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迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第四章 捜査・情報収集
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第6話 ロックの条件とロックされるもの

安由雷と悠真は、二十階の仮設本部に戻ると、参考人聴取の結果を辰巳警部へ報告した。


「次は、地下の管理室に行ってきます」

安由雷の言葉に、辰巳が小さく頷く。


その二人の姿が、エレベーターホールに消えるのを待って、小柄な玄武が、坂下奈々花を呼んで、一つの指示を与えた。

蛍光灯の光が二人の横顔を照らし、静かな密閉空間の中に、わずかな緊張の空気が流れていた。


地下へ向かうエレベーターの中――

「カメラが死んでいた件ですね」

悠真がぽつりとつぶやく。


「ああ。――それと、エレベーターの仕組みを聞きにな」

安由雷の声は、低く、ほとんど独り言のようだった。


地下一階――エレベーターのドアが開き、二人は非常口脇の金属扉を押し開けた。


そこは――ビル管理室。

灰色の壁に囲まれ、操作パネルとモニターが並んでいる。

その前で椅子に腰を下ろしていた男が立ち上がった。

ねずみ色の制服。胸にはエレベーターの中にあったマークと同じものが付いている。


――大路 和彦(おおじ かずひこ)、ビル管理責任者。


「すいません、お忙しいところを」

「ええ、結構ですよ」

穏やかに笑いながら、大路は会釈した。

安由雷は、事前に訪問理由を伝えていた。



「事件当日、監視カメラが故障していたと伺いましたが」

「はい。水曜日に不具合が出まして、週末の休館日に全基止めて修理予定でした」


「金曜の夜――事件当日も、まだ修理前だった?」

「そうです。録画機能は落ちたままでしたが、運行には支障がありませんので」


安由雷は、腕を組んで、手を顎にそえた。

「つまり、“見られていないまま、運行はしていた”……と」

「ええ、そうなります」


その時、横から悠真が顔を上げた。

「カメラって、誰かがリアルタイムで見てるんですか?」

「いえ、通常は録画だけです。

 エレベーター内の非常ボタンが押された時にだけ、ブザーが鳴り、ここに内部映像が映るんです」


大路が一台のモニターを指差す。

その指先が、暗い室内に白く浮かんだ。


――コンコン。

そのとき、管理室のドアがノックされた。

安由雷がちらりと目を向けると、ドアの開けて入って来たのは、奈々花だった。


ブルーの制服の襟元を整えながらも、その表情には微かな影がある。

まっすぐな瞳の奥に、何かを押し殺したような、曇りがあった。


「奈々花……」

悠真が驚いたように振り返る。

「どうしてここに?」


「……お話を、一緒に伺っていてもよろしいですか」

声は冷静だった。

けれど、その声音の奥には、どこか自分でも割り切れていない迷いがあった。


「構わないよ」

安由雷は微笑むと、淡々と答えた。

(――命令だな)

彼には、奈々花の困ったような顔の後ろに、しっかりと玄武の思惑(かお)が浮かんでいた。


「え、な、奈々花? なんで?」

悠真は首を傾げたまま、事情をまるで飲み込めていない。

目の前の同期が、別の“任務”を背負って来ていることなど、夢にも思っていなかった。


奈々花は、そんな悠真に短く微笑んで見せた。

だが、その笑みには、わずかな痛みがあった。

職務と感情――そのあいだの、誰にも見えない葛藤が、胸の奥に押し込められていた。


「彼女も一緒にお願いします」

安由雷が、大路に向き直って静かに告げる。


「ああ、はい」

大路は、特に気にする様子もなく笑って頷いた。


奈々花が入ってきた瞬間、部屋の空気がほんの少し変わった。

鉄と機械の匂いに、人の体温が混ざる。

そして――

誰にも言葉にできない「信頼と疑念の温度差」だけが、薄く残った。



「では、続けさせてください」

 安由雷は、すぐに本題に入った。


「たとえば、仮に今。

 高層階用のエレベーターが二台――左が1号機、右が2号機の二台しかないとします」

「はい」


「どちらのボタンも押されておらず、どこからも呼ばれていない状態のとき、エレベーターはどうしていますか?」


「その場合は“フリー”です。今いる階で扉を閉じ、停止したままです」


「では――1号機が十五階、2号機が十八階に停止していて、十一階で“上”ボタンが押されたら?」


「近いほうの1号機が優先され、十一階へ降ります」

大路は左手(1号機)を下げて見せる。


「そして十一階に着くと、エレベーターの中の行先表示が“下”から“上”へ切り替わります」


悠真は、メモ帳に小さな四角いボックスを描き、上下の矢印を書き加えた。

「……なるほど。呼ばれたところに到着すると、行先表示が変わるんですね」


「では」

 安由雷が、腕を組んだまま問いを重ねた。

「そのとき、十五階で1号機のドアが閉まる直前に人が乗り込んで、“二十階”のボタンを押したら?」


「その操作は無効になります。

 十一階へのロックが先なので、上の階を押しても無視されます。

 ただし、“十三階”など、今の階より下のボタンを押した場合は、途中で止まってドアが開きます」


「なるほど。……下の階でロックされて下る最中に、その階より“下”を押したら有効、でも“上”は無効――ですね」


「その通りです」

大路の答えに、奈々花が、静かに息を飲む。

目の前の数式のような会話に、

――理屈の中に潜む“人の意思”を探している自分に気づく。


「では、十一階の上行ボタンで下りてきている途中で、1号機に乗っている人が、“一階”のボタンを押したらどうなりますか?」


大路は、止めていた左手を、下に動かしながら続けた。

「その場合は、十一階を素通りして、まずは一階まで行き、その乗客を降ろしてから十一階へ戻ります」

大路の左手が、一番下まで降りて、Uターンして登ってきた。


その言葉を聞き、安由雷の眉が動く。


「……素通りする、ということは――その間、十八階の2号機は何をしています?」


「特に何も。

 2号機の中もホールも、どこも押されていなければ、十八階に停止したままです」


「だけど、十一階に行くなら、十八階から2号機が下りた方が早いはずですよね?」


「ええ。しかし十一階のボタンを押した時点で、1号機がロックされてしまいます。

 そのロックが解除されるまでは、他の機体は反応しません」


安由雷は、納得がいかないという顔で、大路を見ると、

「もしも、ロックされた1号機がですよ、ずっと一階で停止していたら、他のエレベーターは、十一階に来ないんですか?」


「そうです」と、大路が頷いた。

安由雷が釈然としない顔つきで首を傾げた。


大路が、それに気が付くと、

「ただし、十一階に1号機が上行でロックされた状態でも、他のエレベーターを呼ぶ方法は二つあります」

と、指を二本立てた。


「一つは、2号機の中に乗って、十一階の行先ボタンを押す。

 もう一つは、十一階で、“下行ボタン”を押す。

 1号機が、もし上の階にいれば、それに反応して、十一階に止まります。

 もし通り過ぎていたら、2号機が選ばれて下りてきます」


「なるほど」

安由雷は、ゆっくりと頷いた。


「では、最後に一つ。

 1号機が十五階、2号機が十八階に停止中。

 十五階から1号機に乗り込んだ人が“一階”を押した後に、十一階ホールで“上行ボタン”が押された場合は――?」


「その場合、2号機のランプが点灯します。

 十一階で押したのが下行ボタンなら、勿論、一階へ向かう途中の1号機が選ばれて十一階に止まりますが、上行ボタンだと2号機が選ばれて、1号機は十一階を素通りして一階へ向かいます。

 自分の行きたい方向とは逆の階(十階以下)を指示されている1号機は、いつ戻ってくるのかの予測が難しいので、《《選択順は最下位》》になります」


「最下位ですか、……それは、どの階でも同じですか」

「はい。このビルの設定ではそうです」と、大路がきっぱりと言った。


安由雷は、急に険しい表情になった。

なぜならば、これでは安由雷が考えている推理が破綻してしまうからである。


(本郷が乗った8号機は、これでは一階ホールの上行ボタンではロックされないのだ。

 8号機が一階ホールの上行ボタンでロックをされたということは、やはり一階に下りて来ていたという事なのだろうか?)


(どうしたのだろう?)

奈々花が安由雷の顔に迷いを見て、首を傾げた。


その後、大路に礼を言って、奈々花は二〇階へ、

二人はオフィスビルの横にあるレストランハウスへと別れた。

午後四時半からは、捜査員全員のミーティングが二〇階で予定されているが、まだ少し時間があった。

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