第14話 矜持と誇りの戦い
ダンジョンの最奥。かつてはここを構成した古の民の祈りが捧げられたであろう静謐な神殿のような空間に、今は現在を生きる俺たちだけが立っていた。
動けないはずの俺が平然と立ち上がった事で、冷酷に笑っていたお嬢様は今度は驚きを露わにしていた。
「なんで……ダメージを受けていたのではないのですか……」
「今も痛いですが、植物から元気を分けてもらいました」
「……意味の分からない庭師。私と戦おうとでも言うのですか!」
「お嬢様がお望みとあれば、正々堂々と受けて立ちますよ」
「くっ……!」
マリアが素早く距離を取って魔法の詠唱を始める。彼女の杖が青白い光を放つ。ダンジョンで何度か見てきた光の攻撃魔法だろう。
「魔法ですか。今やめるなら一緒に屋敷に帰ってもいいですよ。もちろんみんなに謝って、した事の責任も取ってもらいますが」
「庭師風情が私を見下すな! 私の秘密を知ったあなたを生かしておくわけがないでしょう。魔法を封じられたあなたに私が遅れを取るとは思わないことです」
確かにマリアの魔法の腕ならまだ本調子でない俺を完封する事も出来るだろう。だが、手が無いわけではなかった。
ここはマリアにとって敵地であり、俺の味方は大勢いたからだ。
「ならば俺も正々堂々とあなたが魔法と呼ぶ力で反撃しますね」
「え……?」
祈りを受けてきた神殿の植物たちはずっと復讐する時を待っていた。マリアが寒気と言ったのもそれを感じたのだろう。俺が軽く頼んだだけですぐにマリアの四肢を拘束し、杖を握る手を捻り上げ、詠唱を続けられないよう口まで塞いでしまった。
「んぐっーーーっ! んんんーーーっ!」
マリアはもう動けず、呻く事しかできない。
俺はゆっくりと彼女に近づいていくと、その前に立ち、
「──っ!」
無言でパンチを繰り出した。二発、三発と腹に食い込ませ、自分でもその威力が上がっていくのが分かった。
「俺も本当は願っていたのかもしれません。お嬢様をやるのを」
「んぐうううっ! んんっ!」
「お嬢様は俺に本心を明かしてくれました。だから、俺も語ろうと思います」
俺は一度振っていた拳を下ろし、彼女に語る事にした。それが誠実だと思ったから。
「俺は本当はただの庭師ではないんです。あなた達がモンスターと呼ぶ隣国からのスパイなんです」
「んんっ!」
「俺は領主の娘であるあなたの傍にいましたが、これを利用しようとは思いませんでした。無関係の人間を巻き込むなんて俺の矜持に反するからです。ですが、お嬢様は俺に立ち向かう理由をくれましたね」
「んぐううううっ!」
「俺は自分に恥ずべき人間ではいたくないんです」
「んぐっ、んぐっ、んんっ、んんーーーっ!」
俺はもがく彼女の腹にさらに鋭く数発のパンチを叩きつけてから呻いて涙ぐむ彼女の髪を掴んで持ち上げ、そっと植物に頼んで口を塞ぐ触手を抜いてもらった。
「俺ばっかり話していたら悪いですね。お嬢様も話していいですよ」
「どうして植物を操れるんですか! あなたの魔力は封じたはずなのに!」
「俺のこれは魔法じゃないんです。自然と調和して植物に語り掛けているだけです」
「何ですか、それ!」
「そういうものだとしか。この指輪は返しておきますね」
「きゃああああ!」
俺は自分に嵌めていた指輪を彼女の指に嵌めて上げると、もう二度と抜けないように強く握り込んでやった。
「痛いいいいい! 私の指ーーーっ!」
「これでお嬢様も魔法が使えなくなったのでしょうか」
「卑怯ですよ! 動けない相手を嬲るなんて!」
「そうですね。俺もそんな気はしていました」
俺は植物に頼んで彼女を縛るその拘束を解いてもらう。植物は渋々とだったが、俺の思いを汲んでくれた。
解放された彼女はすぐに自分の懐を探り始めたが、俺には彼女の探している物が分かっていたのでいじわるをせずにそれを見せてやった。
「脱出のアイテムは取り上げておきましたよ。逃げられるとやっかいですからね」
「返してください! きゃああああ!」
俺は跳び掛かってきた彼女を蹴り返す。お嬢様は無様に床に転がったが、俺を睨みつける戦いの視線は変わらなかった。
「庭師の分際でよくも……よくも!」
「正々堂々といきましょう。お嬢様に戦い方を選ばせてあげますよ」
「私を舐めるな!」
マリアは素早く杖を手に取ると魔法の詠唱を始めるが、それは発動しない。魔法封じの指輪は上手く機能しているようだ。
「修練してきた魔法が使えないなんて、こんな指輪!」
マリアはそれを引き抜こうとするが、がっしり食い込んで離れない。指を痛めていくだけだ。
「指を斬り落としましょうか?」
「くっ! あああああああ!」
マリアは杖で殴り掛かってくる。俺は冷静に剣を構えた。
「武器の勝負ですね。いいでしょう、受けてたちます」
俺はマリアの杖を容易く両断。
「えっ!?」
驚く彼女に向かってさらに素早く連撃を繰り出した。
「きゃああああ! 痛い痛い! やめてください、カナデさん!」
悲鳴を上げているが全て浅い傷だ。別に手心を加えたわけではなく、俺なんかが簡単に終わらせたら、長い恨みを募らせてきたこの場にいる思いに申し訳がないと思ったからだ。
だから俺は彼女やみんなに時間を与えてやっている。
マリアはまだ諦める事をせず、今度は祭壇にすがりついた。
「古の力よ、私に力を貸しなさい! ここに鍵があります! なぜ光らないんですか! これも魔法なんですか! きゃああああ!」
魔法には魔法だ。俺が植物に頼むと彼女は突き飛ばされて俺の足元に転がってきた。さらには拘束までしてくれる。
「離しなさい! 私は領主の娘なのですよ! 無礼者!」
この期に及んでもマリアはまだ逆らう気を失ってはいなかった。さすがは領主の一族だ。俺は彼女への認識を改めるべきかもしれない。
「私にこんな事をしてただで済むと思ってるんですか! お父様が黙っていませんよ!」
「俺たちの戦いに親は関係ないでしょう!」
さらに数発殴りつけてやると、さすがのマリアもおとなしくなってきた。生き残るための手段を選ばなくなってきた。
「カナデさん! 結婚しましょう! この領地をあなたに差し上げますから、ですから!」
「親は関係ないと言ったはずです!」
さらに数回殴ってやるとマリアはもう泣くだけになってしまった。
「許してください……私が間違ってました……許してください……」
さすがの俺も自分がとんでもない間違いを犯した気分になってマリアの胸倉を掴む手を緩めようとしてしまったが、はたと思い返してその手を再び強く握りしめた。
「お嬢様、申し訳ありません。俺はまた自分が完璧であろうとしてしまっていました」
「カナデさん……分かって……くれたんですね……」
「俺はこれから大きな失敗をするかもしれません。どうかそれを心行くまで御覧になっていてください」
俺はもう自分の拳を止める理由を見つけられなかった。
彼女は俺の失敗を望み、俺には行動したい思いがあったから。
そうだ、俺は失敗していいんだ。彼女もそれを望んでいる。
「カナデさ……ぐあっ!」
もう俺を縛るものは何も無かった。失敗しても前に進む勇気。
ダンジョンでの冒険がそれを教えてくれた。
俺は彼女の悲鳴が聞こえなくなるまで、自分の求める道を進んでいった。




