリの刃こぼれも起こしていない。それどころか、獣の爪の先端を綺麗にスライスして切断していた。


 武器は、最強だった。

 最強すぎたのだ。


(そう、か……)


 俺は、致命的な勘違いをしていた。

 いくら「伝説の剣」を持っていようが、それを振るうのが「ただのレベル1の村人」であれば、何の意味もないということを。


 今の俺は、勇者でも賢者でもない。

 筋肉が少しついた程度の、ただの16歳の鍛冶屋見習い。

 魔法による身体強化も、超人的な動体視力も、反射神経も、すべて「過去の人生」に置いてきてしまったのだ。


 いくら脳が「右にかわして斬れ」と命令しても、今の貧弱な神経と筋肉では、コンマ一秒すら間に合わない。

 圧倒的な身体能力の差。

 手も足も出ない、絶対的な暴力。


「ヒィィィッ!! く、来るなぁぁっ!!」


 レオンの悲鳴が聞こえる。

 獣が、ウザいハエ(俺)を払い除けたことで満足し、再びレオンたちに牙を剥こうとしていた。


「だめ、だ……動け……」


 俺は折れた腕を引きずり、ダガーに手を伸ばそうとした。

 だが、指先一つ動かない。

 痛い。怖い。助けてくれ。


(俺は……何も変わってないじゃないか……!)


 武器を作って、満足して、守れる気になっていただけだ。

 俺は弱い。

 圧倒的に弱い。


『グルル……ガァァァッ!!』

「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 獣の口が大きく開き、レオンが絶望の悲鳴を上げた――その時だった。


 プシュウゥゥゥゥゥッ!!


 突然、強烈な異臭と共に、黄色い煙が森中に爆発的に広がった。


『!? ギャンッ!?』


 獣が目を押さえて悶絶する。

 玉ねぎと腐った魚と硫黄を混ぜて煮詰めたような、殺人的な悪臭。

 

「お、お頭! 今のうちだ! 逃げるぞぉぉ!!」


 木の上から飛び降りてきたザックが、レオンとモグの襟首を掴んだ。

 彼の手には、盗賊の切り札である「超特級・催涙悪臭玉」の空瓶が握られていた。


「ダ、ダイチ! 死ぬなよーっ!!」


 レオンが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、俺の腕を掴み、泥の中を凄まじい火事場の馬鹿力で引きずり始めた。

 

「い、てててて! 引きずるな! 骨が、骨がぁぁぁ!!」


 俺の悲鳴も虚しく、馬鹿三人と俺は、むせび泣きながら悪臭の煙の中を全力で逃げ帰った。


          ***


 その日の夕方。

 ボロボロになって鍛冶屋に帰還した俺たちを見て、ガンテツ親方は呆れ果てた顔をした。


「……お前ら、肥溜めにでも落ちたのか?」


 親方の容赦ない言葉に、誰も言い返せなかった。

 俺は全身包帯ぐるぐる巻きにされ、工房の隅に転がされていた。

 ダガーは手元に戻ってきた。だが、その冷たい鉄の感触は、今の俺には「自分の弱さ」を証明する残酷な鏡でしかなかった。


(武器が強いだけじゃ、誰も守れない……)


 俺はギリッと唇を噛んだ。

 バグチェッカーを殺す? 笑わせるな。その辺の野良モンスターにすら瞬殺される分際で。


 なら、どうする?

 魔法の無いこの体で、どうやって「身体の限界」を超える?


 痛む肋骨を押さえながら、俺は燃え盛る炉の炎を睨みつけた。

 絶望している暇はない。

 俺の、本当の意味での「戦い」が、今ようやく始まったのだ。

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