指揮棒なんだけど
―遡ること数分前。
「う―ん。これも違うかあ…。」
トランペットを持ちながら遠くにいるタケとキリュ―を見てぼやく。
座っていた『白鍵』は、袋にある最後のパンを取る。少し悩んだ末、それを潔く一口で食べた。
そして、けぷっ。と口から。
カナデも同様、キリュー曰くオンキョウ共鳴がどれもこれも低く。いいものが見つけられていなかった。
トランペットの『オンガク』を元の場所へ戻し、ふいに『白鍵』に聞いてみた。
「…ねえ『白鍵』。僕に合いそうな『オンガク』ないかな。」
「ど」
『白鍵』は立ち上がると、とてとてと歩き出し、ある『オンガク』を取りカナデに持ってきた。
「え―と、これは…。」
「ど」
『白鍵』が持ってきた『オンガク』とは、
「…『指揮棒』なんだけど」
「ど!」
「ええ〜…指揮棒なの僕?」
こくこくと頷く『白鍵』。持ってきたものがまさか楽器ですらなかったことに、…皮肉かな?と思うカナデであった。
「これが僕に合う『オンガク』なの?」
「ど」
手を腰に当て、堂々と立つ『白鍵』。その姿はどこか自信ありげなように見える。
まあ、無表情なので(以下略
「わお、自信満々だね…」
指揮棒を右手で持ちながら言った。
「これって、どこにケ―ブル挿すんだろう……あ、持ち手の下にある。」
みつけたジャックにケ―ブルを挿す。
そして、ボディジャックにも挿した。
体は輝きだし、そして指揮棒に光が集まった。
「一体、これはどうやって使うんだろう…。」
そう言いながら指揮棒を右に振った。
「ど」
「…ん?」
すると、『白鍵』がぴくっ。と反応し、右に移動する。
「……。」
今度は左に振る。
「ど」
すると『白鍵』は左に移動して。
「…これ、もしかして。」
カナデは持っている指揮棒を見た。
指揮棒を上に振る。
「ど!」
上にぴょんと跳ぶ。
指揮棒を振るたびにその振った方向に移動する『白鍵』。
「よし、キリュ―さんに聞いてみよう。……あれ、この指揮棒。ここ――」
ヴォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
「わっわわわわ!何この振動!?」
カナデは急な地響きに驚き、叫んだ。
―そして今に至る。
周囲を静寂が包んだ。
「…………え?」
そしてそれは、カナデの声で
「オンキョウ共鳴100%~~~~!?!?」
周囲にカナデの声が響いた。
「オンキョウ共鳴100%……一体どうなってる…!!」
キリューはうつむき、誰にも聞こえない小さな声でそう言った。そして顔をあげ、今度はカナデ達にも聞こえる声で
「…その『オンガク』ハ、指揮棒。演奏者を導クそのままの役割を果たすんだガ……オンキョウ共鳴が100%になることはありえなイ。」
「…つまり、どういうことだ?」
「君はバカだから助かるにゃア〜」
「なんだと!?」
はいはい黙っテ、今説明するかラ。
タケを軽くあしらい、カナデに向かって話す。
「つまリそれは、その『オンガク』とカナデクンに存在する音の波が"完全に一致している"と言うことなル…。私だって99%ガ限界。」
「完全に一致…カナデと、その『オンガク』が?」
「だかラありえないんだヨ。この世に完全に一致するものなんてありはしなイ。いいカ」
キリューはそう言い、続けた。
「どれだけ『オンガク』との音の波を合わせようとしてモ、結局は自分自身のクセが出てしまうものなのサ。それは他の物でも言えル。完全一致なんてできなイ。カナデクンとその『オンガク』はお互いクセもなク完全に濾された透明なスープ同様…」
「…はあ。何言ってんだ?」
タケは理解できていなかった。
タケに向かって「シャー!!」と猫のようにキバをたてると、キリューはカナダの前に立つ。
そして顔をカナデに近づけた。
「マ要するにカナデクンはイレギュラーってこト。」
「キ、キリュ―さん。ちょっと怖いよ……。」
「カナデクン。君は一体、何者なのかな?」
表情は笑っているように見えたが、声は笑ってはいなかった。
「はいはいは――い。そこまで。」
「おっとォ」
タケがキリューとカナデの間に入って止めてくれた。
「……マ。カナデクンはそれでいいんじゃないかナ?」
「…あ、え。」
「そうだな、それがいいと思うぜカナデよ。」
「あの――」
「決まったことだシ、お腹空いてないカ?私が振舞ってやろウー!」
「何、飯だと!?!?」
あーだこーだ言いながらキリューとタケは地下室から出て行った。
そして地下室にいるのはカナデと『白鍵』だけになる。
「……。」
そしてカナデはこう言った。
「…………指揮棒なんだけど。」
――『白鍵』は、一部始終をただ黙って見ていた。
◇◆◇
2011年
「さテ。『オンガク』も決まったことだシ、お次は部屋紹介だ~~~イ!!」
おおー。と言いながらカナデとタケは拍手を送った。4人は今、リビングのソファがある机周りにいる。『白鍵』は床に座るなぜかタケの膝と膝の間にすっぽりと収まっていた。机の上にはキリュ―が作ってくれた料理の皿が置かれている。今はほとんどの皿に料理はなくなっていた。そんな中で会話をするカナデ達。
「待ってました!」
口笛を鳴らし、机をたたくタケ。
盛り上がってきた中でキリューがまた話し始める。
「さっき、3階にプライベートルームがあるって事は聞いたが。」
「あア。3階にある部屋は3つ。」
「「3つか。………え3つ!?」」
指を折り、3本だけ指を立てた。
行ってみないと分からないとのことで、3階へ上がった。
そこでキリュ―が誰がどの部屋なのかひとつひとつ教えてくれた。
「こちらガ、私の部屋。そして右隣の部屋が次元の部屋。その隣が…」
すると、キリュ―がカナデと『白鍵』の方を向き。にま~と悪い顔にした。
「カナデクント、『白鍵』ちゃんの部屋~~。」
「なあああああああああああ!?」
「え、ええええええええええ!?」
タケとカナダに挟まれた『白鍵』はうるさかったのか。小さな手で耳をふさいだ。
「ずるい!!ずるいぞカナデえええええ!!!」
「なにが!?」
「いヤ~~~よかったネ☆」
「狙ってるよねキリュ―さん!?」
「全然狙ってないも―ン。」
「くそ…くそう………男女が同じ一室に。それで何も起こらない筈はなく……。」
「?どういうこと――」
「――しかもベッドは一個だけ♡」
「な゛に゛!?!?」
「ええ!?」
「そうか……そうだよな……。『白鍵』と、夜の『オンガク』を奏でてやるって話か。」
「言ってる意味が全然分からないよ!!」
「ア―…。あんまりあいつの言ってるこト聞かない方がいいヨ。」
「?そうなんですか。」
「私が調子乗っテタケに言ったのがバカだっタ。」
「カナデは絶対ヤる!!だって『白鍵』という異性(多分)との2人部屋だからなあ……!」
「黙レ」
「な、ななな…!!僕はそんなこと全然気にしてない、けど!!」
「夜の音楽を奏でてやるぜ☆ってことだろおおおお!!!!」
「っかげんにしロ!!!」
「あ、」
「ど―――」
ジャアァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
ドカアァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
ガッシャアァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
かくして、夜の協奏曲(?)が始まった。
「――はア。もう気が済んだロ。」
「は…はぴ……。」
数分後には、キリューの前に焼け焦げたタケが出来上がっていた。
「ったくヨ――無駄に良い汗かいちまったじゃねえカ。」
『ダブルネックギター』を下ろし、えいえイ。とタケを蹴った。
すると、何か忘れていたことに気づいたようにキリューは「ア、そういえバ。」と言い
「まだ屋上のこと言ってなかったナ。」
「ああ、そういえばそうだった。屋上には何があるんだ?」
煤を手で払いながらタケが立つ。
あんなにされたのに、すぐ立ち上がるのすごいな。とカナデは思ったが、口には出さなかった。
『白鍵』は平常運転。
「丁度いイ。お前ラ疲れてるだロ?最高なものがあるゼ。」
「「最高なもの??」」
タケとカナデは顔を見合わせた。『白鍵』は首を傾げる。
そして3人はキリューに言われるがまま、後をついて行った。