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「ど」

 

「耳栓はどうだ?」

「うん。とびっきりのやつを作ったよ。その耳栓には『ノイズキャンセリング機能』を搭載させといたから、これを付ければ『音楽』の演奏も、僕の声すらも聞こえなくなる筈だよ。」

「え?」

「―!もう付けてる…。」


 2011年7月14日9時。


 タケの予想した通り『音楽』が住処にしている廃ビル付近を行進していた。作戦での必須アイテム『耳栓』は、カナデが昨夜作った。2人分。準備は万端。

 タケとカナデは住処にしている廃ビルを既に降り、『音楽』が行進する道の側のビルとビルの間に隠れていた。遠くから複数の足音が聞こえてくる。


「いやーごめんごめん。しかしノイズキャンセリング機能とは。さすがの出来だカナデ、ありがとよ。」

「別にどうってことはないよ。」


 耳栓を外してタケが言う。カナデは隠れながら近づいてくる『音楽』をゆっくりと見る。見たところ、ざっと100人以上はいる。

『音楽』はその一人一人が様々な『楽器』を持ち、演奏をして行進している。


 演奏するは『威風堂々』。


 『音楽』の演奏は遠くから聞いても『楽器』には変形しないということをタケは調べていたので、カナデはまだ耳栓をつけていない。

『音楽』の姿を見て、カナデは体が震えていた。


「うぅぅぅ…、タケぇ…このあとどうするの…?」

「…そうだな。」


 タケも『音楽』の姿を確認しながら作戦の概要を話し始める。


「まず俺が耳栓をして、『音楽』のところに突っ走る。そして、一人を適当に捕まえる。そして逃げる。」

「え、ええ…。すごくざっくりと大胆な作戦だね…。で、僕は何をすればいいの?」

「ああ。カナデは、俺が合図を出したら俺の後を追ってきてくれ。」

「わ、分かった。…て。ねえ、この作戦に僕って必要かな――」

「行くぞ―――!!!作戦開始だあ――!!!」


話を聞いてよおおお!!!とカナデは叫んだが、タケはすでに耳栓を付け、走り出していた。


「ああっ、僕も耳栓を付けないと!」


 やがて、『音楽』の行進が目の前に迫る。


「おおおおおおお!!!!」


 タケは『音楽』目掛けて全力ダッシュ。その姿、まさしく獲物を追うトラの如し。

 狙うは最前線で『トランペット』を演奏している白いマーチング衣装の『音楽』。

 タケとその『音楽』との距離はだんだんと近づいていく……。


 そして両手を広げ――


「――おおおおお捕まえたぁッ!!」


 狙い通り。


 最前線トランペット奏者の『音楽』を捕まえることに成功。捕まえた『音楽』の手から急いで『トランペット』を取ると『音楽』はバタバタと体を動かし抵抗した。しかし顔は無表情。


「うわっ暴れんな、…お――い!カナデ―――!!」

「あ、合図!僕も行かなきゃ…!」


 タケは右手を上げて合図を出す。手にはトランペットが見えた。

 カナデはそれに気づき後を追い始める。


「――!!」


 異変に気付いた『音楽』は一瞬、動揺しているように見えたが、なにせ無表情で演奏を続けているので、本当に動揺しているのかは分からない。ただ、タケが捕まえた『音楽』は抵抗をやめ、小脇に抱えられ、なすがままにぷらーんとなっていた。


「待ってよタケ――!!」

「え?なんて?」

「え?今なんか言った?」


 さすがはカナデが作った耳栓。『ノイズキャンセリング機能』、その出来は完璧。カナデの言った通り、会話すらままならない。それでも走りながら会話をしようとするバカ2人である。


「タケ!!どこに逃げるの!?」

「え?」

「だからどこに逃げるの!?」

「え?」

「ど・こ・に!!」

「そ・こ・に?」

「逃・げ・る・の!?」

「あ・る・の?…なんだ何を求めてるんだ?富か?」

「もおぉ!!!」


 真面目な顔で変なことを言うタケに、通じていないと察してカナデは嘆く。すると『音楽』もついに走り出した。同時に『剣の舞』を演奏しながら。


「うあああああ!『音楽』も走り出したよ!!」

「おうあうおあいいあいあお?…ついにサルになっちまったかカナデよ。って、『音楽』も走り出してんじゃねえか!早く言えよ!」


 タケはトランペットを持つ右手でカナデにチョップをした。


「っ痛ぁ――い!!なにするのさタケ!!」

「昨日のお返しだ。、とにかく走れえええ!!!!」


――全力ダッシュ。多分、これまでで一番速いとカナデは思う。


 タケが右手で左を指すと、カナデは指示通りに指した方へ走る。ビルの隙間へ入ると、『音楽』は器用にも隊列を一列に変え追いかけてくる。


「うわあああ!!まだ追いかけてきてるよおお!!!」

「だから何て言ってんだよ――!!!」


叫びながら走る2人。いつまでも追いかけてくる『音楽』。なすがままに抱えられている『音楽』。

左へ行く。


『音楽』も左へ行く。

右へ行く。

しかし『音楽』は迫ってくる。

上へ行く。

『音楽』も上へ行く。

下へ行く。

しかし『音楽』はすぐ側まで迫ってきた。


 どこまでもどこまでも追いかけてくる『音楽』にカナデとタケは既に体力の限界が近づいていた。それでも、カナデ達は死に物狂いで足を動かし、『音楽』から逃げきろうとしていた。


「まずいな…このままじゃ追いつかれる。」

「はあ…はあ…ど、どうしよう……!!」

「はっ、はっ、はっ、……あ、あの崖は………。」


 すると、目の前に崖につながっている道が見えてくる。


「……くそっやるしかないか!カナデ!!」

「え?」


 タケがカナデにジェスチャーをした。カナデとタケは暇なときによくジェスチャーで遊んでいたので、会話ができるのだ。


 ジェスチャーの内容としては。

『前』、『崖』、『2人』、『落ちる』つまり、『前にある崖に飛び降りる』ということだ。


 …というか、ジェスチャーで会話すればよかったな。とタケとカナデの思考がハモる。


『ってえええ!?無理だよそんなの!!』

『さすがにマジで飛び降りる訳ではない。俺の言うとおりにしてくれ。』


 と、ジェスチャーで指示をするタケ。カナデは『了解』を意味するジェスチャーをした。しかし、あまり乗り気ではない。


『いいか、3・2・1で行くぞ。』

『わ、分かった…!』


 少しずつ崖が近づいてくる。『音楽』も逃がしはしまいとスピードを上げ、追いかけてくる。


『3』

 30m…

『2』

 20m…

『1』

 10m…

「跳べ――!!」

「―!!」


 カナデは勇気を振り絞って跳ぶ。空中にふわりと舞い、そしてりんごが地面に落ちるようにふっ、と落下。そして2人と抱えられた1人の姿が完全に見えなくなった。

 追いかけていた『音楽』は崖の目の前で止まり、崖の底を見る。そして2人がいなくなったと思ったのか、『音楽』は演奏をやめぞろぞろと戻って行った。


 崖の周囲に『音楽』の姿がなくなると


「――…い、行ったかな?」

「ああ。多分…。」


 タケとカナデは崖の側面に生えた木に捕まっていた。

 この崖はタケがこの前下がどうなっているのかを『音楽』の動向を探りながらたまたま知っていたのだ。そのため、あの行動が出来たそう。


 この崖は、自然と人類文明の入り交ざった景色が広がるここは、異様だが不思議と綺麗な場所になっている。タケとカナデ。そして抱えられた『音楽』は少し息を整えて、ゆっくりと崖を上がった。


「はあ、はあ、はあ、はあ、」

「はあ―っ、はあ―っ、はあ―っ、はあ――……。」

「なんとか…振り切ったな……。」

「う……うん。」


 耳栓を外し、久しぶりに会話が成り立ったのに少しながら感動を得た。


「とりあえず、ここじゃまた『音楽』に遭うかもしれない。住処に戻ろうぜ。」

「りょ、了解……。」


 満身創痍で2人は住処へ帰って行った。


「――へえ。やるじゃんかよ。あいつら。」


 2人がよろよろと住処へ帰る姿を、ビルの屋上からパンを食べながら誰かが見ていた。


 ◇◆◇


 時刻は正午あたり。


 住処にしているビルの一室。

 2人と、『音楽』の1人がいた。

 タケは『音楽』を床に座らせ、カナデは大きく深呼吸をする。

 『音楽』は見慣れない景色なのか、無表情できょろきょろとあたりを見渡していた。しかし、無表情だが少しだけ目がキラキラとしているように見える。


「いや――…逃げ切ったな―。」

「…ちょっとタケ。すごく怖かったんだけど!!」

「ん?あっはっはっは!楽しかったからいいじゃねえか!!それよりも…」


 呼吸を整え、タケは『音楽』を見る。


「意外とあっさり捕まえれたことの方が俺は怖いがな…。」

「この子、本当に侵略者なの?ってくらいに僕たちに全然敵意を向けないね…。」

「なんか周りをきょろきょろ見てるだけだし、…そう思うとなんかかわいいなこいつ。」


 驚くくらいに何もしない『音楽』に、もはやかわいさすら感じてくるタケである。

 それでも、『侵略者』と言うのは忘れていない。警戒は一応しているようだ。


「タケが『トランペット』をこの子から取ったから何もできないんじゃない?」

「そういうことか?」


 そう会話しているタケとカナデを『音楽』は不思議そうに見ている。

 もちろん。無表情なので推測ではあるが。

 タケは手に持っているトランペットをカナデに渡した。


「――…あれ?このトランペット」


 受け取ったトランペットをくまなく細部まで見ているとカナデはトランペットのマウスピースに何か仕掛けがあることに気づき、キュルキュルと回して取り外す。


「なんだろう…これ。」

「ん?なんか光ってるな。」


マウスピースのトランペットに挿し込む方を見るとかすかに青白く光っているのが分かる。


「これが鍵なのかな。」

「ま、その『音楽』にその吹く部分を渡しやしなければいいって話よ。」


『白鍵』は「?」と首を傾げてこちらを見ていた。

 するとタケは


「…やっぱりかわいいなこいつ。」


 と小さく独りごちる。


 と、『音楽』の口がゆっくりと開き始める。


「……ん?あ、タケ。この子、何か言いそうだよ!?」

「え?何か言いそうだあ!?」


 ゆっくりとゆっくりと口を開く。


「い、一体…。」

「こいつは何を話すんだ…!?」


 カナデとタケの心臓の鼓動がゆっくりと強く、早くなっていく。

 そして『音楽』はこう言った。




「ど」




 と。

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