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「心臓のネジが緩んだ(嘘)」と公爵様が膝から下ろしてくれないのですが。〜修理方法は「濃厚なキス」一択って設計ミスでは? 元社畜技師の私は定時で帰りたいのに、緊急メンテ(残業)が終わりません!〜

作者: 文月ナオ
掲載日:2026/02/01

 

「……あのですね、アルベール様」


 私は、手に持っていた極細のピンセットを、カチャンと音を立てて作業用マットの上に置いた。


 集中力が切れた。


 もう、これ以上作業を続けるなんて不可能だ。


 狭い工房には、錆びた鉄と機械油の匂いが染み付いているはずなのに、さっきから異質な香りが充満している。


 最高級のミントと、冬の朝を思わせる冷涼な香水。


 その発生源が、私の作業デスクのすぐ横に陣取っているからだ。


 この国の筆頭公爵にして、「氷鉄の元帥」と国内外で恐れられる、アルベール・フォン・クロイツ様。


 彼が愛用の執務椅子ごと私の隣に移動してきて、もう三十分も私の横顔を凝視し続けている。


 その距離、わずか三十センチ。


 吐息がかかるどころか、体温まで伝わってきそうな距離だ。


「なんでしょうか、ロザリィ」


 アルベール様は、彫刻家が一生をかけても彫り出せないような整った顔を、こくりと傾けた。


 その瞳は、凍てつくような青。


 冷徹で、無慈悲で、他人に一切の興味を示さないと言われている「人間絶対零度」の瞳だ。


 世間ではそう呼ばれているらしいが、今の私には、エサを待つ大型犬の瞳にしか見えない。


 しかも、かなり躾の悪い。


 とろりとした熱を帯びた視線が、私の肌をじっとりと撫で回している。


「……お仕事の、邪魔なのですが」


「仕事ならしている」


「私の横で頬杖をつくのがですか?」


「君の監視だ」


 彼は悪びれもせず、長い足を組み直した。


 その爪先が、私の作業椅子の脚にコツンと当たる。


「私の専属技師が過労で倒れないよう、こうして最前線で見守っているのだ。感謝してほしいくらいだな」


「見守る距離感じゃないですよね!? これ、膝が当たってます! 貴方の膝小僧が、私の太ももにグリグリ当たってるんです!」


 私が顔を赤くして抗議すると、アルベール様はふいっと視線を逸らした。


 そして、わざとらしく胸元をギュッと掴む。


 大根役者もいいところだ。


「……っ、う」


「ア、アルベール様?」


「……痛い」


 アルベール様が、苦悶の表情を浮かべて前のめりになる。


 その拍子に、私たちの距離がさらに縮まった。


「また、心臓が……。歯車が悲鳴を上げている。……ネジが、緩んでしまったのかもしれない」


 出たよ。


 またこれだ。


 私は天井を仰いで、深いため息をついた。


「アルベール様」


 私は冷静に告げる。


「今の心拍音、正常ですよ? チクタクと規則正しく、職人が徹夜で調整した高級懐中時計のように正確に刻んでます。私の耳は誤魔化せません」


「いいや、おかしい。君には聞こえないのか? この、愛おしさに震えるような不協和音が。これは不整脈だ」


「それは不整脈ではなく、ただの動悸です。救心でも飲んでください」


「物理的な故障だ。……ほら、ここ」


 アルベール様は私の手を取り、強引にご自身の胸板に押し当てた。


 軍服越しでも分かる、硬く引き締まった大胸筋の感触に、指先が跳ねる。


 その奥で、トクン、トクン、と力強い鼓動が響いていた。


 そして、微かに混じる「カチリ、カチリ」という硬質な音。


 魔導心臓『クロノス・ハート』。


 数年前の戦争で心臓を失った彼に埋め込まれた、古代文明の遺産(オーパーツ)


 失われた時を刻み、魔力を動力源として彼を生かし続ける、奇跡の歯車だ。


 そして、そのメンテナンスができるのは、この国で私――ロザリィだけだった。


「……確かに、少し熱を持っていますね」


 エンジニアとしての血が騒ぎ、私は条件反射で診断を下してしまった。


 アルベール様は我が意を得たりとばかりに頷く。


「だろう? オーバーヒート寸前だ。……君の顔を見ているだけで、回転数が上がりすぎて焼き切れそうだ」


「それは恋の病というやつです」


「否定はしない。……だが、このままでは本当に止まってしまう。冷却が必要だ」


「わかりました。冷却魔石を持ってきます。倉庫に業務用の大きいやつがあったはず」


 私が椅子から立ち上がろうとした、その時だった。


「違う」


 グイッ、と手首を引かれる。


「わっ!?」


 私は体勢を崩し、作業椅子から転がり落ちそうになったところを、アルベール様のたくましい腕に受け止められた。


 気がつけば、私は彼の足の間に引きずり込まれ、膝の上に座らされる形になっていた。


 いわゆる、お姫様抱っこの亜種のような体勢だ。


「な、何するんですか!」


「魔石などでは冷えない。……もっと、効率的で、人道的な冷却方法があるだろう?」


 耳元で囁かれる、甘く低い声。


 吐息が耳の裏にかかり、ゾクゾクとした痺れが背筋を駆け抜ける。


「……ロザリィ。修理キスをしてくれ」


「っ……!」


(……くっ。確かに『クロノス・ハート』の魔力伝導率は、皮膚接触より粘膜接触の方が120倍も効率が良い。設計上の仕様だから反論できないのが悔しい……!)


「君の唇で、緩んだネジを締めてくれないと……私が壊れてしまう」


 甘えるような、それでいて拒絶を許さない支配的な響き。


 国中の令嬢が聞けば卒倒するような、フェロモン垂れ流しのおねだりだ。


 でも、騙されてはいけない。


 この公爵様、ただイチャつきたいだけなのだ!


「……朝もしましたよね?」


「定期点検だ」


「昼休みにも、会議室の裏でしましたよね?」


「緊急メンテナンスだ」


「で、今度はなんですか?」


「……糖分補給?」


「おやつ食べてください! マカロンあげるから!」


 私は真っ赤になって叫んだ。


 けれど、アルベール様は逃がしてくれない。


 私の腰に回された腕は、鋼のように強靭で、万力バイスのように私を固定している。


 彼は私の首筋に顔を埋め、スーハースーハーと深呼吸するように匂いを嗅いだ。


「ああ、いい匂いだ……。機械油と、君の甘い香りが混ざって……気が狂いそうだ」


「へ、変態みたいなこと言わないでください! 油臭いだけでしょう!」


「変態で構わない。……ロザリィ、お願いだ」


 彼は私の肩に顎を乗せ、上目遣いで私を見つめた。


 その瞳は、氷鉄の元帥の面影など微塵もない。


 ただの、愛に飢えた駄犬の目だった。


「君が触れてくれないと、秒針が進まないんだ。……私の世界は、君がいないと止まってしまう」


「……っ」


 そんな、詩的な口説き文句を真顔で言わないでほしい。


 心臓の歯車がどうなっているのかは知らないけれど、私の心臓のほうがバクバクとうるさいくらいだ。


 このままでは、私のほうが先にオーバーヒートしてしまう。


 私は前世、日本の下町工場で働くエンジニアだった。


 油まみれになって旋盤を回すのが好きで、色恋沙汰には縁遠いまま、納期前の過労であっけなく死んだ「社畜喪女」だ。


 だから今世でも、こうして時計技師として機械に囲まれていれば幸せだったのだ。


 それなのに。


 どうして、こんな国一番のハイスペック・ヤンデレ公爵様に、ロックオンされてしまったのだろう。


「……わかりましたよ」


 私は観念した。


 どうせ、こうなるのだ。


 彼が引くことなんてないし、私も、彼を拒絶することなんてできない。


 だって、彼の心臓を直せるのは私だけ。


 彼の命の手綱を握っているのは、私なのだから。


「……こっち、向いてください」


 私が膝の上で振り返ると、アルベール様はパァァッと顔を輝かせた。


 尻尾が見える。


 ブンブンと振られる、幻覚の尻尾が見える。


「ロザリィ……」


 彼は私の頬を両手で包み込み、壊れ物を扱うように親指で唇をなぞった。


 その手つきがあまりにも優しくて、甘やかで、私は抵抗する気力を失ってしまう。


「……目、閉じて」


「ん」


 アルベール様が、素直に目を閉じる。


 長い睫毛が震えている。


 普段は氷のように冷たい彼が、私の前でだけ見せる、無防備な表情。


(……ずるいなぁ、ほんとに)


 私は彼の首に腕を回し、その形の良い唇に、そっと自分の唇を重ねた。


 触れた瞬間、カチリ、と小さな音がした。


 魔力が流れる音だ。


 私の体内の魔力が、唇を通して彼の『クロノス・ハート』へと流れ込んでいく。


 それは、ただの魔力供給ではない。


 互いの魂を溶かし合わせるような、濃密な繋がり。


「ん……ぁ……」


 アルベール様が、微かに喉を鳴らす。


 スイッチが入ったように、腰に回された腕に力がこもり、さらに深く抱き寄せられる。


 ただ触れるだけのキスでは終わらない。


 彼は私の唇を食むようにして、角度を変え、貪欲に魔力を、そして私の「熱」を求めてくる。


 ちゅ、ちゅぷ、と水音が響く。


 静まり返った工房に、その音がやけに生々しく響き渡る。


「んんっ……! あ、アルベール様、息が……」


「まだだ。……まだ足りない」


 彼は一瞬だけ唇を離すと、潤んだ瞳で私を見つめ、すぐにまた塞いだ。


 今度はもっと深く、舌を絡ませて。


 熱い。


 彼の体温が、軍服越しに直接伝わってくるようだ。


 氷鉄の公爵なんて嘘だ。


 今の彼は、まるで溶岩のように熱くて、甘くて、どうしようもないほど情熱的だ。


 私の頭の中が、甘い痺れで真っ白になっていく。


 作業台の上のレンチが、私の肘に当たってガシャンと床に落ちた気がしたが、もうどうでもよかった。


 彼の腕の中で、私はただ翻弄され、溶かされていく。


 どれくらいの時間が経っただろうか。


 永遠にも思えるような口づけのあと、ようやく唇が離れた。


 銀色の糸が、ぷつりと切れて彼の顎に落ちる。


「……はぁ、はぁ……っ」


 私は息を切らして、彼の胸にぐったりと持たれかかった。


 全身の力が抜けて、一人では座っていられない。


 対するアルベール様は、艶めいた表情で唇を指で拭い、この世の春を謳歌するような、とろけきった笑顔を浮かべている。


「……直った」


「……そうですか」


「秒針のズレが修正された。……完璧だ、ロザリィ」


 彼は私の乱れた髪を愛おしそうに耳にかけ、甘い声で囁いた。


「やはり、君の修理キスは最高だ。……他のどんな技師にも、この精度は出せない」


「精度とか言わないでください……ムードがない……」


 私は彼の胸に顔を埋めて抗議した。


 まったく、調子のいいことばかり。


 でも、彼の胸の奥から聞こえる鼓動は、先ほどよりも力強く、そして穏やかなリズムを刻んでいた。


『カチ……コチ……カチ……コチ……』


 ああ、本当に直ってしまった。


 私のキス一つで、この国の重要人物が生かされているなんて、責任重大すぎる。


 それに、彼の心臓が、私の鼓動に合わせてトクトクと嬉しそうに歌っているのが聞こえる。


 それがまた、どうしようもなく愛おしくて、私は彼の背中に回した腕に、ぎゅっと力を込めた。


「……ロザリィ」


「なんですか」


「もう一回、いいか?」


「ダメです! 仕事になりません!」


「ちっ……」


「今、舌打ちしましたね!?」


 アルベール様は渋々といった様子で私を解放したが、その手はしっかりと私の腰を掴んだままだ。


「仕方ない。……続きは夜にしよう」


「夜?」


「ああ。今日は満月だ。……魔力が高まる夜は、一晩かけてじっくりとオーバーホールが必要だろう? 分解清掃も含めてな」


「ぶ、分解清掃って……!」


「寝かさないぞ、私の可愛い技師殿」


 アルベール様は私の耳元に噛み付くようにキスをして、ニヤリと笑った。


 この強引で、我儘で、底なしに甘えん坊な公爵様との生活は、私の心臓がいくつあっても足りそうにない。




 ◇◆◇




 翌日。


 私は城にある、私専用の工房(という名の、公爵執務室の隣部屋、壁ぶち抜き仕様)にいた。


「はぁ……」


 作業台に突っ伏して、泥のようなため息をつく。


 昨晩のことは、思い出したくもない。


 いや、思い出すと顔から火が出て爆発しそうになる。


『夜のオーバーホール』と称して、本当に朝まで離してもらえなかったのだ。


 修理という名目で、あんなところやこんなところまで点検されて……思い出すだけで腰が痛い。


「……ブラック企業か」


 私は幸せな痛みを感じながら、窓の外を眺めた。


 王都の街並みが見渡せる、素晴らしい眺望だ。


 前世では、納期に追われてカップ麺を啜りながら死んだ私。


 それが今では、こんな素敵な場所で、世界で一番厄介で愛おしい機械のメンテナンスをしている。


 人生、何が起こるかわからないものだ。


 コンコン、と控えめなノックの音がした。


「はい」


「失礼いたします、ロザリィ様」


 入ってきたのは、初老の執事、フランツだった。


 手には銀のお盆を持ち、その上には湯気を立てる紅茶と、可愛らしい焼き菓子が乗っている。


「差し入れをお持ちしました。……昨夜は『激務』だったようですので、疲労回復のハーブティーでございます」


「あ、フランツさん……。お気遣い、ありがとうございます……」


「激務」という単語のイントネーションに含みを感じつつ、私は紅茶を受け取った。


 フランツは、アルベール様が子供の頃から仕えている古株で、この城で唯一、私の味方(であり、すべての元凶を見守る監視者)だった。


「アルベール様は、会議中ですか?」


「はい。軍部の定例会議でございます。……少々、禁断症状が出ておられるようですが」


「え、どうしてですか? 今朝あんなに満足そうに出て行かれたのに」


「ロザリィ様が、お見送りの『行ってらっしゃいのチュー』をしてくださらなかったからですよ」


 フランツが、困ったように眉を下げる。


「廊下で『ロザリィが冷たい……秒針が逆回転しそうだ……』と、死人のような顔で呟いておられました」


「子供ですか! ていうか、フランツさんの前で『チュー』とか言うの恥ずかしいんですけど!」


「ふふっ。それが良いのではありませんか。……あの方の心臓は、魔力だけでなく、『愛』もハイオク燃料にしていますから」


「え?」


 私はカップを持つ手を止めた。


「愛、ですか?」


「はい。『クロノス・ハート』は、持ち主の精神状態とリンクしています。心が満たされれば安定し、愛を感じれば無限の出力を生み出す。……逆に、孤独を感じればすぐにエンストしてしまう」


 フランツは、慈愛に満ちた目で私を見た。


「ロザリィ様がいらっしゃる前、閣下は『氷の像』のように冷たく、ただ機能するためだけに生きておられました。……それが今では、あのように人間らしく、感情豊かになられた」


「感情豊かというか、ただのポンコツ甘えん坊というか……」


「ふふ。貴女様と一緒にいる時、閣下の心臓は、世界で一番幸せな音を奏でているのです」


「……」


 そんなことを言われても、照れるだけだ。


 私が顔を赤くしてマカロンを齧っていると、廊下からドタドタと、軍人にあるまじき慌ただしい足音が聞こえてきた。


 バンッ!!


 扉が勢いよく開く。


「ロザリィ!!」


 飛び込んできたのは、会議中のはずのアルベール様だった。


 軍服のボタンを外し、ネクタイを緩め、髪を振り乱している。


 その顔色は真っ青で、肩で息をしていた。


「ア、アルベール様!? どうされたんですか!?」


 私は驚いて椅子から転げ落ちそうになった。


「会議はどうしたんですか!」


「抜け出してきた。……部下に任せた」


「ダメでしょ!」


「それより、大変だ。……緊急事態だ」


 アルベール様が、私の両肩をガシッと掴む。


 その手は小刻みに震えていた。


「こ、故障だ……! 心臓が……止まりそうだ……!」


「ええっ!?」


 私は慌てて彼の胸に耳を当てた。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン!!


 早鐘のような鼓動。


「……あの、ものすごい速さで動いてますけど。むしろ暴走気味です」


「違う! 早すぎて、一周回って止まりそうなんだ!」


「どんな理屈ですか!」


「と、とにかく緊急事態だ! 今すぐ処置を頼む!」


 アルベール様は、そのまま私を抱き上げ、執務用の長椅子に押し倒した。


「ちょっ、アルベール様! フランツさんが見てます!」


「フランツ、下がれ! 緊急オペだ!」


「……承知いたしました。ごゆっくり」


 フランツは、一礼すると素早く退室し、パタンと扉を閉めた。


 カチャリ、と鍵をかける音まで聞こえる。


 確信犯だ。


「裏切り者ーーーッ!!」


 私は心の中で絶叫した。


「ロザリィ……」


 アルベール様が、私の上に覆いかぶさる。


 その重みが、愛おしい。


 彼の瞳は、苦痛ではなく、別の熱で潤んでいた。


「……不足しているんだ」


「な、何がですか」


「ロザリィ成分が。……会議中、部下の報告を聞きながらも、ずっと君のことを考えていた。君の声、君の匂い、君の柔らかさ……」


 彼は私の首筋に顔を埋め、深呼吸した。


「思い出すだけで、胸が苦しくて、熱くて、どうにかなりそうだった。これはもう、欠陥品レベルだ」


「それを世間では『サボり』と言います」


「君が足りない。……補給させてくれ」


 言うが早いか、アルベール様は私の首筋に吸い付いた。


「ひゃっ!?」


 ちゅ、と甘い音がする。


「あ、そこは魔力供給のパスじゃありません! キスマークつきます!」


「つければいい。……君が私のものだと、世界中に知らしめたい」


「独占欲の塊か!」


「ああ、独占したい。……君のすべてを、私だけのものにしたい」


 アルベール様は、猫のように私に擦り寄り、甘えてくる。


 その姿は、国を統べる公爵ではなく、ただの恋する男の子だ。


 ドクン、ドクンと響く彼の心音が、私の鼓動と重なっていく。


 そのリズムが心地よくて、私は抵抗する力を失っていく。


「……ロザリィ」


 彼が顔を上げ、至近距離で私を見つめる。


 青の瞳が、熱く溶けている。


「愛している」


 直球すぎる言葉。


 不意打ちすぎて、心臓が跳ねた。


「……そんな、修理のついでみたいに言わないでください」


「ついでではない。これが本題だ」


 アルベール様は、私の手をとり、自分の心臓の上に重ねた。


「私の心臓は、君のために動いている。……君がいないと、私はただの冷たい肉塊に戻ってしまうんだ」


「……大袈裟ですよ」


「事実だ。……だから、お願いだ。私を見捨てないでくれ。死ぬまで、私の側で笑っていてくれ」


 その目は、本気だった。


 氷鉄の公爵と呼ばれた男が、ただ一人の少女に縋り付いている。


 その姿が、どうしようもなく愛おしく思えてしまった。


(……ほんと、手のかかる機械だなぁ)


 私はため息をつき、彼の首に腕を回した。


 前世の私が直せなかった機械なんてない。


 なら、この愛おしいポンコツも、私が一生かけてメンテナンスしてやるしかないだろう。


「……見捨てませんよ」


「本当か?」


「はい。……だって、貴方の心臓の構造、複雑すぎて私以外には直せませんから。メーカー保証外ですよ、こんなの」


「……ふっ」


 アルベール様が、嬉しそうに、とろけるような笑顔を見せた。


「そうだな。……私は、君だけの最高傑作だ」


 そして、私たちの唇が重なる。


 カチリ、と音がして、二人の時間が溶け合っていく。


 工房に差し込む昼下がりの日差しの中で、私たちは何度も何度も、愛を確かめ合うように「修理」を繰り返した。


 その日、公爵領の時計台の鐘が鳴り響く頃になっても、私たちは部屋から出てこなかった。


 翌日、公爵が提出した「緊急心臓メンテナンス報告書」というふざけた書類が、私の机の上に置かれていた。


【処置内容:高濃度の愛情注入(粘膜接触による)】

【結果:機能回復、および性能向上(やる気100倍)】

【次回の処置予定:今夜(必須)】


「……バカじゃないの!?」


 私が顔を真っ赤にして叫び、その報告書に『承認ハンコ』を押させられる羽目になったのは、また別の話だ。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


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