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やってみないと分かんないじゃン?

 屋上に続く階段を上がると、そこには暖簾がかかった扉があった。


「さア、ここが屋上ダ!」

「「こ、これは…!!」」


 その暖簾はどこか懐かしい、あの場所を想起させるように静かに揺れている。

 ガラガラガラ。と引き戸を開けると、床は畳になっており。周りには棚があり、その棚一つ一つにカゴが置かれていた。『脱衣所』なのだろうか。

 

 そして、外に出るもう一つの戸の先。外の床は畳から石畳に変わり、目の前に広がるは、岩で囲まれたそれは『露天風呂』。広さは銭湯の露天風呂にも負けないほど広く、ヒノキの屋根が建てられた所もある。これもまたヒノキで作られた湯口からたぱぱぱぱぱ…。と湯があふれ、見渡す限りの星々を飾る夜の寒さで湯気が立っていた。この光景は今の世界でここでしか見れない気がする。


「「温泉だ!!」」

「そウ温泉だヨ〜」


 カナデとタケは興奮気味に言った。


「これが屋上にあったから、言わなかったんだな!」

「天然温泉サ。地下の実験場を作ってた時に掘り当ててヨ、私が屋上を大改築して温泉を引いたのサ。丁度いいだロ?先に入っとケ~」


 そう言うと、キリューは手をひらひらとさせながら風呂場から出て行った。

「早く入ろうぜ!」とそわそわしながら言うタケに引っ張られながらカナデは脱衣所へ向かった。


「先入ってるぜ!」

「わかってるよ」


 タケは服を脱ぎ捨て、カナデより先に風呂場へと出て行った。カナデはゆっくりと服を脱ぎかごへ入れる。タケが脱ぎ捨てた服もかごに入れる。そして、風呂場に行った。照明と月明かりが温泉を照らす。


「って。もう洗ったの?」

「おーう。最高だぞ~。」

「僕も早く入ろっと」


 タケはすでに温泉の中にいた。カナデはすぐに体を洗い、タケの隣に入った。


「「ふぅ――……。」」


 温泉に浸かるカナデとタケのため息が白く、宙に舞う。2人は夜空の星を眺めていた。そして感動する。およそ5年ぶりのまともな風呂に、また感動する。


「温泉っていいよな――…。」

「そうだよね――…。」

「やっぱり温泉だよな――…。」

「そうだね――…。」

「温泉って、…いつになっても温泉だよな――……。」

「そう…だね――……。」


 温泉によって語彙力の無い会話が漂うカナデとタケは、みるみるうちに温泉と同化していった。


「なあ、カナデ―…。」

「何―…?」

「俺、人生の中で今が一番楽しいわ――…。」

「……。」


 カナデは何か言いたげの様子だったが、「そう、だね。」と返答した。たぱぱぱぱ…。と温泉の湧き出る音が静かに鳴り響く。


「どうダ、この温泉は最高だロ?」「ど」

「おーう、最高だぁ――……。」

「うん、僕も最高――……。」


 たぱぱぱぱ…。と温泉はまだ湧き出ている。


「………?」


 カナデはある違和感に気づいた。

『あれ?今、タケ以外の声聞こえなかった?』と。

 おそるおそる横を見る。

 すると…。


「……え、ちょちょっと!?」

「ふィ――…ン。なんだヨ。」


「キリューさん!?それに『白鍵』も!?」


 カナデは声を大きくして言った。

「おうキリュー。先に入っとけってそう言うことか。」とタケは言う。


 そこにはタオルを頭に置いたキリュー、そして同じくタオルを頭に置いた『白鍵』が一緒に入浴していた。キリューの裸に動揺しているカナデ。マ、小学生だもんネ。


「な、何でここにいらしてるんですかキリューさん!!!(謎敬語)」

「うるさいぞカナデクン…ここは温泉だロ?」


 すると、タケの横にいたキリューはカナデの方へちゃぷちゃぷと湯につかりながら移動し、耳元で囁いた。


「『裸の付き合い♡』ってヤツだヨ。」

「―ッッ!」


 ぼっ!と顔が赤くなったカナデとキリューのやり取りを普通の表情でタケと『白鍵』は見ていた。


「いやいやいやいや!!!ダメでしょ!!」

「ン?何がダ?」

「?何言ってんだカナデ。昔はキョーコと入ってたらしいな。」

「そ、そうだけどっ!!でもそれ昔だから……ああ!キリュ―さん。そ、その……。」

「ン、ン?どうしたんだイ?カナデクン。『その…』なんテ??」


 にやにやとキリーはカナデをからかうように言う。ただ、どうしてこんなに動揺しているのかは、キリューには分かっていなかった。内心、『何でこんなに動揺してんだカナデクンハ。』だったから。カナデは一瞬キリューのことを見たが、すぐに目を逸らす。


「だ…だって。キリューさんは……その、その……あぁもう!!」


 ざばん!!と勢いよくカナデは立ち上がる。

「おホー。結構なものをお持ちデ」とキリューはカナデの下半身を見てなんとなく言った。

 それに対しカナデは顔をぼっと真っ赤にし、すぐさま手で隠した。


「僕はもう出る!!」

「ちェ、なんだヨ――。もうちょっト居ようゼー?」

「そうだぞ―…疲労も残ってるだろうし、もう少し浸かってもいいんじゃねえかー?」


「う、うるさい!」とタケに吐き捨てて、カナデは急ぎ足で風呂場から出て行った。

 引き戸の閉まる音が強く鳴り響いた。


「…何で出てったんだろウ。」

「さあ。」


 タケとキリューはそう冷静に言葉を交わしていたのだった。


「―はあ、全くもう。」


 カナデは先にキリューから言われた部屋へ入り、自分の荷物を整えていた。部屋には机と棚があり、壁の端にベッドが置いてあった。ひとつだけ。電気はつけておらず、カーテンから差し込む月光がベッドを静かに照らしている。カナデはそれを呆然と眺めていた。


 あのベッドを…『白鍵』と……。「ごくり。」とカナデは喉を鳴らす。


 荷物を整えるのをいったん中断し、音を立てずも素早くベッドの前へ来た。そろ~…とベッドを覗き込むカナデ。なんでこそこそしているんだろう。とカナデは思った。

 白い布団に、さらさらと肌触りの良いマットレス。普通のシングルベッドと同じサイズだが、小学生のカナデ。そして小学生体型の『白鍵』の2人ならちょうど収まるだろう。


 しかし、それでもベッドが大きいとは言えない。必ずやどこかしら当たるだろう。



 どこかしら当たるだろう。



「……。」


 …悶々悶々悶々悶々悶々悶々悶々悶々悶「―なんだヨ。結局気になってんじゃんかヨ。」

「はっ!!」


 にゅるっと隣から突然現れたキリューによってカナデは我に戻った。


「キリューさん!?」

「いいんだよ別ニ~?青少年たるもノ、そういうことを考えてしまう歳でもあるからネ」

「う゛」


 カナデの体を舐めるように手を動かして触りながら言ったキリューの言葉がぐさり。剣が突き刺すかのようにきた。すると、キリューは近くの壁に胡坐(あぐら)をかいた。


「…そういえば、タケはどうしたんですか?」

「次元クンは多分『白鍵』とまだ温泉に浸かっているヨ。『白鍵』を洗ってやっテって伝えたからサ。」

「そう、ですか。」


 カナデもキリューの隣に座った。そしてカナデは、月光がキリューの横顔を照らす姿を見る。


「あの、キリューさんは、」

「『キリュー』でいいヨ。私そういうのあんまり好きじゃないんダ。あト敬語!!それもやめナ。」


 キリューはカナデの声を遮って言った。「ご、ごめんなさい」とカナデは俯き、言った。


「…デ、何なのサ」

「あ……。キリュー、はどうしてこんなにも僕たちに協力する、の?」


 うんうン。それでいいんだヨ。とキリューは腕を組んで頷いた。すると少し驚いた表情でカナデのことを見ると、にやりと笑う。


「ふフ。次元クンと同じこと聞いてきたネ。」


 そう言うとキリューはカナデの質問に返答した。


「別にどうしてって訳でもないのサ。ただカナデクン達を手助けしたいと思っただケ。」

「…それだけなの?」

「そだヨ。」


 キリューは俯いたカナデを見た。そして口を開く。


「……そいえばサ。カナデクンはあの時、なんて言おうとしたノ?」

「あの時って?」

「ビルを出る前の時さ。」

「あ――」


 あの時、カナデは「えっと…。僕は」と言っていた。しかしそれをタケが遮って「行こう!!」と言ったので何を言おうとしていたのか分からなかったのだ。


「―あの時。僕は『行かない』って言おうとしてた。」

「ななななナ!?!?」


 キリュ―は驚きを体全体で表現した。しかしすぐやめ、「へえ。」と言う。


「それはどうしてなのサ?」

「……だって。」


 カナデは口に出した。


「僕は…、まだ足手まといだよ。『白鍵』を捕まえた時も、僕は耳栓を作っただけで…その他のことはなんもできなかった。全部タケがやったんだ。…それだったら、僕はいない方が絶対良い。だから、僕は……。」

「……。」


 キリュ―は黙ってその話を聞く。


「僕は行かないって、言おうとした。」

「………ふぅン。」


 頭の後ろで腕を組み、キリュ―は天井を見上げた。少し経つとキリューは口を開いた。


「……そんなのサ。」


 少し考え、天井からタケに視線を移す。カナデは目が合うと顔を赤らめた。キリュ―からは、かすかにイチゴのような甘酸っぱい匂いがしたような気がする。

 

そしてキリュ―はこう言った。



「やってみないと分かんないじゃン?」



「…え」


 そう言うとキリュ―はまた天井を見上げた。カナデからは思わず声がぽろりと出ていた。


「カナデクンはやる前に諦めてる感じがすごくすル。でもサ、なにをするにも同じじゃんかヨ。そりャ音楽だっテ、絵だっテ、スポ―ツだっテ、恋愛だっテ…。はじめは誰もガ初心者。分からないことばかりサ。私だってそウ。…でもやってみないことには結論は分からなイ。そうでショ?……次元クンは『音楽』に立ち向かおうとしてル。まだほとんど分かっていない『音楽』ニ。君はどうなんダ、カナデクン。君は『立ち向かう』ということをまだちゃんとしてこなかったんじゃないかナ。」


 キリューは続けて言う。


「タケから聞いたヨ。あの時に目の前でキョーコって子と離れ離れになったっテ。」

「……!」


 カナデはあの時のことを思い出していた。

 あと少し。それだけだった。

 最後に見たキョーコの顔は泣いていた。


「――でもその時は最後まで立ち向かったんじゃないカ?昔のカナデクンは出来たんダ。答えなんて最初から分かってるじゃんかヨ。」


すぅ―――。


息を吸い、キリューは言った。


「なラ。また『立ち向かってみればいいじゃんかヨ』。カナデ(・・・)。」

「……!」


 キリューの言葉はどこか優しく、そして力強かった。


「キリューさん…。」

「ム。また『さん』がついてるゾ。」

「いたっ、」


 キリューはカナデにチョップをした。しかし、そのチョップは優しかった。

 よっこいセ。と立ち上がると、カナデのことを見る。

 カナデは、キリューのことを見上げた。


「ちゃんと、カナデクンから聞いてなかったナ。」


 そしてキリューは、カナデに手を差し伸べる。


「どうすル?カナデクン。私達(・・)と来ル?」



 ―夏の始まりのあの時のこと。

 さらさらと、風がカ―テンをゆっくりと揺らしたあの夜のこと。

 あの時、キリューが手を差し伸べていなかったら、僕は昔のままだっただろう。

 あの時、キリューという人がいなかったら、僕は今でも逃げてばかりだろう。

 あの時があったから、『あの時』があった。


 今でも鮮明に覚えている。


『桐原流子』という人のことを。



 ――奏は、キリューの手を掴んだ。

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