表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第一章 コントバディ登場
5/31

第1話 24時間のアユライ登場!

「先輩、……先輩!」


覆面パトカーを運転している**岡本 悠真(おかもと ゆうま)**が、ハンドルを軽く叩きながら横を見た。

悠真は今年本庁に配属されたばかりの、二十三歳の新米刑事。


「先輩!」


「……なんだよ」


助手席でシートを倒し、居眠りをしていた**安由雷 時明(あゆらい ときはる)**が眠そうな目を開けた。

安由雷はほんの少し先輩の二十八歳で、キャリア組の一応は警部補である。


「ちょっと聞いて下さいよ」


「な・に・を」


安由雷はゆっくりとシートを戻し、起き上がりながら面倒くさそうに横を見た。


「その前に先輩、それ取って下さいよ」

悠真が、安由雷のかぶっている白い警察ヘルメットを指差した。


「……ん?」

安由雷は片眉を上げ、怪訝な顔のまま、ゆっくりとあご紐を外した。


「何でいつも、ヘルメットを着けて寝てるんですか?」

問いには答えず、安由雷は無言のままヘルメットを取ると、後部シートへ放り投げた。


スリムだが引き締まった体をゆっくり起こし、

軽くウェーブのかかった髪を無造作に撫で上げた。


彫りの深い顔立ちに、凛々しい切れ長の目。

……けれど、美人を見ると、その目がだらしないほどハの字に垂れる。

――そして、女のように長いまつ毛。

それが、彼のトレードマークだった。


「寝てる間に成仏したくないんでな」

安由雷が胸ポケットからタバコを取り出し、火を点けながらぼそりと言う。


悠真は、ちらりと横目でその横顔を見て、唇を尖らせた。

百九十センチの長身に、少し細身の体。

童顔でクリっとした大きな目が印象的で、伸ばした前髪を真ん中で分けている。

どこか抜けた雰囲気があるが、真っすぐな性格の男だった。



その時突然、車内のスピーカーから警察無線の砂嵐混じりの音が鳴った。


《緊急連絡、緊急連絡。保土ヶ谷区●●町の一戸建てに複数の強盗が罪もない家に押し入り……老夫婦が重傷……犯人は四名、黒のセダン、ナンバー確認中――》


「保土ヶ谷って……」


安由雷がタバコをくわえたまま、ゆるくそう言ったときだった。


「近くですね。

 だけど、僕たちは、本庁からの応援に行く途中なので、所轄を無視して介入することはできませんね」


悠真が、残念そうに呟いた。


《老夫婦の夫は、バールのようなもので殴られて、片目が失明。犯人グループは、凶器を持っているので注意するように……》


「最近多いですよね、こういう事件。闇バイトで集められた者たちが、罪のない家に押し入り、住人に暴行したり、殺してしまったり──」


「ひでぇな」


安由雷が窓の外に遠い視線を向けた。


少しの沈黙。


「……で、なに?」

安由雷はタバコに火を点けると、大きく煙を吹き出した。


「あっ、そうでした。そうでした」

悠真が赤信号で止まって、窓を少し開けながら、


「今回の事件ですけど、昨日もらった資料を見ましたか」


「………」


「見ました?」


悠真が横を見た。安由雷はタバコをくわえたまま、小さく首を横に振る。


「見てないんですか、もう~先輩。お願いしますよ。

 今回は本庁からの助っ人という事で、僕なんか、昨夜は一時ぐらいまで、知人の知恵を借りて……」


「で、なんだよ!」

安由雷が話の途中で割り込む。


「あのですね、今回は先輩のキャリアの中でも特別ですよ!」

悠真は少し身を乗り出した。


「だって今回で先輩、大記録ですよ。

 あの二十四件の難事件を解決した“24時間のアユライ”の神話が――ついに二十五件目!」


安由雷はタバコをくわえたまま、ふっと笑うように息を吐いた。


「……そうか。二十五か。嫌な数字だな」


二十五歳。ろくな年じゃなかった――。

あのときの“悪女ストーカー”の顔が、ふと脳裏をかすめた。


(また、変な奴につっかけられなければいいが……)


その瞬間、悠真は見た。

安由雷の切れ長の瞳が、一瞬だけ、鋭く光ったのを。


「あっ、そうそう、その件なんですけど、僕の推理は――」


悠真の言葉が止まった。


「ん?」


「……話しても意味ないでしょう!

 だって先輩、事件のこと、全然知らないんですから!」


悠真は、せっかく権造から得たヒントで推理した話をしたかったが、

事件内容を知らない相手に話しても無駄だと悟った。



「――二週間前に、碧星総研(へきせいそうけん)株式会社で、

 十一階からエレベーターに一人で乗った**馬場 雷太(ばば らいた)**が、

 一階に着いたときには、胸を鋭い刃物で一突きされて死んでいた。

 だが、そのエレベーターは高層階専用で――十一階から一階の間は止まらない。

 さらに、凶器はどこにも見つからず、二週間経った今も行方不明。……だろ?」


悠真は数回瞬きをして、少し嬉しそうに安由雷の顔を見た。

「なぁ~んだ。先輩、ちゃんと読んでるじゃないですか」


「最初の五行までは読むんだよ」

安由雷は欠伸を噛み殺しながら、ぼそりと続けた。


「そのあと、スヤァって、いい夢見ちゃうんだ。……俺、意志の弱い男だからな」


悠真はため息をついて、前を向いた。

「五行で寝落ちできる刑事、初めて見ました」


「ああ、駄目だ駄目だ、――人間失格だ。

 俺は生きてる資格もない。死のう。明日死のう。絶対死……」


「もういいですよ、先輩!」

悠真が前を向いたまま、首を横に振った。


安由雷は悪戯っぽい笑みを浮かべ、悠真の左耳に顔を近づけた。


「ど~だった? 今の。

 女ってのはな、男が思いっきり自分を卑下すると、母性本能スイッチが入るんだ。

 『そんなこと言わないで。大丈夫よ、トキハル。私が力になるから!』

 ――って来てだな、『私に何でも言って。え?ホテルに行くの?』までがワンセットなんだよ」


「落ちませんよ! そんな雑なトリック、通じるかっての!」

悠真は顔を真っ赤にして、きっぱりと否定した。


「……っていうか、先輩、それ警察でやったらセクハラで牢屋行きですよ」


安由雷は苦笑を浮かべ、悠真の反応を楽しむように目を細める。


「お前、女でなんかあったのか? ムキになりすぎだろ」

そう言って、色っぽい目つきでタバコをくわえ、煙を悠真のほうにふっと吹くフリをした。


「やめてくださいってば、先輩!」

悠真は眉をひそめ、大袈裟に手で空気を払った。

彼はタバコの煙が何より苦手だったのだ。


(――二人の背景には、大きな隔たりがあった)


岡本悠真は、小学五年のときに父を肺がんで亡くした。

高校を卒業するまで、六畳一間の安アパートで、母と二人きりの暮らし。

母のパートの収入と、父の残した五百万円の保険金だけが頼りだった。

冬は石油ストーブ一台きり。

春先の風に乗って、隣の部屋のカレーの匂いが夕飯の合図だった。


そんな悠真とは対照的に――安由雷時明は、まるで別世界にいた。


六本木の高層マンション、最上階のワンフロアを一人で使い、愛車は真紅のフェラーリ。

二歳上の兄と、一回り年下の高校生の妹がいる。


**兄の瑛仁(あきと)**はスタンフォード大学を出て、

アメリカ人の妻と二人の娘とともに、今はニューヨーク暮らし。

……実のところ、このマンションもフェラーリも、兄のもの。

日本に戻ってくるかは分からないが、

時明(ときはる)は、言ってみればただの「留守番」に過ぎない。

兄の資産を預かる、贅沢な「管理人」だ。


**妹の理央(りお)**は鎌倉の大豪邸で両親と暮らしているが、

今年の春から、週末ごとに、このマンションへ顔を出すようになった。

頼んでもいないのに、掃除、洗濯、説教付き――家政婦と母親のハイブリッドだ。


「何でもかんでもクローゼットに投げ込まないで」

「煙草はバルコニーで吸って」

「洗濯物はかごに入れて」


そして最後は、決まってこれ。


「アキ(にぃ)を見習って、ハル兄もそろそろ家庭を持ちなさい」


……その口調が、年々母親に似てきたなと、時明はいつも思う。


だから時々、彼は悠真を呼び出して、口喧(くちやかま)しい妹の話し相手をしてもらっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ