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迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第六章 お手並み拝見
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第1話 静謀のエレベーター ― “ちゃお”を残して

――午後五時五十分。


館内放送が静かに終わる。

スピーカーの残響だけが、十一階の空気を震わせた。

各フロアのエレベーターホールには、

『エレベーター使用禁止 17:45~18:15』と赤文字で書かれた張り紙。

白い蛍光灯の光を受けて、まるで警告灯のように浮かび上がっている。


碧星総研ビル――。

その十一階のホールで、安由雷は腕時計をちらりと見た。

隣には、長身の悠真ではなく――小柄な玄武が立っている。

互いに言葉はない。


その頃、一階のホールでは――。

辰巳警部のグループがすでに集合していた。

その旨を奈々花が無線で上階の玄武へ報告を入れた。



高層階用のエレベーターが、ひとつ、またひとつ、静かに開く。

金属音が短く響き、やがて並んだ五つの箱が、無機質な光を放った。


“6号機”から“10号機”まで――すべて十一階に集められていた。

五人の捜査員がそれぞれの機内に立ち、

ドアが閉じないように『開ボタン』を押し続けている。

五つの光の口が、規則正しく開いたまま静止していた。


――準備は整った。


安由雷が腕時計をもう一度見る。針はちょうど、午後六時を指していた。


「玄武君、無線で一階ホールに伝えてください。

 ――『上行ボタン』を押して、どの号機のランプが点いたかを報告してもらいます」


返事はない。

玄武はぶ然とした表情で、無線機のスイッチを入れ、一階へ連絡を送った。


数秒後、通信の発信音。

玄武が無言で、安由雷へ無線機を突き出す。

「“6号機”です。一番右側、高層階用のエレベーターです」

一階からのスピーカー越しの声が届く。


「……了解です」

安由雷は、短く答えると歩き出した。

革靴の音が、無人のホールに乾いた反響を残す。


「え?」

玄武は思わず声を漏らす。

安由雷は、一階のロックがかかった“6号機”ではなく――反対端、“10号機”へ向かっていた。


「ちょ、ちょっと……聞いてました?

 ロックしたのは“6号機”ですけど……そっちは……?」


安由雷は答えず、“10号機”の中に上半身を滑り込ませる。

中にいた捜査員へ目で合図を送り、外へ出させた。

そのまま操作盤に手を伸ばし、何階かのボタンを押す。


階数は見えなかった。

けれど、“10号機”のドアが静かに閉まり――

無人のエレベーターが、唸りを残して立ち去った。


「……?」

玄武の眉が寄る。


安由雷は振り返り、軽やかに“6号機”へと乗り込んだ。

「中の方も、外に出てください」

淡々とした声。

捜査員が降りると、安由雷は左手でドアを押さえたまま、右手の指先で隣を示した。


「では、玄武君。辰巳警部に無線で、

 《《私が“6号機”で一階へ向かった》》と報告をしてから、

 あなたは“7号機”で捜査員と一緒に下りてきてください。――“7”ですよ!」


「え……?」

玄武の戸惑いに気づいているのかいないのか、

安由雷は右手で軽く「あっちあっち」と示してみせた。


そして――最後に。


「それでは――ちゃお~♪」


いつもの軽い調子で右手を振ると、

安由雷は押さえていたドアを離した。


金属音とともに、扉がゆっくりと閉まる。

銀色の反射が、彼の笑みを一瞬だけ照らした。


玄武は、ただそれを見送ることしかできなかった。

無線を握る手が、わずかに震えている。


「……ただ今、安由雷警部補が十一階から“6号機”に乗って、一階へ向かいました」

かすかに掠れた声で報告を入れる。


応答のノイズが、耳の奥でじりじりと弾けた。


(あいつは一体、どんな実験をするというんだ?)

胸の奥で、疑問と焦燥が絡まり合う。


(“6号機”で一階に下り、そのあと俺たちが“7号機”で一階に着く……

 これが、いったい何の意味になる?)


考えれば考えるほど、輪郭がぼやけていく。


(……いや、待て。先に――“10号機”が、動いた)

無人のまま、どこかへ消えたエレベーターの残響が頭を離れない。


だが、今は考えている暇はなかった。


玄武は、息を短く吐き、顔を上げた。


「行くぞ」


残る捜査員たちと視線を交わし、半信半疑のまま、“7号機”へと小走りに乗り込んだ。

扉が閉まる直前――

安由雷が乗り込んだ“6号機”の方向から、微かに“下降音”が聞こえた気がした。


それは、まるで地底へと吸い込まれる呼吸のように、静かで、不気味だった。

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