第4話 庭師の知恵
ダンジョンの中は、まるで別の世界に足を踏み入れたような、神秘的で不気味な雰囲気が漂っていた。壁には古代の刻印が施され、天井からは緑色の苔が生えており、薄暗い中にさえも生命を感じさせる。
「ここがダンジョン……やはり自然の洞窟とは違うのですね……」
マリアがその場所を見つめながら呟いた。
その表情には、いつもの好奇心とともに、どこか不安げな色も浮かんでいる。
俺もダンジョンには詳しくないが、この冒険で謎の一端でも掴めればと願った。
ダンジョンの通路を進んでいく中で、いくつかの罠に遭遇した。
まずは、地面に仕掛けられた針の罠。踏んだら一瞬で命を落としかねない鋭い針が床に隠されていたが、俺は庭師としてのスキルで、足元の違和感に気づいた。
「お嬢様、少し後ろに下がっていてください」
「え? どうして?」
「そこの盛り上がり、地面に仕掛けられた罠です。下手に踏むと、床が抜けて針が飛び出します」
マリアは驚いた表情を見せたが、すぐに俺が指示した通りに後ろに下がった。俺は足元をじっくりと見定めると、庭師としての経験を生かして、針の罠が隠れている場所を見つけた。そして、木の枝を使って慎重に地面を叩き、罠を解除する方法を見つけ出した。
「ほら、これで大丈夫です」
罠を解除した後、俺は軽く肩をすくめて笑った。
「すごい……カナデさん、こんなに手早く罠を見つけて、解除までできるなんて」
マリアは目を輝かせながら俺を見つめる。その顔を見ると、照れくさい気持ちが込み上げてきた。俺はただの庭師だと思っていたのに、今ではこんなことをする羽目になっている。でも、やっぱりお嬢様に褒められるのは悪い気はしない。
「い、いえ、庭師として、自然の土はよく見ているので、地面の違和感ぐらいすぐに分かりますよ」
俺は顔を赤くしながら、少しだけ照れ隠しに言った。
お嬢様はにっこりと笑って、もう一度俺に向かって言った。
「本当に頼りにしてます、カナデさん。ありがとう。失敗しないあなたに同行を頼んで良かったわ」
その言葉が心に温かく響く。俺は何とかその場の雰囲気を和らげようと、次の一歩を踏み出した。
その後も、ダンジョン内で次々と現れるモンスターや罠に対処していく。
スライムが飛び出してきたときは、周囲の植物を使って木の枝で囲いを作り、スライムが動きづらくなるように仕掛けることで、戦うことなく対処した。
巨大な蜘蛛の巣にかかりそうになったときは、持っていたナイフで巧みに切り裂き、蜘蛛が近づいてくる前に逃げ道を作った。
「すごいすごい。カナデさんって本当に何でも出来るんですね。文句の付けようがない働きに息をするのも忘れます」
「モンスターと言えど植物を荒らす害獣と大差ありませんから。対策くらい、庭師としての知識で何とかなりますよ」
その言葉を口にした瞬間、前方に巨大な岩の壁が現れた。その壁の中心には、巨大な扉がそびえ立っている。おそらく、次の部屋へと続く道がここにあるのだろう。
「向こうにモンスターは……いないようですね。罠も掛かってないようですし、開けて進みましょう」
進んだ先はただの広間で、通路はさらに奥へと続いていた。
「カナデさん、すごい。毎回、どうやってそんなに冷静に対処するの?」
マリアが感心したように言うと、俺はまた照れくさい顔をして答える。
「まあ、庭師なので、冷静さだけは得意ですから。急がず、焦らず、ゆっくり行きましょう」
俺は冒険は順調に進んでいると思っていたのだが、その時、突然、後ろからお嬢様が声を上げたので驚いてしまった。
「カナデさん、私も……やってみたいです!」
「え!?」
「ただついていくのではなく、冒険者らしい事をやってみたいのです!」
振り返ると、マリアが目を輝かせながら杖を握りしめて立っている。その表情は、強い覚悟と決意に満ちていた。
俺は彼女には無理をしないで欲しいと願っていたのだが、どうやら彼女の期待した冒険の楽しみも奪ってしまっていたようだ。
彼女を守りたいという願いも湧いてくるが、マリアにも経験があった方がいいのかもしれない。
「お嬢様、無理はしないでくださいね。ダンジョンには危険がたくさんありますから」
「は、はい……私も少しでも役に立てるよう頑張ります」
お嬢様は決意を込めて言うが、その顔には少しだけ自信がないような表情も浮かんでいた。
そんな彼女の姿を見て、俺は心の中で強く誓った。
「いざと言う時は俺が守りますから、思い切ってやってください!」
俺の言葉に、マリアは少し驚いたように顔を上げ、やがて頷いた。
「わかりましたわ、カナデさん。私の活躍もどうか目に焼き付けておいてくださいませ!」
その後も、ダンジョンの中で次々と現れる試練を乗り越え、お嬢様と共に進んでいく。俺は彼女が安心できるように、できる限りの助言をしながら、次第に彼女への思いが強くなっていった。
お嬢様に無理をさせないようにしながら、俺の役目は一つ、守ることだと改めて感じた。




