地球。『音楽』ニ侵略サレタリ。
2011年7月13日12時 東京。
「ねえ、タケ。」
「…ん、なんなのさ。」
「この世界に『神』って存在すると思う?」
「さあな。でも、いないと思うぜ。」
今はもう使われていない、ビルの屋上。望遠鏡で遠くにある巨大な棒のような『落下物』を眺めながら『唐草岳』通称:タケが言った。
「だって神がいるんなら、今みたいな世界にはなっていないと思うぜ。」
「…そう、だよね」
機械をイジりながら彼、『永見奏』通称:カナデは力なく言う。
「あんな、巨大なものが落ちてきて、もう5年も経ってるもんね」
「早いもんだな。あれが落下してもう5年か。そして、一瞬にして東京は侵略。我々人類は人口が減っていくばかり。」
「……。」
カナデは、機械イジりをやめ空を眺める。ゆっくりと流れる雲を見ながら言った。
「この世界に、神なんてやっぱりいないのかな。」
「存在しないでもう、いいんじゃないか 。」
タケは呆れ気味に話を終わらせようとする。それに対し「ご、ごめん。」とカナデは謝り、また機械をイジり始めるのだった。
しばらく無言の時間が続くと、タケが口を開く。
「……なあ、カナデ。」
「ん。何?」
タケは息を吸い、そして
「俺。『音楽』を一人、捕まえようと思うんだ。」
「へえ。『音楽』をね。……え、今何って言った!?」
ば、ばか!しーっ!うるさい!『音楽』が近くにいたらどうする!!
ああ、ごめん!
「…だから。『音楽』を一人、拉致しようと思うんだ。」
「ねえ、さっき言ってたことと若干違わない!?」
「大差変わらないよ。」
望遠鏡から目を外し、タケはカナデの隣に背中を向け、立った。
「なあ。カナデ君や。我々はあと何年『音楽』の侵略に怯えないといけないのかね?
5年?10年?はたまた50年?」
「は、はあ。」
なんか始まっちゃったぞ。とカナデは思う。
「俺はもう、限界だ!人類がただ『音楽』におびえる日々が!
だから俺は『音楽』を一人拉致することに決めた!!そうすれば何かが分かるはずなのだ!!我々は『音楽』なんかに屈しない!!反撃の時来たれり!さあ、いざゆかん!!」
「いやいやいやいや、話が全然分からないよ!!」
いちいちポーズを変えるタケにカナデは理解が追い付いていない模様。カナデはタケが言ったことを口に出して整理した。
「え、えっと…『音楽』に反撃するから、『音楽』の1人攫う?…そんなの無理だよ!バカなの!?」
「ふふふ。バカじゃないぞ、なぜなら!!」
バン―ッ!!と床に置かれたそれは、手書きで作られた『音楽』の『行進経路』のようだ。
そこで何をしていたかもびっしりと書かれている。
それを見て思わずカナデもおお。と口から漏れていた。
タケが言うには、日々『音楽』の動向を探っていたそうで、
―ある日は雨の中。
ある日は汗ばむ炎天下の中。
ある日は崖に落っこちたり。
来る日も来る日も、唐草岳は動向を探っていた。……らしい。
そして、その集めたデータをもとに直近で明日の『音楽』の行進経路を予測したのだ。場所は住処にしているこの廃ビルの付近とのこと。
「――予測したって。それはいいんだけど……。一体どうやって『音楽』を攫うの?
『音楽』の演奏を聞いちゃったら『楽器』に変えらちゃうんだよ?」
うんうん。そうだよなーそう思うよなー。
頷きながら、「待っていました!」と言わんばかりの表情でカナデのことを見るタケ。
な、なんなのさ。と言ったカナデに対しタケはある仮説を話す。
「しかーし!!『音楽』を観察しているうえで、俺は一つの仮説を立てた。それは、」
「それは?」
「『音楽』の演奏が聞こえなければ、楽器には変形しない。」
そう言った途端にカナデの表情がはっ。と変わった。
「あっ、そっか!『音楽』は楽器の演奏。つまり『音』によって人間を『楽器』に変えてるってことで……その演奏が聞こえなかったら!」
「そう。俺たちは『楽器にならない』ってことだ。」
おお――!!!すご―――い!!!!
タケの言うその仮説は理にかなっているものなので、タケとカナデはテンションが上がる。
「できるな!!」
「うん、これならできる!!」
「やるしかないな!!」
「やるしかないね!!」
「つまり、『耳栓』があれば俺たちは最強ってことだ――!!」
「そうそう!!『耳栓』があれば!!!……え、もしかして『耳栓』で防げると思ってる?」
「おう!防げると思ってるが。」
真顔で本気な様子でタケは言った。
「……タケはやっぱりバカだよ。」
「なっ!!なにおう!!これでもバカじゃねえんだぞ!!…一応高校生だちくしょ―!!高校なんて行ったことないけど。」
さっきまでのペースが崩れ、動揺に陥るタケに剣を突き刺すように言うカナデである。
「僕は途中から小学校に行ってない。」
「…それでも!俺は絶対やってやるんだ――!!!」
「………はあ。」
カナデはため息を吐いた。
何もかもすべてを吐き出すように深く吐く。
そしてカナデは口を開いて言う。
「タケ。そう言っても僕達2人じゃ無理だと思う。そりゃあ、タケの観察力、そして計画には素直に驚いたよ。…でもやっぱり、僕らじゃ無理だ。僕なんてまだ小学生だし。だから、さ。この計画は諦めて『助け』を待っ――」
「『助けを待つ』?」
カナデの言葉を遮るようにタケが強く言う。
そして、タケは真面目な顔で言い始めた。
「助けを待つ?俺はそれの方が無理だと思う。東京が…。世界が侵略され、次々に楽器に変えられ、今やもう人口なんて5年前の半分以下。もう人なんてカナデ。お前くらいしか見てない。それで2人だから無理。だから諦めて『助けを待つ』?今のこの状況。助けを求める人の方が多いだろう。そうやって、助けを待ってる人たちが次々と楽器に変えられて…。このまま俺達人類は何もせずに『音楽』に侵略され続けられるだけなのか?それは違うだろ!!」
声を荒げて言うタケに、カナデはあっけにとられていた。
そして、タケは決意するように言う。
「できるできない。やれるやれないの問題か?行動すべきだ。『俺たちでやるんだ』!!!」
「……!!」
「だからカナデ!!頼む、この通りだ!!お前もついてきてくれ!!」
タケの言葉を聞いたカナデは息をのむ。タケの演説で、5年前の『あの時』のことを
思い出していたのだ。
『あの時』起こってしまった事。目の前で起こったこと。僕がここでやだと言ってもタケは1人だけでも行くだろう。そうしたら、また起こってしまう可能性がある。『あの時』のことが。
……そして、カナデは声を振り絞って言った。
「怖いことは、しないでよね。」
「カナデ――!!!」
タケはカナデを強く抱きしめた。
「カナデ――!!愛してるぜ――!!」
「タケ!や、やめてって!!」
タケに抱きつかれたカナデは一人こう思う。
『あれだけ言われたらやるしかない』と。
「決まりだ!!じゃあ耳栓作ってくれ!!」
「分かった!……って。耳栓もないのかい。」
「あ痛っ!!」
カナデのチョップがタケの頭にごちんと当たった。