森の中の特訓 ティル登場
2025年7月20日改稿しました
俺達は逃げたその足で旅に出た。
計画も立てる時間がなかった。
今後の手掛かりは母さんから貰った地図だけ。
神族達の名前や住む場所が書かれている。
これを見ながら進む事にした。
神族のいる地図上の町はこの国だけでも七つ程。
①リンゲ
②アンクック
③バステリス
④サリディング
⑤ラルッサ
⑥オザーロ
⑦ユルビタン
七つ町を回れば良い。
神族は町に一人ずついる。
七人を助ければいいわけだ。
と思ったんだが、人数は八人とある。
八人？ 町以外の場所に一人いるのだろうか。
何か気になった。
そして目指すは一番遠い場所にある神の作った理想郷。
馬車はないし徒歩で行くと一年かかるかも。
何としても軍の手に渡る前に神族達を助け出さなければいけない。
神族迫害政策はこれから更に強化されて行くんだ。
強化されて行くから五カ月以内ぐらいに達成しないと皆が殺されてしまう。
捕まったりひどい目にあってる人がいれば解放しないと
俺と同じ思いを他の人にさせない為に。
理想郷は地図の一番東に書かれてる。
一年位の、しかも敵がいっぱいいる大変な旅になりそうだ。
理想郷の事だけど母さんは確かに嘘や信じられない事を言った事がない。
母さんの言葉を思い出した。
「憎しみや恨みのある相手でもむやみに復讐したり感情をぶつけてはいけないわ。例え仇であっても激しく憎んだり恨んだり、命を奪ったりしないで」
「うう……」
俺は思った。
「親の仇ほどでも憎んだりしちゃいけないのか。それでも争いを避けるのか、もう少しその事を聞けなかった。生きてたら何て言ったろう、母さん……」
俺は母さんのペンダントを握りしめて問いかける様に見た。
「戦いについてどういう考えを持てばいいのか。争い、逃げる事、怒らない事、その他もろもろ。俺は今まで確固たる考えを持ってこなかったから」
ロミイは言った。
「お妃さまの人格と考えが立派すぎたんだと思います。だからスカーズさんが自分で色々考える余地がなかった。スカーズさんが復讐の鬼にならず自己を維持できるのはお妃さまのおかげだと思います」
「そうだね、ただ復讐の鬼と敵討ちはまたすこしちがうんだけれど」
目指すはまず一つ目の町リンゲ。
そこに神族の末裔が一人いると地図にある。
リンゲへ向かい俺達はひたすら歩き続けた。
そして俺は森の中ロミイに呼びかけた。
「ここで少し特訓しよう」
「……はい、敵の気配は感じません」
俺は親父に鍛えられていた時はそれほど思わなかった強くならなければいけないと言う気持ちが両親が殺されて初めて目覚めた。
怨念、憎しみ、そして他の人も苦しめているだろうと言う事、そして何としても使命を遂行しなければいけないと言う事。
敵を倒したい、人を守りたい、そして自分の命には役割がある事の自覚。
スカーズ
レベル五
攻撃十 防御八 素早さ十三
装備 銅の剣 布の服
・所持技
①エアカッター（単発式）
②エアショット
③地熱パンチ
④空圧地熱弾
⑤突風起こし(弱)
補助スキル
①追い風(速度アップ)
はっきり言ってこの数値は強大な魔物どころか、少し柄の悪い奴が数人出てきただけでやられてしまうだろう。俺は学校とかでけんかした事はない。生前も。
今の力では仇討ちなんて夢のまた夢。
指揮官や隊長クラスと戦うなら十八は必要。
単純な力だけで言えばラストまで戦うなら四十五は必要だろう。
だけどロベイアンに切れた時だけ一時的に力がぐんと上がった。
でも混血神の力の秘密を俺は知らないし、教えてくれる人もいない。
接近戦は弱い。
なら鍵となるのは神術による遠距離攻撃だ。
神術については後で説明。
神術の一つ、今のエアカッターの威力は微力な刃物で切る感じで、連続発射や細かいコントロールはまだ出来ない。
エアショットもまだレベルが低くてボールをぶつける程度の威力だ。
しかし俺はロミイの顔が悲しみに曇っているのに気が付いた。
理由が全く分からないから、聞いた。
「あれ？ どうしたの」
彼女は体を震わせとても辛そうに言った。
「私、あまりスカーズさんに戦ってほしくない」
「え？」
戸惑う俺にロミイは続ける。
彼女は悲しみをこらえながら言葉を絞り出した。
「この前、スカーズさんが初めて本気で怒ったの見ました。怖かった。それに、戦いに巻き込まれて戦い好きな人になってほしくない」
……そんな事思ってたんだ。
あまり知らなかった。
駄目だな俺。馬鹿で。
余りにも彼女が辛そうなので俺は努めて彼女を安心させようとかみ砕いて説明した。
「僕は戦いが好きなわけじゃない。そんなに変わらないと思う」
彼女の元気が少しだけ戻り、自らを奮い立たせてる様だった。
「そ、そうですね。私もしっかりしなきゃ」
俺も本当は不安でロミイに依存してる部分あるんだけどね。
大人しいんだけど芯が強い彼女だからこんなに露骨に弱い所見せるの珍しいな。
俺が戦い好きになるのやなんだ……なんでかな。
ただ、こないだ彼女が隠れ家で小声でつぶやいた事が気になった。
確か「私は神族じゃない」と言ったような。
でもそれ以上聞けなかった。
聞き間違いならいいけど、聞くのがどこか怖かった。
そして俺達は割と間が開けた場所に行き木目掛けて特訓することにした。
まずは先日も使った空の神の力だ。
これを前述した「神術」と言う。
体術でも魔術でもない。
物理攻撃でも気功攻撃とも違うどれにも属さない。
だから見切られたり防がれにくい、神族のみが使える術なんだ。
見た目は魔法だけど素手や棒でガンと殴られた様なダメージになる。
体力と魔力と神力を消費する。
これらはちょうど三等分だ。
魔法使いだったら魔力だけな所を他の力と分散する事が出来る。
魔法使いが魔力を消耗するのより少ない。
負荷が三つにかかるデメリットもあるけど。
で母さんは空の神だけどあまり強力な術を持っていない。
だから俺は混血の神として空気を操る力に大地の神のパワー打撃をプラスしたんだ。
勿論両属性にまたがるので親父も母さんにも教えられるわけじゃなく、自分で会得したんだ。
木目掛け手を前に出し狙いをつけ、エネルギーを充足する。
集中する。
するとこめかみと右手の甲に神の羽根が現れた。
額に翼の紋章が浮かび上がる。
目を瞑り風に呼びかけると木々の葉がたわめく。
気流が徐々に手に集まり空気が形を作る。
空気は気体から固体に変わる。
硬い球体、弾の形に変わる。
俺は手から生成した弾を発射しようと構えた。
空気の弾の後側に押し出すための圧縮空気の塊をつくり、さらに弾性も持たせる。
エアーガンみたいな発射原理。
木に狙いを定め発射だ。
「エア・ショット！」
どんと俺の手のひらから直径十センチの空気弾が八十キロ位のスピードで飛んだ。
風の音と共に推進する空気弾。
そして木にドゴッと言う音とともに勢い良く当たった。
当たると弾は消えた。
当たった木の場所へ行き見て触って手ごたえを確かめた。
幹に一センチ程度めり込んだ傷がついた。
「今はこんなもんか、いまいちだなあ、実戦で果たして通用するのか」
現世の野球の軟球とゴム毬の間ぐらいの硬さ。
この技は見たとおり威力は現時点でかなり低い。
成人男性のパンチより弱いかな。
速いけど。
相手をわずかにひるませる位だ。
連続で撃つとそれなりのダメージになるけど。
でも今の俺には連射の力はない。
この前は逆上して無我夢中になっただけだから。
気を取り直し木に向かって撃つ練習を二度、三度と繰り返した。
手ごたえ自体はあまり変わらない。
集中して強く大きくなる様さらにエネルギーを溜める。
ロミイが見守る。
祈るように。
その後、溜めて撃つを五回繰り返した。
手ごたえは大きくは変わらなかった。
そしてきりよく次の技に移行する事にした。
手を今度は上斜めに平手で上げ構える。
「エア・カッター！」
これは空気の力で弱い刃を作り出し相手にぶつける技。二ミリ位の刃。
スピードはエアショットよりわずかに遅い。
エアカッターが俺の手から飛んだ
飛んでいった刃は木にほんの少し傷を付けた。
気を取り直し力を溜め、二発目のカッターを放った。
今度はコントロールが今一ではじっこだけ傷が付いた。
「上手く行かないね。後開発途中の『空圧地熱弾』を」
「徐々に慣れましょう」
「実戦で少し試そうか」
「え？ でも」
「少し自分を追い込まないと駄目だと思うんだ」
そして俺達は魔物のいそうな場所へと移動した。
すると運がいいのか悪いのか突如熊が唸りながら現れた。
「スカーズさん！ 逃げないと！」
「いや、逃げるわけに行かない！ ここで何とかしないと」
恐怖を抑え、俺はエアショットとエアカッターでけん制した。
これが少し熊をひるませた。
「よし！」
ところが、この後が良くなかった。
俺は熊目掛けうかつに突っ込み拳の地熱を発動させた。
今度は額に大地の紋章が浮かんだ。
「駄目ですスカーズさん！」
しかしロミイが止めるのが遅かった。
確かに地熱のパンチは熊の顔をがっしりと捕えた。
しかしこの前程の威力がない。
熊は容赦なく反撃に移った。
まず過ぎる！
「やばいよこれ！」
俺はこの反撃が予測出来なかった。
調子に乗ったんだろう。
熊がぐわりと鋭い爪を振り上げ俺を襲う。
体が動かない！
はっきりもうだめかと思った。
人生終わり⁉
その時直径二十センチ程の光の弾が飛んできて熊を襲った。
速い。
弾を受けた熊はどっさりダウンした。
来た方向を見るとそこにはいつ来たのか直径一メートル程の宙に浮いた光の球体がある。
球体は光の弾を熊目掛け連射した。
中に誰かいるのか？
「グ、グオウ！」
熊は暴れようとしたが、球体から何者かの身体が影と共に宙に舞った。
人らしき生き物がとどめに飛び蹴りを食らわせた。
ずずんと倒れる熊。
何だ何だ？
突如現れたのは十七位のとてもスマートな体と綺麗な長い髪をした女だった。
貴族学校制服のような服を着ている。
細くて、冷めているようで実は凛とした目付き。
細い腕をきっしりと組んだ隙がない立ち姿。
スマートでクールで知的な美人だ。
うん、すごい美人だ。
クールさだけでなく何を考えてるか分かりにくいミステリアスさもある目。
でも細く薄い目のようで、瞳の奥には意思の強さと情熱も感じる。
そして優しさも感じる。
真面目なしっかりした現実主義者と言う印象を受けた。
生徒会長や風紀委員みたいな。
何故突如現れたんだ？
そして彼女は一転顔を崩し微笑み柔らかく言った。
クールな表情からの変化が安心感を与えた。
「間に合ってよかったわ。スカーズさんにロミイさん、はじめまして。私は女神ティルよ」
「え？」
「天界から貴方をトレーニングしに来たのよ。使命を仰せつかって」
「ええ！」
「私は天界で戦士のトレーナーをやっているのよ。貴方はお母様から迫害されている神族を助ける旅に出る願いを受けた。でもはっきり言ってこの国の軍は強いわ。そして悪い。貴方がもっと強くならないと目的が達成できないわ。だから鍛えに来たの。そして必ず達成させる手伝いと指導をするわ」
俺は聞いた。
「トレーナー、プロの？ 君一七位？」
「ふふ、貴方達と同じ年よ。でもコーチ、トレーナーなの。学生兼トレーナーね」
「どうやったらなれるんだ」
「決して決して自慢じゃないけど、子供の頃から勉強とスポーツずっと一位だったわ。偏差値は八四ある。知能指数は百九十五よ」
「ひええ！」
「それで最年少で先生に任命されたの」
「何かスーパーエリートだね。周りの友達なんか比較にならないでしょ」
「とんでもないわ」
「え」
「そんな自信なんてなかった。先生なんて出来るのか、皆との関係やどう見られるのか。どくどくするほど毎日不安だったわ」
「そうなんだ」
「でも何とか自分は責任を背負ってるって言い聞かせて頑張った。積み重ねただけよ」
「謙虚だね」
ティルの澄んだ純粋な瞳に自信、情熱、謙虚さを感じる。
同時に寂しげでもあった。
「趣味はあるの？」
「舞踊、筋トレ、生け花、料理」
「上品な趣味が多いね」
「そんな、……料理は下手」
また弱い所も初対面の相手にきちんと伝えてくれる。
「私が作った貴方の修行スケジュール」
と言って帳面を見せてくれた。
「何て緻密な」
図も字もとても綺麗だ。
緻密に決められている。方法や方針、狙い、検証結果欄まで。
「じゃあ早速訓練を」
ロミイは言った。
「ティルさんって少し動きにくそうな制服着てませんか？ 後髪も長いし」
「ああ、これね。見てて、コスチュームチェンジ！」
手を上に挙げると共に叫んだティルはまばゆい光に包まれた。
何とティルの髪型が瞬く間に束ねられ、理知的な制服がアクティブな軽装戦闘服の様になった。
「ひええ！ さすが女神。一瞬でコスチュームが変わった」
「変身みたいね」
「さあ始めるわ」
俺は初めて「人に教えを請い強い力を手にしたい」と思った。
ティルは言う。
「貴方は最強の神の戦士になるのよ！」
クールだったティルの瞳が情熱でギラリと光った。
「最強」
「そして苦しんでいる神族を助けて先導し理想郷まで連れていく。必ずやりとげて。やりとげられるよう私も全力を尽くすわ」
