第3話 初めての戦闘
「大丈夫です、お嬢様。俺がここであなたを守ります」
俺は力強く言いながら、モンスターに向かってナイフを構える。敵は視認できる距離まで近づいてきたものの、すぐには飛び掛かってはこない。
あいつもお嬢様と同じように俺の実力を認めてくれているのだろうか。だとすれば光栄なことだと僅かに笑みを零してしまう。
それを余裕と見たのか、マリアは少し安心した様子で頷き、杖を構えた。
「私も戦います」
「戦闘の心得が?」
「たしなみ程度には。カナデさんが身軽で固い枝でも簡単に切ってしまうのは知っています」
「俺もお嬢様のたしなみを見ておけば良かったですね」
口を閉ざした瞬間、すぐに静寂が広がる。
あたりは不気味に静まり返り、かすかな音さえも響き渡る。
敵はまだこちらの様子を伺っている。慎重な奴だ。立ち去ってくれればいいのだが、その期待は叶えられそうにない。
「気をつけてください……相手は戦闘態勢に入っています」
俺は静かな声で、お嬢様に指示を出した。
モンスターが間合いを詰めてくる。巨大な角を持つ魔物の姿。
「あれがダークホーン……! 図鑑で見るのより大きく迫力があって見えます」
マリアがその姿を見て呟く。その目には恐怖と驚きと喜びが交錯していた。
ダークホーンは、まるでただの動物というよりは魔獣のように見える。その体は黒い甲冑のような鱗に覆われ、頭には巨大な角が生えており、目は赤く輝いている。
「強力な魔物……! だが、ダンジョンに入ったからには戦闘は避けられない。何としてでも乗り越えなければ」
俺は剣を抜き、ダークホーンに向かって構えた。
その姿勢は、まるで神経を研ぎ澄ませた狩人のようだった。
「お嬢様、後ろに下がってください。これから戦闘になります」
マリアは一瞬躊躇したが、すぐに頷き、少し後ろに下がった。
その目に決意が浮かんでいるのがわかる。
「わかりました。言ってくださればいつでも魔法でサポートしますから、気をつけてください、カナデさん」
彼女の魔法がどれほどの腕前なのか俺は詳しくは知らないが、自信はあるようだ。だが、彼女に頼るのも良くないだろう。ここは男として見せ場を作り、お嬢様に安心してもらいたい。
ダークホーンが突然、力強く前足を踏み込み、大きな声で唸りながら俺に突進してきた。
その突進力は圧倒的で、俺はすぐに剣で迎え撃とうとしたが、その速さに驚き、わずかに横に逸らせるのが精一杯だった。
「くっ……!」
ダークホーンの巨大な角が風を切って俺の横をかすめ、その迫力に突き飛ばされそうになる。
しかし、俺はすぐに立ち直り、剣を構えなおした。
「お嬢様、後ろで何かがあったらすぐに知らせてください」
マリアがしっかりと目を見開き、俺を見守る。
ダークホーンは再び突進してくる。
俺はすぐにそれを見切り、素早く足元の石を蹴って跳躍し、ダークホーンの攻撃をかわす。
「よし、今だ……!」
俺はすれ違うその隙を突いて、剣を振り下ろした。
だが、ダークホーンの鱗がその刃を弾き、ほとんど傷がつかない。
「硬い……!」
その驚異的な防御力に、俺は一瞬、思考が止まるが、すぐに冷静さを取り戻し、周囲の自然の力を感じ取る。
庭師としての直感で、ここにある木や蔓を利用して攻撃する方法を思いついた。
「お嬢様、このダンジョンには植物が生い茂っています。これを利用してダークホーンを包囲しますから、その隙に魔法で攻撃して下さい!」
悔しいが、あいつは剣では倒せない。ならば周りにある物を使うしかない。
俺はすぐに手を動かし、周囲の植物に活力を与えると指示を出して、蔓をダークホーンに巻きつけ始めた。
蔓が急速に伸び、ダークホーンの足元に絡みつく。
ダークホーンは一瞬動きが止まるが、すぐに力任せにそれを引き裂こうとする。
「もう少し! おとなしくしろよ!」
俺は蔓にさらに応援の力を込め、ダークホーンをしっかりと固定した。
その隙に、剣を一閃。ダークホーンの側面に突き刺さるが、やはり致命傷にはならない。
「グガァッ……!」
ダークホーンは激しく吠えながら、力を振り絞って俺に反撃しようとするが、蔓がそれを妨げ、身動きが取れない。
敵の注意は完全に俺だけに向いている。今がチャンスだ。
「お嬢様、今です!」
俺の攻撃は倒すためではない、ヘイトを取る為だ。
言うまでもなくすでに準備を済ませたマリアが素早く杖を振り抜き、魔力を集中させた一撃をダークホーンに放つ。
その光の魔法がダークホーンを直撃し、彼の体が一瞬、光に包まれる。
「ウガァアァ!」
ダークホーンの体が弾けるように崩れ、洞窟の暗闇へとその姿を消していった。
息を切らしながら、俺たちはダンジョンの中で冷静さを取り戻した。
ダークホーンとの激しい戦いは終わり、勝利を手にしたが、疲労感も大きかった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
俺は彼女の元へ駆け寄り、心配そうに問いかけた。
マリアは少し息を切らしながらも、微笑んで答えた。
「はい、カナデさんのおかげで無事に乗り越えられました。ありがとうございます」
その言葉に、俺はほっと胸を撫でおろす。
ダークホーンの強さに圧倒されそうになったが、彼女との連携で乗り越えられたことに、満足感を覚えていた。
「凄いですね。初級の火の魔法かと思ったら、まさか光の魔法を使われるとは」
「図鑑にダークホーンは光が弱点と書いてありましたから。カナデさんは全部一人でやろうとせずに私を頼ってくれてもいいですよ。その方が可愛げがありますから」
「可愛げですか。あはは……」
「冒険はまだ始まったばかり。次はどんな試練が待っているのでしょうね?」
彼女の冒険を楽しむような言葉に、俺は静かに頷き、前を見据える。
「分かりませんが、何があっても俺がお嬢様を守ります」
その決意を胸に、俺たちはさらにダンジョンの奥へと進んでいった。




