第2話 永遠のログイン――Good luck, Again.
―――数日後。
広大な敷地に、気品漂う古風な西洋式建築が、鎌倉の静寂な闇の中に佇んでいた。
石造りの門を抜けると、煉瓦敷きの車寄せがあり、その先には格式ある門柱と芝生庭園。
イングリッシュガーデンと和の庭が融合する中庭には、かつてこの邸宅を訪れた外交官が寄贈したという彫像が佇んでいる。
その中心に立つのは、百年の歴史をもつネオ・ゴシック様式の三階建て洋館。
その寝静まった建物の、二階の一室から明かりが漏れていた。
三十帖を超える広間の壁面には、天井まで届くマホガニー材の重厚な書棚。
クリスティ、ドイル、カー、そして島田荘司、綾辻行人、東野圭吾……
国内外のミステリー小説が、ジャンル・年代・国別に完璧な秩序で並んでいる。
街の書店すら凌駕する圧巻のコレクションだ。
だがその中に、明らかに異質な一角がある。
――『エロイカより愛をこめて』。
ピンクの背表紙。
古い少女漫画の背表紙が四十冊ほど、他の本に混ざっていた。
しかも、その前に置かれたアクリルスタンドは、ドリアン伯爵がウィンクして「グッドラック!」と指を立てた特注の一品だった。
その一角にだけ数十冊分の空白があり、最端の一冊が支えを失って横倒しになっている。
窓側の長机には、カスタムビルドされたゲーミングノートPCが置かれていた。
椅子には、ルームウェア姿の少女が座っている。
兄と同じ、長いまつ毛と切れ長の目元をもつ少女は、ヘッドセットを外すと、背もたれに身を預けて大きく伸びをした。
そのまま身体を戻し、マグボトルの蓋を回しながら、ふと置き時計に目をやる。
「……〇時四十五分か。そろそろ寝ようかな」
―――と、その時だった。
外して机の上に置いていたヘッドセットのヘッドフォンから、女性の声がふいに聞こえてきた――。
「無理だってばぁ~!」
ノートパソコンの画面では、倒れたオークのそばで、可憐なエルフがモンスターに囲まれていた。
「ゴンゾー、
……無理だってばぁ~!」
(了)
――◇――
最後までお読みいただきありがとうございました。
**『エロイカより愛をこめて』**の中のグローリア伯爵。
その口癖は、「Good luck!」、「I'm professional(私はプロだよ)」。
(ウィキペディアより)




