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迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第三章 アユ&ユーマ参上!
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第4話 再会の温度、叱責の声

安由雷は、辰巳警部の許可を得て、三人の重要参考人に話を聞くことにした。

辰巳警部の本音は「捜査の邪魔になるから、視界から消えていてくれ」――それだけだった。


碧星総研の好意により、十九階に個室を一つ用意してもらった。


二人がレストランホールの出口へ向かおうとした、その時――


「――岡本くん!」


凛とした女性の声が、背中から響いた。

悠真が振り返る。


そこには、淡いグレーのスーツをきっちりと着こなし、胸元には身分証のプレートが光っていた。

その立ち姿は、まだ新しい靴の革が軋む音までも真面目に感じさせるようだった。

整った輪郭と切れ長の瞳。

表情は落ち着いているが、その奥に宿る緊張と気丈さが、彼女の現場慣れを物語っていた。


坂下 奈々花(さかした ななか)、二十二歳。

今年、悠真と同じく警察学校を卒業したばかりの同期。

現在は神奈川県警・捜査一課、玄武班所属。


「奈々花! うわ、マジで久しぶり!」

悠真が嬉しそうに笑った。


「ええ。まさか、アユライ班が応援に来るなんて思わなかったわ」

奈々花は口元をわずかにゆるめる。その声は静かだが、どこか弾んでいた。


その目が、後ろに立つ安由雷をとらえる。

ほんの一瞬――瞳がわずかに揺れる。


(……本物だ。会ってみたかった“24時間のアユライ”)

警察学校の講義でも、伝説のように語られていた名前。

“女好きのイケメン天才刑事”――そんな噂ばかりが先に広まっていた。


(……でも、噂とは違った)

彼の目が一瞬だけ奈々花をかすめ、すぐに窓の向こうの街へ流れた。

それだけで、彼女は悟った。

――彼の瞳には、事件以外のすべてが映っていないように見えた。

まるで、事件の渦中では、世界そのものを切り離しているような――そんな静けさだった。


「本庁の……安由雷警部補、ですよね?」

少し緊張した声で奈々花が言う。


「ああ」

安由雷は視線を向けただけで、短く返した。

その淡白さに、奈々花の胸の奥がほんの少し熱くなる。

だけど、表情には出さない。


「奈々花、今は玄武班なんだ?」

悠真が話をつなぐ。


「ええ。……まぁ、色々あるのよ」

奈々花は苦笑した。


「“女性は結婚すれば辞めるもの”って、まだ本気で思ってる上司がいるの。

 しかも、直属の上司がそれを堂々と言うのよ。

 だから、意地でも結果出さなきゃってね」


「うわ、それ……相変わらず古いな」

悠真が眉をしかめる。


「そう。でも、ここで腐ってたまるかって思ってるわ」

奈々花の瞳が少しだけ鋭く光る。

その一瞬、悠真の中の“警察学校時代の彼女”がよみがえった――

冷静で、努力家で、意地っ張りだった同級生。


その頃と同じ眼だ、と悠真は思った。何も変わっていない。

「……ほんと変わんないな、奈々花。強いまんまだ」


「あなたもね。どこ行っても相棒の足引っ張っているんでしょ?」


「うわっ、きつ。けどバレてる……」


二人の会話は、まるで時間が巻き戻ったかのように自然だった。

警察学校時代と同じ、息の合ったやり取り。


安由雷は少し離れた窓際に行き、腕を組みながら眼下の街並みを見渡していた。

その瞳に、街も、人の気配も映っていない。反射した空の光だけが揺れている。


「そうだ、久しぶりだし――今度ご飯でも行こうか」

悠真が、少し照れながら言った。


奈々花は一瞬、目を丸くしたが、すぐに柔らかく笑う。

「……いいわね。じゃあ、連絡先を」


ポケットからスマホを取り出そうとした、

その瞬間――


ホールの奥で、紙が机を叩く音がした。


「――坂下ッ!」


鋭い声が、ホールの奥から飛んだ。

書類を片手に立っている玄武だった。

ホール全体が、その声だけで一瞬にして凍りつく。


「何を突っ立っている! 資料整理はどうした!」

その声には、明確な苛立ちがこもっている。


(悠真と話していたことが、特に気に障ったのだろう)

あえて全員に聞こえるように、怒鳴るのだ。


「……すみません。すぐ戻ります」

奈々花は小さく頭を下げ、出しかけたスマホを静かに閉じた。

頬の紅だけが、まだ消えていなかった。


「岡本くん、またね」

そう言って、彼女は微笑みだけを残し、踵を返した。

その背中は、叱責の矢を背に受けながらも、乱れなかった。

背筋の奥に、ひとつだけ呼吸を押し殺す影があった。


悠真は、首を振りながら、安由雷の方へ歩き出した。


「……うわ、相変わらず怖ぇな、あの人」

(いや……うちの上司がラフすぎるだけか)


「圧はいいが、場の空気まで止めるのは才能だな」

安由雷が苦笑いを浮かべて、ポケットに手を突っ込んだ。


「行くぞ、十九階だ」


「……はい」

悠真は少し名残惜しそうにスマホを見下ろした。

画面には、まだ未送信の新規連絡先登録フォームが光っていた。


二人は無言のまま、再びエレベーターへ向かった。

その背後で、奈々花のヒールの音が、廊下の奥へ消えていった。

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