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走る

 幼馴染の『鶴瓶京子』、キョーコは昔からずっと僕に優しく接してくれた。

 小学校で走ってるときに転んで。怪我をして泣いたときも。

 キョーコがすぐに駆け寄ってきて、すぐに先生を呼んでくれた。

 そして、「大丈夫?」「早く怪我治ってね。」と優しいあの声で僕を慰めてくれた。

 いつだって。どんな時だって。必ず。

 そんな優しいキョーコに僕は恋をしていたんだと思う。


 でも、5年前のあの出来事が起こった。


『音楽』の襲来。


 あの時のことはよく覚えている。東京駅前に突如として空から巨大な『棒』が落下した。

『棒』の落下で地響きが起こり、それだけで周辺の建物に被害が及んだ。


 その時、僕はちょうどテレビを見ていた。アニメを見ているときだった。

 突如として家の中に地響きが走る。地震かと思った母はすぐに僕を机の下にもぐるよう言った。やがて地響きが収まると、いつの間にかテレビの画面は、アニメからライブ中継に変わっていた。


 そこで、この地球で何が起こっているのかを知った。


 落下した巨大な『棒』から、青白い光と共に『音楽』が現れた。

 周囲にいた人々はその『音楽』の光景をただ茫然と眺めることしかできなかった。

 そして、これから起こる惨劇をただ茫然と待つことしかできなかった。


 まだあの時は『音楽』と言う名はつけられていなかった。

 しかし楽器を持ち、演奏し始めたと同時に周囲の人々を『楽器』に変えていった。

 その時だろう。


「『音楽』が攻めてきた!!!」と誰かが言った。


 その一言で、人々は自らの危機を察した。


 次の映像では逃げ惑う人々の姿が映されていた。しかし、さっき起こった地響きによって地面が割れ、人々は思うように逃げることはできず、次々に楽器へと変わっていった。その映像を見ていた母と僕はすぐに避難する準備をした。父はその時家にはおらず、仕事場にいた。でも、仕事場は東京駅周辺だった。


 ――家に一つの電話がかかってきた。受話器を取った母はやがて涙を流す。


 中継は続く。やがて『音楽』の前に自衛隊の人達が映っていた。

『音楽』に対し、発泡をするが。『音楽』は誰一人として倒れなかった。

 そして、手段なく自衛隊の人達も『楽器』に変えられてしまった。


 ――中継はここでぷつんと切れた。


 家を出るとすでに人々が安全な場所を探し、逃げていた。

 僕はキョーコのところへ行こうとした。しかし、母がそれを無理よ。と止める。母の気持ちは痛いほどよくわかっていた。もう、家族誰一人奪わせまい、と。僕の手を強く握りしめる母の手から。そう叫んでいた。


 でも僕は、その手を無理やり離し、京子の家へ走り出した。

「奏、戻ってきなさい!!お願いだから!!!」と母が泣きながら叫んだ声は、今でも頭に残っている。

 それでもあの時は京子のために、無我夢中で走っていた。



 ――京子の家に着く。インターホンを押すも、返事はせず。家の窓から見るからに薄暗くなっていた。すでに逃げているようだ。ただ、まだ周りにいるかもしれない。

 逃げ惑う群衆の中。辺りを見渡し、そしてカナデは叫ぶ。


「京子―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」


 ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……とあたりに響く。

 すると、群衆の中からカナデを呼ぶ声がかすかに聞こえた気がした。


「――…。奏―――――!!!!!」

「京子!!」


 ()はすぐに声の聞こえた方へ急いだ。



 ―走る。走る。走る。走る。


 ただ、まっすぐに。

 逃げ惑う群衆を搔い潜り。

 声の聞こえてた方へ、ただまっすぐに。

 走る。


 ―叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。


 声が聞こえるように。

 どこにいるか分かるように。

 名前を。京子と。

 叫ぶ。



 やがて、遠くに京子の姿が見えた。

 京子も同じように奏と叫んでいた。

 奏はそこ目掛け必死に走る。


「京子!!」

「奏!!」


 奏は手を、京子へ向かって差し伸べる。

 京子も同じように手を、奏に向かって差し伸べた。


 その時だった。


 1人の男性とぶつかり、奏は群衆に巻き込まれてしまう。

 たった数センチ。

 手が届くところで奏と京子との距離がだんだんと離れていく。奏は必死に戻ろうと人々をどかしていこうとする。

「かな…―!!」「だめだ!今は逃げることだけに集中しろ!!」

 それでも、巻き込まれてしまった奏が最後に見た京子の姿は、奏を追いかけようと必死に京子の父の手を離そうとする姿だった。涙を流していた。


 ――やがて、声だけになる。


「京子、京子京子京子京子京子……」

「奏、奏奏奏奏奏……」


「京子―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」

「奏――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」


 ――そして、声は聞こえなくなった。


 ◇◆◇


「―デ、カナデ。カナデ!!!」

「ど、ど!!」

「……はっ!!!!」


 2011年7月15日9時。


 勢いよくカナデは体を起こした。

 ここは?と一瞬『夢』と現実との区別がつかなかったカナデはすぐにキリューの家だということを思い出した。カナデの前にHOFNERを背中にかけたタケと『オンガク』のトランペットを持つ『白鍵』が立っている。


「どうしたのタケ!?」

「外を見てみろ!」


 タケに言われた通り窓から外を見ると、遠くから大量の『音楽』がやってくるのがはっきりと見えた。


「『音楽』の行進…!!」


 思わず声が溢れ、手が震える。


「チッ、『音楽』の野郎。とうとうここまでやって来やがったカ!!」

「ここは安全じゃなかったの!?」

「ここに『白鍵』がいるだロ?それが原因ダ!!」

「ええ!?」「ど?」


 キリューはダブルネックギターを準備しながら説明する。


「あいつらは一人一人、同じ一定の『音の波』で自分の場所を互いに分かるようにしていル、つまり人類の技術で言う『GPS』みたいなものを『音楽』の一人一人が搭載しているのサ…、『音楽』がこっちに来てるってことハ、それで場所がバレちまったってことダ。」

「そんなことが出来るのかよ!?」


 タケはそう叫ぶも「さっきも言ったゾ?」とキリューはタケに対し言う。


「もっと早くに『白鍵』に『オンガク』を持たせるべきだっタ!」

「どういうこと!?」

「後で説明すル……。さあテ、ここからが本番サ。カナデはすぐに『オンガク』と最低限の荷物の準備をしロ!次元は私がさっき言った『作戦』のとおりに任せタ!!」

「了解!任せろ!!!」

「わ、分かった!!」


 カナデはすぐさま『オンガク』を取りに行き、タケはキリューからさっき聞いた『作戦』の通りにある場所へ向かう。『白鍵』はカナデの後をついていった。

 ダブルネックギターを持ち、シールドケーブルを挿す。もう片方は体…ではなく。

 壁にあったレバーを引くと壁が開き、一つの大きいステージに変わる。そこへカツカツと歩き、ステージ中心にあるジャックに挿す。

 今日は昨日よりも暑く、からからとした絶好のライブ日和。

 ダブルネックギターを構えると、絞りをoutsideからinsideへと回した。


「さあテ。暑中見舞イと行きますカッ!!!!」


 キリューは勢いよく両方のネックの弦を弾く。


 ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!


 今までに聞いたことのないほどの大きい音が外に。そして家中に響いた。

 外に置いてあった巨大なスピーカーからダブルネックギターの音が聞こえる。

 遠くの『音楽』の行進にもこの音は聞こえ、音で生まれた風圧で何人か吹き飛ばされていた。


「わわわ!昨日のあの音よりも倍以上に大きい!!」


 そう言いながら小さなリュックに食料を入れながら、キリューのもとへ行く。

 

「カナデクン!『オンガク』は持ったカ?」

「持った!!」

「よシ。今から言うことをちゃんと聞けヨ!!」


 指揮棒を持ったカナデはキリューがそう言うので、「うん!」と返事をした。


「『オンガク』を体の一部に身につけている状態だト、『音楽』の演奏が聞こえても楽器にならなイ!!だから絶対に『オンガク』を落とすなヨ!!」

「はい!!」

「よおシ!!次元準備はできたか?」

『おうよばっちりだぜ!!』


 と、いつの間にかつけていたインカム越しにタケとキリューは会話をする。


「そういえバまだカナデクンに作戦を伝えてなかったナ」

「作戦って?」


 キリューはダブルネックギターを鳴らすのを続けながら、作戦の概要を話した。


「私たちの居場所は既に『音楽』にバレてル。だかラ私たちの方が一気に敵の本陣、『棒』までフィアットで出向いてやろうって作戦ダ。今、次元にフィアットを出してもらってル。ルーフは開放しておケって伝えてあるからフィアットが出てきたラ飛び降りて乗り込メ!!」

「了解――…って。また飛び降りるのか――…。」

「『また』っテ……。カナデクンは次元にめちゃくちゃ振り回されてたんだナ。」


 すると、ダブルネックギターを鳴らすのをやめ、背中に掛ける。

 そして、カナデに向かって手を合わせた。

「いや、いいよ!!」とカナデはツッコんだ。


「…それでそのままフィアットで『音楽』の行進を抜けル!!」

「そんなことして大丈夫なの『音楽』は!?」

「『音楽』は何をされても平気ダ。ただ『オンガク』だけが唯一の反撃手段ダ。だから大丈夫!!」


 心配するカナデにキリューはジャックからケーブル抜き取りながらそう言った。


『キリュー!そろそろ出るぞ!!』

「オーケー。カナデクン!そろそろ飛び降りる準備をしナ!!」

「分かった!…『白鍵』、僕の手を掴んで。」

「ど」


 タケがキリューにそう伝えると、キリューは手元にあるボタンを押した。

 すると玄関横のシャッターの前にジャンプ台がしたから現れた。

 カナデは持っていたリュックを背負い、『白鍵』の手をつないだ。


「―よし、これでオッケーだ!!」


 タケはキリューから預かったキーを挿しこみ、シフトレバーを引いた。


「まさか死ぬまでにフィアットを運転できるなんて思いもしなかったぜ!!」


 と感涙しながらズボンのポケットにキリューの運転免許証を入れたタケはアクセルを強く踏んだ。


『よし、行くぞ―――――!!!」

「走レ!!飛び乗るゾ!!!!」

「行くよ『白鍵』!!」

「ど!」


 ドゥルン!!!とエンジン音が聞こえると、シャッターを突き破ってきらりと光る『9-RY』と書かれたナンバーを持つフィアット500が登場。そしてアクセル全開で走り出したフィアットはジャンプ台に乗り、車体を一気に空中へ上げる。

 空中に上がったフィアットと同時にカナデ達も同じように空中へ。キリューが車体を掴むことに成功。キリューはすぐに手を伸ばし、カナデはその手を掴む。全員が車体を掴むと開放されたルーフから乗り込んだ。


「よぉしキリュー!あとは運転変わってくれ!!」

「よくやっタ次元!!あとは任せロ!!」

「うわああああ乗れた!!」

「ど!!」


『白鍵』はカナデと手を繋いだたまま、また目を輝かせながら車体に乗り込む。

 すぐさま運転をキリューに変わり、タケは左の助手席に変わる。

 地面に着地。車体は大きく揺れたが、何とか4人は無事。


「みんな掴まっとケ~?フルスピ―ドで走るゼ!!!」

「「了解いいい!!!」」


 カナデとタケ。そして『白鍵』は各々車体の物に掴まる。

 するとキリューはシフトレバー以外にある、もう一本のレバーを一度引き、次にレバーを右に回して押し込んだ。


「そういえバ、私たちの『チーム名』みたいなの無かったナ!」


 ハッチバックの中に積み込まれた『スーパーチャージャー』がドゥルン!!と爆発を起こすので、キリューは声を大にして言った。


「そう言われればそうだなあ!!」

「なラ……。カナデクン!君がつけてくレ!!」

「――!?僕が?」


 生憎、この状況じゃ私も次元クンも手一杯でネ!!と、アクセルを踏んでもいないのに前へ進むフィアットを操作させる。


「えーと…………。じゃあ、『レジスタンス』!!」

「よっしゃア!ド直球!!」


 ぎゃはははハ!!と、笑い涙を拭いながらハンドルを握る。


「…私もこんなスピ―ド出すのは初めてダ。少し手荒になるが、心配するナ!絶対に君たちを死なせたりはしなイ!!」

「私達『レジスタンス』ハ、――」「おう!!」

「今日を持って『音楽』の侵略ニ――」「…うん……!!」


 そして、アクセルを踏んだ。


「終止符を打ツ!!!!!!!」

「行くぞ!!」

「行こう!!」「ど!」


 フィアット500は限界を知らないのか。スピ―ドがどんどん加速していく。

 キリューの家は一瞬にして消え、瞬く間に『音楽』の行進を横切った。

 風圧で『音楽』が吹き飛ばされるのが見える。しかし、それも一瞬の事。


「「……っ抜けたあああ!!!!!」」


 思わずカナデとタケは叫んだ。


「よシ!!目指すは5年前、すべてが始まったあの場所!巨大な『棒』ダ!!!!―――」


 ――走る。走る。走る。走る。


 ただまっすぐに。

 フィアット500は4人を乗せ。

『音楽』の行進を掻い潜り。

 巨大な『棒』の方へ、ただまっすぐに。

 走り続けた。


第一章最終話です。


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