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迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第七章 トリックの答え合わせ
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第1話 四度目の正直――沈黙の告白

取調室の蛍光灯が、ゆっくりと瞬いた。

本郷健次郎は、あっけなく自供した。


――頼みの綱にしていたアリバイ・トリックが、いとも容易く崩れ去ったのだ。

逃げ道は、もはやどこにもなかった。


■自供の始まり


「あの週の水曜日に、社内メールで――“エレベーター監視カメラの故障”を知りました。

 修理は土曜日になる。……その瞬間、私は“今しかない”と思ったんです」


本郷は、項垂れたまま淡々と語り始めた。

声には焦りも怒りもない。

ただ、壊れた歯車が最後の回転をしているような乾いた調子だった。


「馬場さんへの返済を迫られていました。

 もう誤魔化せない、家内にも隠せない。

 だから、あの日の午前中に馬場さんを二〇階のレストランに呼び――こう言ったんです」


“今日、家内を実家へ借金の工面に行かせています。

定時後にお金を持ってここに来るので、着いたら電話をする”――と。


馬場は、家族を巻き込んででも返済しようとする誠意だと信じたのだろう。

だが実際には、それが“最期の誘い文句”だった。


(後日の捜査で判明したが、本郷の妻は借金のことを一切知らなかった)


■犯行の準備


「午後六時四十分頃、二〇階のレストランの内線から電話をかけました。

 “家内から連絡があり、もうすぐ着く。

 七時になったら地下一階の駐車場へ下りてきてほしい”――と」


その声のトーンも、いつもと変わらなかった。

計算された穏やかさが、逆に不気味な静けさを漂わせていた。


「七時の少し前に地下一階へ着き、

 エレベーターのドアが閉まらないように鞄を挟んで外へ出た。


 ガツン、ガツン……。


 鞄にぶつかるドアの音が、心臓の鼓動よりもはっきり聞こえた。

 その音を聞きながら、私はようやく“現実が動き始めた”と感じた」


十八時以降、警備員が不在になることも彼は知っていた。

それもまた、計画の一部だった。


「鞄の中には、コンビニ袋に包んだナイフ。

 袋を裏返して右手に被せ、そのまま刃を握り込みました。

 指紋も、血も、つかぬように」


■犯行の瞬間


――ここから先は、彼自身の回想である。


「少しして、隣のエレベーターのチャイムが鳴りました。

 扉が開くと、馬場さんが一人で立っていました。

 私を見て、彼は安心したように、少し微笑みました」


もし、乗っているのが彼では無かったり、誰かが同乗していたなら、その場はやり過ごすつもりだった。

だが、その夜だけは――運命が、彼に順番を回してしまった。


「馬場さんが一歩、こちらへ踏み出した瞬間。

 私は背中に隠していた右腕を、弧を描くように振り抜きました。

 脇腹の下でスナップを効かせ、胸を貫いたんです」


言葉は淡々としているが、その瞬間の光景だけが異様に鮮明だった。

エレベーターの金属壁に反響する「ガン」という音。

息を呑む暇もなく、馬場は後ろに崩れた。

笑みを含んだ顔は、そのまま凍りついていた。


■犯行後の行動


「エレベーターが大きく揺れたので、誰かに気づかれたかと思いました。

 でも、すぐに冷静になりました。

 右手から袋を裏返して握っているナイフを包み、固く縛り、鞄に戻しました」


乗ってきたエレベーターに戻り、支え棒代わりにしていた鞄を引き抜くと、

エレベーターは何事もなかったように――一階へ上がって行った。


そして少しして、隣のエレベーターも(一階の志季に)呼び出され、静かにドアを閉じた。


■補足(後日談)


当日、全館のエレベーターホールと機内カメラは故障中。

それが、彼に“沈黙という共犯者”を与えた。


馬場の最後の言葉は、尾藤に向けた一言だった。


「ちょっと下に行ってくる。すぐ戻るから――」


それが、生きて放った最後の声となった。


■本郷の終わり


本郷は、すべてを話し終えると、ぽつりと呟いた。


「……当日偶然、運が良かったわけではありません。

 これは――四度目の正直、です。

 その前にも、屋上に呼び出したことも、酒に酔わせた夜も、全部失敗した。

 でも、この時だけは……成功してしまった」


最後の“成功”という言葉を吐いたあと、彼は笑わなかった。


後日――

本郷の鞄の内側から、

ビニール袋を入れる際に付着したとみられる、馬場の微量の血痕が検出された。

さらに、供述の通り、

捨てられた川底から凶器のナイフが発見された。


それは、もう“言葉よりも雄弁な証拠”だった。

そして、沈黙だけが――最後の真実を語っていた。

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