表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第一章 コントバディ登場
6/31

第2話 動く密室と、三人の影

覆面パトカーは高架下の信号で止まっていた。


「で、ユーマ。結局、何が言いたかったんだよ」

安由雷が、灰皿にタバコを押しつけた。


悠真はその灰皿を一瞥してから、安由雷を見た。


「今回の事件は、もう解決したも同然ですよ。

 僕には、凶器のありかも、犯人の目星も、すでについています」


「……ほう」


「犯人は、かなり頭が切れる人物です。

 でも――この僕ほどじゃなかった。

 それは、担当刑事が僕になることまでは読めなかったことです。

 犯人の、たった一つの誤算は、それは、僕が、本庁から、助っ人として呼ばれ……」


「もういいから、結論を早く言え」

安由雷は、両手を頭の後ろで組み、大きくあくびをした。


悠真は少し物足りなそうに唇を尖らせたが、すぐに言葉を続けた。

「僕の推理では、今回の犯人は――三人に絞られます」


提供された資料を見れば、動機のありそうな人物は誰が見てもその三人しかいなかった。


「で?」


「まず一人目は――**本郷 健次郎(ほんごう けんじろう)**、三十一歳。

 碧星総研の社員で既婚者ですが、子どもはいません。

 本郷は、殺された**馬場 雷太(ばば らいた)**に三百万円の借金がありました。

 しかも、馬場が殺された当日、返済の約束をしていたらしいんですよ」


「当日、返済予定……?」


「馬場の手帳から、死んだ当日のページに【19:00 本郷返済】と書いてあったそうです」


「被害者の手帳に【19時】――午後七時か。……優に定時を過ぎてるな?」


「そうなんですよ。

 返すだけなら、昼休みとか、終業後の午後五時でもいいはずなんですけど」


(勤務時間内・外で、変わるものがあるのか……?)

安由雷の頭の中に、何かが引っかかった。

長いまつ毛が一度ゆるく瞬き、視線が宙を泳ぐ。


「……なんで、三百万も借りたんだ?」


「正確には“借りた”というより、“車を分割で買った”ようです。

 馬場は相当なカーマニアで、三年前、自分が乗っていたスポーツタイプの車を、本郷に五百万円で売っていたんですよ。

 ――毎月十万円の分割払いで」


「残業代でねえ」


「彼は大手企業の正社員で、当時は残業代だけで十万は稼げたらしいですが、二年前の“働き方改革”で、一気に残業が減ったんです。

そこから支払いが滞り、関係が悪化していったようです」


「……二年前から、か」


「馬場も相手が親しかった本郷で、さらに相手はユーザー側なので、少しは我慢をしていたようですけど」


「馬場は黙ってないよな」

安由雷は身を起こし、手枕を腕組みに変えた。


「そうです。

 資料によると、馬場は“残り三百万を一括で払えば穏便に済ますが、拒否すれば裁判沙汰にして、利息も損害も全部乗せて請求してやる”――そう言い放ったそうです」


安由雷は、感心したように鼻を鳴らした。

「すごいな」


「え?」


「あいかわらず、妙に暗記力だけは優秀だな」

安由雷は、感心した様子で言った。

悠真は、昨夜読んだ資料の内容から忠実に話をしていた。


「それほどでも……あるんですけどね!」  

悠真は、長身の頭を掻きながら、オーバーアクションで照れる格好をした。


「なら車を返せばいいんじゃないか」  

安由雷が、そんな悠真をほっておいて軽く言った。


「本郷は一昨年、事故を起こして……車は全損だったそうです」

期待していたような相づちは返ってこなかったので、悠真は、少しだけ寂しそうな顔で答えた。


安由雷は、深くため息をついた。



「それで、お前の推理では本郷が犯人なんだな」

安由雷が顔を向けると、悠真は前を見たまま、ゆっくりと首を横に振った。


「そう思うでしょ。ところが――本郷じゃないんですよ」

「なんで?」


「本郷が一番怪しいんですが、彼には未だ崩せないアリバイがあるんです」


「当日、出張でもしてたのか?」


「いえ、犯行のあった館内にはいましたが、彼が十三階から別のエレベーターに乗って、少し後に十一階から乗った馬場よりも、一足先に一階に着いて、家に帰っているんですよ。

 ほんの数分の差――本当に一足違いですけどね」


「先に帰った……」


「そう。つまり、十階から二階の間で“エレベーターを乗り移れない限り”、物理的に犯行は不可能なんです」


「……んで」


「んで、……ですけど。さっき、あと二人容疑者がいると言いましたよね」

悠真は指を二本立て、楽しそうに続けた。


「二人目は――馬場の隣席に座る**吉川 志季(よしかわ しき)**、二十五歳。

彼女は被害者と同じ会社からの派遣で、二人は交際をしていましたが、最近は別の会社からの出向社員――**三木塚 瑛太(みきづか えいた)**に心変わり。

三人目は、この三木塚で、志季が別れ話をしても、馬場が聞く耳を持たなかったようです」


「愛は消えたというのに、……女々しいやつだな」

安由雷がぼそりと呟いた。


「でも吉川志季という女性も髪が長く、目の間は少し広いんですけど、愛嬌のある可愛い子でしたよ。馬場も彼女を失いたくはなかったんじゃないですかね」


「おい、なんでお前、顔まで知ってんだよ!」

安由雷は、シガーソケットを押し込もうとして、顔を上げた。


「え? 資料に写真入ってましたよ。見てないんですか?」

悠真が目を丸くする。


安由雷は、気まずそうに頭を掻きながら、

「……字ばっかの資料は眠くなるんだよなぁ」

とぼやいた。


「で、お前の推理だと、犯人は――?」

「犯人は、ですね」  


悠真は少しじらし、得意げに口角を上げた。

「……吉川志季と、三木塚瑛太なんですよ」


「――共犯?」


「そうです。

 一階のエレベーターホールで馬場を刺したのは吉川、

 そして、凶器を隠したのが三木塚。

 この二人の共犯なんです」


「先輩は、『霧の群青館殺人事件』という有名な推理小説を知ってますか?

 駆け込んできた者が、密室の鍵を絨毯に落とす――」


「知らん」

安由雷の即答が、短く車内の空気を切った。


悠真は苦笑して肩をすくめる。

「はあ。……じゃあ、

 先輩なら、凶器をどこに隠せば絶対に見つからないと思います?」


安由雷は、ほんの一瞬だけ考えて、目を細めた。

「絶対に見つからない為には、……最初から隠さなければいいんじゃないか」

と、安由雷が返したところで、車の中が急に暗くなった。


「先輩、ここです。――碧星総研(へきせいそうけん)


覆面パトカーは、静かに碧星総研株式会社の地下駐車場へと降りていった。

コンクリートの壁が近づくたび、蛍光灯の白い光がフロントガラスを流れ、

排気の匂いがゆっくりと車内を満たしていく。


そして――事件の気配だけが、確かにそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ