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迷宮のアユライ ~ 二重密室のトリックを暴け! ~  作者: 霧原零時
第三章 アユ&ユーマ参上!
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第3話 チンコンと一緒に、本庁から来た男たち

エレベーターのドアが閉まると同時に、床が身体を強く押し上げ、一瞬、全身の重みが増した。

天井は均一な蛍光に照らされ、背面の壁には冷たい円形の監視カメラが設置されている。


視線を下げれば、内ドア右側の操作盤に行先ボタンが二列に並び、二十階だけが点灯していた。


ドア上のデジタル表示は「B1」から「1」へと切り替わるやいなや、

『2・3・4・5・6・7………』と、勢いよく、高層階へと駆け上がっていく。


「絶対、さっきのチャイムはチン――」


「先輩ッ!」

悠真の声が、密閉空間に反響した。

安由雷はギョっとして、悠真の肩に回していた手を外した。


悠真は、下ネタが大嫌いであった。

……だが、不運にも、先輩の安由雷は大好きである。



『チン!』

短い電子音が鳴り、デジタル表示が十一階で止まった。  


ドアが開くと、ブルー系の制服を着た三人の女子社員が、笑い声を交わしながら乗り込んできた。


安由雷は後ろの壁にもたれながら、腕を組んで横目で三人をチェックした。

美人を見ると、いつも目尻がだらしなくタレる。

しかし、三人を見ても安由雷は凛々しい目のままであった。

 

女子社員も安由雷の顔をチラッと見た。

安由雷は、彫りの深い顔立ちに凛々しい切れ長の目をしていた。

喋らなければ相当いい男であった。


前に立っている悠真も、横目で女子社員を見た。

しかし、長身で頭二つくらい上にある悠真の視線からは、三人の旋毛(つむじ)しか見えなかった。……ただ、その“わずかな角度差”には、妙に敏感だった。


女子社員の一人が、悠真の胸のすぐ脇に腕を差し込み、十五階のボタンを押した。

甘いシャンプーの匂いが一瞬、空気に混ざった。


悠真は、一歩後ろに下がった。  

その後ろで安由雷は、(おまえ息苦しいから、あまり下がるなよ)という顔をした。

エレベーターが閉まり、また動きだした。


「ぷっ……」

カチューシャの女性が、悠真の胸元を見て吹き出した瞬間、残りの二人の目も胸にすっと動いた。


そして一拍――沈黙のあと、二連発で「ぷっ、ぷっ」。


(なに、なに……? ボタン押し間違えた?)

悠真は内心で慌てる。横目で安由雷に助けを求めた。

だが、彼も意味が掴めず、両肩を小さくすくめて見せた。

その瞬間、エレベーターの中に、奇妙な沈黙と笑いの残響だけが漂った。


悠真は、自分の胸の当たりに恐々と目をやった。


入館バッチが見える。――良く見た。

(さっき、先輩に書かれた『へなちょこマン』の文字は、マンの端っこがちょっと読めるけど、思いっきり消してある。なんとか大丈夫だ)と、悠真は安心した。

しかし、三人が吹き出している理由が分からない。

安由雷にも心当たりがない。


十五階に着くまで、女子社員はクスクスと笑いを堪え続け、

二人だけが、理由を掴めないままだった。


しかし、二人の胸には――堂々とこう書かれていた。


――『株式会社警視庁』。


安由雷は、幸運にも腕組をしていて助かった。  

女子社員には、どう見ても二人が刑事には見えず、単なる悪戯としか思えなかった。


――◇――


二人を乗せた高層階用エレベーターが、二十階に着いてドアが開いた。

彼らはレストランホールへ足を踏み入れる。

奥では制服を着た十人ほどの捜査員が、資料や無線機を手に慌ただしく動いていた。

その一角だけが、華やかなレストランの中で異質だった。

コーヒーの香りよりも、無線の雑音と焦げた緊張の匂いが濃かった。


一番奥の大きな窓際に、私服の刑事が二人、向かい合うように座っていた。

手前には、小柄な若手刑事。丸顔に太い眉、意志の強さと傲慢さを隠そうとしない。


その奥には、白髪の混じるベテラン刑事。

顔に刻まれた深い皺は、そのまま刑事としての年輪を刻んでいた。

銀縁の眼鏡の奥の細い目が光を捉え、痩けた頬が、刑事人生の重みを物語る。


「どうも、本庁から来た安由雷時明です。こっちは相棒の岡本悠真。

 本日付けで応援に参りました」

軽く一礼する安由雷。


「所轄内で有名な、アユ&ユーマです!」と悠真が胸を張る。


確かに、彼らは有名だった。

その始末書の数が、すでに一冊のノンフィクションになるほどだ。

責任を負う立場の署長にとっては、二人が厄介者以外の何物でもなかった。

だが一方で、安由雷は、圧倒的な“事件解決能力”を持ち、

支援先では、どんな難事件でも一日で片をつけてしまう。


それが『24時間のアユライ』という異名の由来である。


「警部の**辰巳 文造(たつみ ぶんぞう)**だ」

白髪の刑事が顔だけ上げて短く名乗った。

神奈川県警・横浜署のベテラン警部、五十三歳。

――今回の現場主任である。


(文造……権造? 似てるけど、まさかね)

悠真は心の中で苦笑した。


「玄武です」

丸顔の男が、わずかに腰を浮かせて会釈した。

その仕草には、どこか“自分の立場を心得ている”余裕がある。

**玄武 小鉄(げんぶ こてつ)**、二十九歳。警部補。

――そして、警視長・玄武宗久の息子だった。


県警では、このようにベテランと若手を組ませるのが常だ。

ただ、安由雷と悠真のように歳の近いコンビは珍しい。


玄武は、若さに似合わぬ自信と、どこかにじむエリート臭。

警部補への昇格も、現場では「親のコネだ」と囁かれていた。


「よろしく」

安由雷が軽く頭を下げる。

しかし、下から見上げる玄武の眼差しには、何処となく険悪なものがあった。


(こいつが、“24時間のアユライ”……? 笑わせる)


そう思っているのは玄武だけではなかった。

彼の背後には「警視長の息子が現場を仕切る」という影の圧が、

すでにこのフロア全体を支配していた。


安由雷の父にも確かに上層部との縁はあった。

だが、そんなものだけで彼がここに立てるほど、警察組織は甘くない。

もしも、親の恩恵を少しでも受けていたとしたら――

安由雷はとうに刑事を辞めていたはずだ。


辰巳の銀縁の奥の眼が、一瞬、冷たく光った。


「わざわざこんなところに、24時間のアユライ様にお越しいただいて、無駄足になると思うが、申し訳ない」

玄武が、余裕の笑みを浮かべる。

その視線が、真っすぐ安由雷を刺す。


(沈黙)


――後ろで、悠真が息をのんだ。

緊張感で、目だけがきょろきょろと動く。

(な、なんだこの空気……! 拳銃より怖ぇ……!)

喉が鳴りそうになるのを、必死にこらえる。


だが――


「ああ、いいよ」

安由雷は、軽くあくびを噛み殺した。


玄武の眉がピクリと動いた。

その目には、静かな敵意がにじむ。

自分よりも若くして警部補になった男の実力を、認めるわけにはいかなかった。


二人の間に、わずかな沈黙。

空調の音さえ止まったような、重い静寂。


その中で――玄武の視線だけが、火花を散らしていた。

対する安由雷は、興味なさげに腕時計の針を追っていた。

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