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六十日。ペーパーテストで聖女が一位をとった。
前回一位だった殿下は……喜んでらっしゃる。いわゆる後方彼氏面?
腹黒眼鏡は三位で、買収してあった教員が裏切ったとブツブツ文句をいっていた……おまえの成績、そういう手法で上げてたのか!
わたし? 順位が貼り出されるのは上位だけよ。察しなさいよ。じ……実技は強いのよ。毎晩特訓してるから!
なお、聖女はわざわざ嫌味をいいに来た。ディシネア様はほんとうに人間ができていらっしゃいますわ……とかなんとか。
たしかに? ペーパーテストが苦手なクラスメイトを集めて、指導したわよ? 思った以上にできなかったから、ほんとに基礎の基礎だけ復習しまくって、テスト範囲を網羅できなかったのよ……。
でもそれ、ラルフの指示だからね。
そうよ、わたしの順位が低いのもなにもかも、あの腹黒眼鏡の責任よ……。
七十日。皮膚が爛れる疫病が発生。
これ実は魔族の呪いなんだけど、聖女の祈りで一発快癒。
……ねえ、こんなの聖女にしか解決できなくない? 設定が不公平じゃない?
わたしは腹黒眼鏡の手配で、貧民街に患者の受け入れ施設を確保。庶民の人気が上がるかと思いきや、そこにも治療に来た聖女の人気が爆上がりした……。
もちろん、聖女はいつもの感じよ。わたしを立てるのよ。
そう、聖女は常時わたしを褒めそやす。
ディシネア様のおかげです! ディシネア様のお人柄は素晴らしい! なんと行き届いたご配慮!
……あんたはわたしのファンかっつーの。
いや、真面目なとこ見て滾ってるのか……うへぇ。
八十日。学園の庭に〈悪しき竜〉が出現。
わたしは得意の魔法で活躍、竜を討ち取った……が、また初動で聖女に負けた。
聖女のやつ、殿下を庇って負傷したのだ。
あれ、故意でしょ! さっさと破邪の魔法を唱えていれば、聖女ブーストで竜を倒せたはずなのに。
ぐったりした聖女をかき抱いて、リリアン、リリアンと連呼する殿下の図は、なかなかエモかったよ……彼が自分の婚約者でなければね。
あっ、筋肉も目の幅涙で泣いててすごかった。大丈夫、彼女は生きているわ……って、わたしが慰め役をやらざるを得なかったほどだ。
負傷者の回収・治療を指揮していた腹黒眼鏡が、可及的すみやかに殿下と聖女を引き離してくれたのは、グッジョブだったのかどうなのか……。
いうまでもない気がするけど、怪我が治るとすぐ、聖女はお礼に来た。
竜を倒せたのはディシネア様がいらしたから! ディシネア様の魔法実技は素晴らしい! なんと勇敢なかたなのかしら、憧れます!
……いやだから、そういうの。いらんて。
殿下も付き添ってたけど、さすが僕の聖女リリアン、みたいな顔してた……。
九十日。国を挙げての祭りの季節。
仮面をつけた殿下と聖女は、首都圏のラッシュアワー並みの人混みの中で運命のように出会い、ひっそりと抱き合って踊る。
篝火の光が届かないところで、わたしは黙ってそれを見ていた。
あなたがた、お似合いなんじゃないかな?
なんかもう殿下はどうでもよくなっている自分……やはり闘志がたりないんじゃないだろうか。
あ、殿下はどうでもいいけど、聖女リリアンのドヤ顔は苛立つな。すっごく苛立つ!
もう舞踏会には行かなくてよくない? あんたたち、踊ってるんだからさぁ!
今回、腹黒眼鏡は役に立たなかった。屋台で儲けるのに忙しかったのだ。わたしも儲けさせてもらった。
もうほんと、無理でしょコレ。
今からでも入れる保険、あります?
* * *
覚醒から百日で卒業記念舞踏会となる。つまり、ゲームがエンドしちゃう。
卒業するのは、殿下とわたし。それと腹黒眼鏡。
筋肉は一学年下なので、まだだ。
聖女も、まだ卒業しない。時期外れの入学だったし、年も若いし……でも、ゲームはここで終わるはず。
「……殿下からのお誘いがないのよ」
今日は九十九日目。
婚約者である殿下は、わたしをパートナーとしてパーティーに出席なさるはずだけど……まったく、これっぽっちも、ほんとになにも、音沙汰がない。
慣例的には、ドレスや装身具のプレゼントがあったり……予算的な問題でそれがなくても、意志の確認くらいはあるはずなんだけど。
「リリアンには、ドレスを贈ったらしいですよ」
わたしは庭を散歩している。
ラルフは四阿のベンチに座り、本を読んでいる――というのが、遠目に見たわたしたちの位置関係。
庭師のジョンが花壇の手入れをしており、誰かが近づいて来たらすぐ知らせる手筈になっている。よくある情報交換タイムだ。
「……それ、わたしも聞かされたわ。同級生の皆様に」
腹黒眼鏡が画策したので、わたしにも味方はいる。何人か。
彼女たちは、わたしの人間的魅力に惚れたとかではなく、なんらかの弱みを腹黒眼鏡に握られている貴族令嬢なので……味方ではあっても、友人ではないって感じ。
まぁ、完全に孤立無縁でないのは歓迎すべきかも? 断罪劇にも加担しないはずだし……。
「催促してみたらどうです?」
「殿下に? ドレスが届かないんですの、なんの間違いかしら? ……とでも?」
「なかなか嫌味っぽくて、悪くないですよ」
「……あなたが悪くないと思うなら、最低ということね」
わたしの答えに、ラルフは楽しげな声をあげた。
思わず彼を見てみれば、心から面白がっているような明るい笑顔。こんな顔もできるんだなぁ。悪い方の笑顔なら見慣れてるんだけど、なんか新鮮。
……とはいえ、この発言でこの笑顔って、どうなのよ。
わたしは、四阿の方に足を向ける。
「君は堂々とパーティーに参加するといいですよ」
「誰のエスコートもなく?」
「あいつが来ないなら、それが最善ですね。婚約者がいるのに、ほかの男と出席するなんてことにならない方がいい。世間の同情は、買えるだけ買いましょう。無料ですし」
無料じゃネーヨ。わたしの自尊心を支払うのよ!
……とは思ったけど、まぁゲームだしな。いいよ。やってやろうじゃないの。
「わかったわ。そうね……竜と戦ったときの服でも着ようかしら? あちこち裂けて、血の染みも滲んだままよ。きっと、哀れを催すことでしょう」
本を閉じてこちらを見るラルフの前で、制服姿のまま、くるりと回って見せた。
ほれ、思いだせよ。あのとき、実力を示すなら今ですよ! ってわたしを前に押し出したことを! 大変だったんだぞぉ!
「いいんじゃないですか? あなたの英雄的行為を皆が思いだすかもしれませんしね」
いいわけないだろ。ファッションに興味なさ過ぎか。……うん知ってた。
「……冗談よ。場にふさわしい装いを考えるわ」
「勝負に挑むんですからね。見映えはした方がいいかもしれません」
「あっそう」
不機嫌を隠せなくても、しかたないだろう。
というか、こいつ相手に上辺をとりつくろっても、意味ないしな……なんて思っていると。
ラルフの手が伸びて、わたしの髪をひとふさ取った。
おま……なにしてんの!?
「大丈夫。君なら、なにを着ても美しい」
そのまま、くちづけを毛先に落とす。
……! なんなのー、急に恋愛強者の貴公子みたいなふるまい!
おまえは恋愛トンチキ腹黒眼鏡だろ! キャラ変わったのか! 大丈夫か!
驚愕に言葉もないわたしに、ラルフは余裕の笑みを見せ、ゆっくりと髪を手放した。
「そ……」
「そ?」
「それで、勝負の方はどうなの? わたくし、負ける気しかしないんだけど」
「はじめに約束したでしょう。悪いようにはしません」
……胡散臭い。むっちゃくちゃ、胡散臭い!
でもまぁ、いいか。
初回プレイは婚約破棄で敗北を体験しても、それはそれで。次に勝てばいいのよ。次。
次こそ、殿下に全力投球よ! 勝ち筋は、kawai3697が教えてくれたんだもの。竜は倒さず、殿下を庇って倒れてみせる!
「わたくしを失望させないでね」
「何回もお伝えしていますが……安心してください、ディシネア嬢。君は王妃になりますよ」
悪い方の笑顔を見せて、ラルフはその場を去った。
……なんなん、あれ?
ふとジョンの方を見ると、視線が合った。ジョンは慌てて作業に戻る――つまり、それまでボケッと突っ立ってたわけだ。おまえ大丈夫? 影としての能力に疑念が湧くわよ?
「ジョン、聞いてた?」
「はい、お嬢様」
「あれ本物だと思う?」
「本物……でございますか?」
「ラルフ様の姿をした、偽物じゃない? あんな言動、しそうにないもの」
「……わかりません。調べて参りますか?」
真面目に尋ねるジョンに、すべてが馬鹿らしくなった。
「いえ、結構。それより、ほかの女子生徒のドレスの傾向を探ってくれる? ……ああ、全員はとても無理でしょうから、聖女に絞っていいわ。同じ色のドレスを着たくないだけだから」
「かしこまりました」
ベンチに置き去りにされた本を手にとって、その題名に苦笑する――『女心を理解する方法』
あいつ、これちゃんと読んでたのかしら?
* * *
ジョンは昼職を放り出して情報収集につとめたらしい。夕刻には、聖女及び彼女と親しくしている生徒たちの服装があきらかになった。
まとめると、清楚系の淡い色合い……まぁそうよね。
というわけで、百日目。
わたしはドスの効いた濃い紫のドレスをチョイス。襟元や裾の縁取りに金糸の刺繍がふんだんに使われていて、いかにも悪役令嬢〜! って感じじゃない? 髪も念入りにドリルに巻いて、口紅もドレスにあわせて沈んだボルドーよ。
鏡で確認したところ、結果は「すごい」としかいいようがない。
迫力だわ……こんなの夢にでちゃう。
パーティー会場は、お城の舞踏室。
学園を卒業した生徒は、もう王国の一員として認められている、と。そういう意味合いを込めているらしい。
招待状チェックがあるので、関係者以外は入室できない。招待状はそのまま呼び出し係に渡され、入場時の名前呼び上げがおこなわれる。
パートナーと連れ立って来ている卒業生は、ふたりの名前を連続して呼ばれるわけ……で、こっちの方がソロ参加より多い。
わたしはもちろん、ひとりで読み上げられる係よ。
……大丈夫、現世でも平気だもん。ぼっちメシとか、おひとり様旅行とか、ソロ遊園地とか……いやソロ遊園地はごめん、行ったことない。こんなところで盛ってどうする。
「卒業生、ディシネア・オル・ディグラーセ・ダービッシュ嬢!」
長い名前ねぇ……。
ふと思ったんだけど、これ名づけを適当にしちゃうと、この場面で台無しじゃない?
それっぽい名前にしておいてよかったな。
卒業生と招待客――卒業生の親族や関係者、一部の在校生など――がだいたい入場し終えたところで、王族のご登場だ。
入口からではなく、奥から出てくるのよ。客をもてなす招待側だものね。
ただ、国王殿下や王妃殿下は……いらっしゃらない? あらやだ、唯一の王族がエルマン殿下じゃないの。
なるほど、だから断罪劇も可能というわけね……。
ここまでくると、わたしも逆に肝が据わるというか、冷静というか……開き直った、がいちばん合ってるかな。
一段高いところに立つエルマン殿下の隣には、聖女リリアン。白に、薄いピンクの紗をかさねたドレス、清楚&可憐で聖女の解釈一致! グッジョブだぞ、kawai3697!
断罪の舞台はととのったのかしら、王子様? さぁ、いつでも受けて立つわよ!
まぁ……受けて立つといっても、単に断罪されるだけなんだけど。
どうしよう、泣いた方がいいのかな。タダなんだから同情は買っておけとか、腹黒眼鏡に指示された気がする。
でもなぁ。もっとこう、毅然とした感じの方がよくない? かっこいいっていうかさ。
敗者にも美学があるのよ、美学。