第2話 ダンジョン侵入
ダンジョンの入り口には、ひんやりとした空気が漂っている。光が届かない深い暗闇の奥から、かすかな音が聞こえてくる。それは、どこからともなく響く水滴の音や、遠くで動く生物の音だろう。
「ここがダンジョンか……」
俺は静かに呟きながら、扉を開けた。音を立てずに開かれた扉の向こうには、暗い通路が続いていた。大きな石の壁が両側に立ち並び、その間から薄い光が差し込んでいる。
光源はあるがそれだけでは足りない。俺はランプを取り出し、照らして前を進んだ。
「わぁ……すごいわ、これがダンジョン」
マリアは目を輝かせながら、少し先を歩いた。普段は冷静で知的な彼女だが、こうして冒険に出ると、無邪気な子供のような表情を見せるのが新鮮だった。
彼女のワクワクした気持ちは、まるで初めて見る世界に胸を躍らせているように見える。
「お嬢様、少し気をつけてくださいね。危ないと思ったらすぐに俺の後ろに隠れてください」
俺は声をかけ、彼女が無防備に前に出過ぎないように注意した。もし何か危険があれば、すぐにでも守らなければならない。彼女が無事でいることが、今の俺にとって最も大事なことだ。
「心配しないで、カナデさん。私は大丈夫ですから。いつかこんな事があるだろうと準備していたんです」
マリアは振り返り、軽く拳を振って微笑んだ。その笑顔には、冒険に対する楽しさが溢れていた。でも、俺にはその笑顔が少しだけ心配に見えてしまう。彼女は戦闘の経験もなければ、ダンジョンに来たのも初めてだ。それでも、自分から進んでここに来たのだ。頼もしいようで、どこか頼りない。
「奥が見えませんわね。カナデさんのスキルで何か分かりますか?」
マリアが足を止め、聞いてきた。俺は少し考えてから、通路の先を見つめた。スキルと言うほどではないが、仕事柄物を見る能力はそれなりにある方だと思う。
じっと暗闇の奥を見つめ、さらにその先を測る。目で見えない場所も風や音でそれとなく分かる。木々を見るのと同じだ。
「ダンジョンの内部には、いくつかの道が分岐しているみたいです。目的の場所はまだわかりませんが、何か手がかりがあるか進んでみましょう」
マリアは頷くが、俺が歩き出すまでは動こうとしなかった。
進むべき道を決めて彼女を守るのは俺だ。最初の一歩が一番大事だということはわかっていた。
今なら進むのも戻るのも簡単にできる。俺のダンジョン入り口での選択は、
「では、行きましょうか」
「ええ、もちろんですわ」
彼女を守りながら、この冒険を乗り越えるためには、冷静に判断する必要がある。
明かりの照らすダンジョンを慎重に進んでいくと、突然、通路の奥から微かな物音が響いた。すぐに俺は彼女の腕を引き寄せ、壁に体を寄せる。
「カナデさん、何かいましたの……?」
「静かに」
俺はマリアに小さな声で言い、通路の向こうを注意深く見つめた。物音は止まったが、まだ気を抜けない。何かが近づいている気配がする。
もう一度微かな音がしたその瞬間、通路の端から不気味な目がこちらを見つめていた。それは、暗闇の中で光る目だった。まるで獣のような、野生的なものの目。
「来ますよ。お嬢様……!」
俺は彼女を背に、素早く身をかがめて前に出た。手元の小さなナイフを構え、相手の動きを探る。だが、その目はただ見つめているだけで、すぐには動かなかった。だが、それが逆に俺に警戒を促した。
「あいつもこちらを測っているのか」
「カナデさん、何かいるんですね?」
マリアが俺の肩越しから覗こうとしている声に、少しだけ驚いた。彼女は不安そうにしているが、動揺している様子はない。だが、目の前の危険を察知しているのだろう、手に持っていた杖を握りしめた。
「下がってください、お嬢様。俺が戦います」
その言葉を口にした瞬間、突如として獣のような影が見える場所まで飛び出してきた!
それは、ダンジョンの中に生息する“ダークホーン”という怪物だった。暗闇での狩りを好み、身体は獣のように筋肉質で、目の前に立つとその圧倒的な体格に圧倒される。鋭い角が頭から生え、力強い足で地面を蹴ると、速さが尋常ではなかった。
「鹿より速い!」
「お嬢様、下がって!」
俺は間一髪で、マリアを後ろに引き、ナイフを構え直した。しかし、俺の武器など相手の防御には何の役にも立たないだろう。だが、これ以上の危機をお嬢様に見せるわけにはいかない。
「あれを倒さないと進めないようですね……!」
マリアが焦る声を上げるが、俺は心を落ち着け、ダンジョン内の環境を活かす方法を考えた。庭師の俺には、自然との調和を感じ取る力がある。それを活かすことで、ダンジョンのモンスターに立ち向かう方法が見つかるかもしれない。




