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第1話 オンラインのオークと、新米刑事の夜

「助けてぇ~!」


モンスターに囲まれながら、レティーシャが叫ぶ。

けれど、頼みの綱である権造(ごんぞう)も囲まれていて動けない。


「レティーシャ!」

「無理だってばぁ~!」

「おわぁぁぁぁ……!」


――間に合わなかった。今日もまた、あっけなく全滅。



「ちょっと水分補給しま~す!」


ヘッドセットを外しながら、僕はマグボトルの麦茶を一口。

モニターには、草原に寝転がったままの僕のキャラクター――

可憐なエルフのレティーシャと、筋肉ムキムキのオーク戦士が並んでいる。


「ゴンゾー、たった二人のギルドで、ボス討伐は無理ですよ……」

「そんなこたぁねぇよ。今度こそ、わしがしばいちゃる!」


どこからどう見ても脳筋のオークが、地面に大の字になりながら空を仰いで言う。

僕たちの上を、のそのそとモンスターの群れが悠々と歩いていった。



権造――自称三十代の中間管理職。武器はノーマル装備のオメガクロー。

そのオークは、戦場では豪快だが、どこか僕への扱いが丁寧で不思議だった。


かたや僕――現実では警視庁の新米刑事。

まだ配属されて五か月の、ペーペーの二十三歳。

ゲーム内では美少女エルフのヒーラー、レティーシャ。

プロフィール上は“年齢性別不詳のコンビニアルバイター”ということにしている。


学生時代に立ち上げたギルド【ガルガルド】。

二年経っても誰も入らず、孤高のボッチギルドだった。


そんなある日、僕がモンスターに囲まれて死にかけていたところに、通りすがったのがこのオークだった。


「お嬢さん、手ぇ貸すぜ。ついでにギルドも入ってやるぜぇい?」


まるで僕のギルドがずっと一人だったことを知っていたかのように、権造はあっさりと加入してくれた。


それが今年の五月下旬のこと。

あれから、もう四ヶ月になる。



もちろん、ヘッドセット越しの僕の声は、AIの女性ボイス変換済み。

ギルドマスターのレティーシャっぽさを演出しているつもり。


……だが権造は、ギルマスの言うことなどまるで聞かない。

弱いくせに無茶ばかりする。油断すればすぐモンスターの群れに突っ込む。

おかげでガルガルドは、いつも全滅して村に帰還することになる。


なのに。


「ねえ、レティーシャ。今日も面白かったのぉ。ガッハッハッハ!」


この言葉だけで、僕はなぜだか、許してしまう。


温かいような、くすぐったいような。

心がふわっとする、そんな時間。


(……不思議な気持ち。愛らしい、いや、違うな。

 ただ、こいつと一緒にいると、どこか心地いいんだ)



「今日は誰もこねぇな。そろそろ村へ帰って寝るかのぉ」


ヘッドフォンの向こうから、土木作業員みたいな声が響いた。

ときどき通りすがりのプレイヤーが蘇生してくれることもあるけど、今日は静かだ。

そのまま帰還すれば経験値が減る。だけど、仕方がない。


「ゴンゾー、ちょっと待って」


モニター横の時計は午前〇時半。

ゴンゾーはいつも午後十時すぎにログインして、午前一時には落ちる。

不思議なことに、週末には絶対に現れない。

そして、落ちるときの決まり文句は――


『グッドラック!』


……何者なんだろう、このオークは。



「なんずら?」

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。……ミステリーの話なんだけど」


「おお!」


権造は、オークの見た目からは想像できないほどのミステリーオタクだ。

自ら執筆した推理小説を投稿サイトに載せていて、

ペンネームは『大黒柱(だいこくばしら) 権造(ごんぞう)』。


人気作は、紫の瞳の女子高生探偵が活躍する

『控えめにいって、アナタはすでに詰んでいる』。

サイト主催のミステリー賞で「もうチョイで賞」を受賞していた。


少し読んでみると、JK主人公の台詞や仕草が驚くほど自然で、

「これ本当に三十男が書いたの?」と思うくらいリアルだった。

まるで現役女子高生が書いているみたいで、思わず笑ってしまった。



「今読んでいる本が、密室殺人の推理小説なんだけど、ヒントがほしくって……」

「おお、密室殺人か!」


僕が話している途中で、権造のまんざらでもないという声が割り込んできた。


「わた……いや、わしの好きな密室殺人と言えば、

 あの有名な『霧の群青館(ぐんじょうかん)殺人事件』じゃな」


モニターを見ると、エルフとオークが地面に転がったままでいる。


「霧深い湖に浮かぶ青い館に七人の男女が招かれる。

 嵐で孤立したその館で連続殺人が起きる――。

 どうじゃ、ミステリー好きには堪らんじゃろ!」


「ですね」

僕もミステリーは嫌いではなかった。


――◇――


この時、僕はまだ知らなかった。

“あの事件”の僕の推理が、このオークの話から思いつくなんて――。

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