桐原流子登場
『音楽』の第一声。
かわいらしい声で「ど」とひとつ。
それはドレミの『ド』と同じ音程だった。
「…」
「…」
カナデとタケはぽかーんとしていた。
「…えと。」
「ど」
「えと、『ど』って言われてもね…。」
「ど」
「…なあカナデ。」
どうしたの?って言いタケを見たカナデは、タケの表情が深刻なのに気付く。
さっきよりも声を大きくして「どうしたの!?」と言った。
そしてタケはカナデの方を振り向くとこう言うのだった。
「ダメだ!こいつ可愛い!!」
「………は?」
「『音楽』という侵略者ではあるがこいつからは侵略者ということ忘れてしまうぐらいの可愛さがある…!!捕まえた時も、無表情で体をバタバタ動かしたり、無表情のまま抵抗をやめてぷらーんってなったり、しまいにゃ、喋る言葉が『ど』…なんてもう、俺はこいつに侵略されても良――い!!」
「……。」
急に変態になるタケに冷たい視線を送るカナデ。それは同様、『音楽』もそんな感じに見えた。
「……こほん。冗談だ。」
嘘つけ。冗談な訳ない。と言いたいカナデ。すると、『音楽』がカナデのそばに近寄り、服を引っ張った。
「わ、わ!どうしたの?」
「ど」
「しっかし『ど』だけじゃ分かんねえな。あと無表情だし。」
「…お腹が空いたのかな。僕が持ってるのはパンだけだけど。」
「!」
『音楽』はぴくっ。と体が反応した。どうやらそうらしい。
カナデは左手でポケットから袋を取り出し、「どうぞ。」と袋からパンを取り、『音楽』にあげた。
「ど」
『音楽』はパンを受け取ると、もさもさと小さな口で食べ始めた。「…こいつ本当に侵略者なのか?」と言うタケに「その…はず。」と言うカナデである。夢中でパンを食べる姿は、無表情でもおいしさが伝わってきた。感情はあるのだろうか。
「…やっぱりかわいいな。」
そうぼやくタケ。
「…変態。」
そうタケに言うカナデ。
「ど!」
「おいしい?ならよかった。」
嬉しそうに「ど」と言う『音楽』にカナデは笑顔で答えた。
すると、
「ど」
「ん、あ、あれ?」
「はっはっはっは!懐かれちまったな。」
『音楽』はカナデにくっついた。
タケの言う通り、どうやらこの『音楽』はカナデに懐いてしまったらしい。
「えええちょっと、どうしよう!!」
「見た目も歳もお前に近そうだし、いいじゃねえか!」
笑いながらタケはそう言った。
――かつん…かつん…かつん…。
「ふんふんふ―……ン、こっちからかァ――?」
遠くから、かつん。かつん。と足音がする。
20代ほどで、黒のロングブーツに黒のタイツ。ショートデニムパンツを履き、オーバーサイズのパーカーを羽織る。首にはチョーカーが見えた。
背中には『ダブルネックギター』。正面から見て左側は髪を伸ばし、右側はショートヘア。そしてヘアカラーはオレンジ色の彼女は、だんだんとカナデ達のいる部屋へ近づいてきていた。
「…あよっこらせっっっとナ。」
左手で背中にかけた『ダブルネックギター』を手にし、構えた。
そして深く息を吸い、
「おじゃましま―――――ス!!!!」
「え――」
ジャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
ドカアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
「ど!」
「うわあああああ!!なんだなんだぁ―――!?」
激しいエレキのような音と共に、カナデ達がいる部屋の壁が爆発し、砂煙が巻き起こった。爆発した壁は木っ端微塵となり、部屋に勢いよく散らばる。『音楽』とタケには何とか破片は当たらなかった。が、一人は…。
カランカランカランとカナデが手に持っていた筈のトランペットのマウスピースが転がり落ちていた。ようやく砂煙が晴れ。うっすらと倒れた人影が見えたと思うと
「ん?ってあれもしかして……」
それは、額に頭と同じ大きさのたんこぶが出来たカナデだった。近くには大きな壁の破片が。
おそらく、その破片で頭を打ったのだろう。
「カナデ!?」
タケは、急いでカナデのところへ行こうとした。と、突然。
「スト―――ップ!!!!」
「???」
遠くから女の声がした。爆発が起こった方向から聞こえる。タケと『音楽』は「なんだ?」と、そっちを見る。砂煙がうっすらとカナデとは別の人影を映す。
「ストップ・ザ・ファンキ―ボ―イ!!」
カツン。カツン。と壊した壁から颯爽(?)と現れたは『ダブルネックギター』を持つ女だった。
「ぁレ――……。おかしいナ、出力を上げ過ぎたカ?」
とかなんとかぶつぶつ言いながらダブルネックギターを近づけ、ギターについているつまみを見る。まあどうでもいいヤと女は背中にかけた。そしてタケ達に告げる。
「はいはイ~~~。今、田中クンを動かしたら絶対だめだヨ~?これ田中クン的にアブナイ状況だからサ。」
「…は、はあ。」
女の声は気の抜けるようなだみ声で、タケを無視しカツカツとカナデへ近づく。
「………というか田中くんじゃなくて、カナデくんなんですけど…。」
「う――ン。こっれっハァ――……。」
じー…とカナデの顔を見つめているその女は、「おーイ、ダイジョブか~~?」と突然カナデの肩を掴むとゆさゆさと体を揺らしながら言った。すると、顔が青くなり泡を吹いたカナデが出来上がっていた。
「ッッッハ!!!??」
「?どうかしたんですか!?」
その姿をみた女は驚きを体で表現し、顔がさ―…。と青くなっていく。
「死んでル!!!これは間違いなく田中クン的に死んでル!!!!!」
「なにぃ!?」
そう慌てて言った女は、すんっ。と冷静に合掌を行い。少し経つとまた叫んだ。
「田中クンは~~~…死・ん・で・い・ル!!!」
いやだからカナデだよ。とタケはツッコむ。
「うわああああア…やってしまっタアァ――…あ。ヤってしまっタ――。」
「やをヤに変えなくていいんだが。」
女は嘆いていた。いや、嘆いて『は』いるようだ。形的に。反省しているようには全然見えない。女はカナデの前で正座をした。
「あっさりとヤってしまっタ――…あっさりト?いや、ボッカリト?爆発的にどっかんト?」
どっかンどっかン?こういう時はなんて言うんダ?う―ム、う―ム。と悩む女を呆れ気味にタケと、『音楽』は見ていた。
「…いや、何言ってんだよ!!」
「う―ム。う―ム……。うむむむむム。…仕方なイ。ヤるしかないカ!」
「ナニを!?」
すると、背中にかけていた『ダブルネックギター』を持ち、足に付いたポケットからシールドケーブル(アンプやエフェクターと接続するときに使用するケーブルのこと)を取り出した。
そして片方はギターにあるジャックに挿し、もう片方はなぜかカナデの胸に出現したジャック(ボディジャックとでも言っておこう)に挿した。
カナデからは「はうっ!?」と声が聞こえてきそうだった。そして『ダブルネックギター』を構え、"outside"と書かれたところにチェックが入ったつまみを"inside"と書かれた方向へ回すと。
「おらイき返レ!!!!」
ジャアァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
物凄い勢いで下のネックの弦をはじいた。すると、カナデの体に電撃がバリバリバリ!!!と流れ込んでいく。
「な―――――!?」
タケは今までにないほど口を開いた。
「おラおラおラおラおラおラおラおラァ!!!!!」
ジャアァァァァァァァン!ジャアァァァァァァァァン!!ジャカジャアァァァン!!!ジャギャアァァァァァァン!!!!!!
ひゃっハア――!!と叫びながら『ダブルネックギター』を鳴らす女。
バリバリバリ!!と電撃が体へと流れていくカナデ。
「ちょちょちょいちょいちょい、何やってんだお前!!!」
「ン?うっせえ――ナ次元クン。今、田中クンをイき返らせてんだヨ。電撃デ。」
「適当に俺の名前言うな!!てか電撃で!?」
電撃でイき返らせると言った女。手を止めない。
「ほラほラ!イき返ろヤ!!!」
「………ッぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「カナデ!!」
「ど!」
ついにカナデは体を起こした。しかし女は
「ひゃっハア―――!!!イケイケイケイケェェェえ!!!」
ジャアァァァァァァァン!ジャアァァァァァァァン!!ジャカジャアァァァン!!!ジャギャアァァァァァァン!!!!!!
女は手を止めない。むしろヒ―トアップしていた。
「ぎゃああああああああああ!?」
「いや、止めろぉお!!!」
「ど!」
生き返ったのに電撃が流れていく姿を見て、さすがにタケが女のところへ行き、止めにかかった。
「もう生き返ってる!!もう生き返ってるぞ!!てかカ・ナ・デだよ!!」
「ひゃっハア――!!…て、エ?カナデクンなノ?ってかほんとダ。生き返ってるじゃんかヨ。いヤ――…イきててよかったヨ――。田中クンだったら死んでた所だったヨ。よかったよカナデクン。」
女は『ふ―、やりきったぜ。』と言わんばかりに親指を立てた。生き返った田中―もとい、カナデはすこし焦げている。
「うンうン。よかったよかっタ――って、ゲ!『白鍵』がいるじゃんかヨ!!」
「は、『白鍵』?ここには『音楽』しか」
「そこどけ次元!私がきたからにはもう安心ダ!!」
俺は次元じゃねえ!と言っても聞きはしない。女は近くに『音楽』がいることに気づき、焦点を『音楽』へ変えた。そしてダブルネックギターを構える。
「おラ!食らいやが――」
「まって…」
『音楽』を守ろうと、焦げた体を動かし、カナデは女の前へ立とうとした。
「レ!!」
「え」
ジャアァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!
しかし、女が弦をはじくと、カナダにまた電撃が走った。
「ぎゃああああああああ!!」
「カナデ――――!!!!」
「あリ?あ、まだケーブルつながったままだっタ。あっはっはっハ!!」
またもややってしまった女は、反省なく笑った。
「お前何やってん…!!いや、お前は一体何者なんだ!?」
「ン、私?」
カナデから煙が上がる。女は、カナデに挿したケーブルを抜き、ギターを構えるのをやめた。そして女は名乗りを上げる。
「私の名前は『キリュ―』」
ぷすぷすと焼け焦げたカナデを横目に言う。
「『桐原流子』ダ!!」
彼女の赤い瞳がキラキラと輝いた。