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思いついては消えていく系のネタを、ひとつ書き留めてあったので、そのまま小説に……したら、想定の二倍以上の長さになりました。

暇つぶしに、どうぞ。

 その日、わたくしは思いだしたのです――ここが乙女ゲームの世界である、ということを。

 そしてわたくしは、百日後に断罪されてしまう悪役令嬢……。


「どうした、大丈夫か?」


 わたくしの顔を覗き込むのは、この国の王太子であられるエルマン殿下。わずかに心配の色が滲む、空色の瞳……ああ、魅入られてしまいそう。


「急に倒れてたぞ。頭を打ったんじゃないか?」


 端的に現状を教えてくださったのは、ウィリアム様。マンフレッド騎士団長のご子息です。凛々しいお顔だちに、炎のような赤毛。鍛え上げた筋肉美は、大理石で彫られた古代の英雄像のよう。


「それはまずい。痛みは? ものはちゃんと見えていますか? この指は何本に見えます」


 わたくしの前で、真顔でピース・サインを出されたのは、ラルフ様。辣腕宰相ローチェスター様のご子息で、怜悧な印象を与える涼やかな美貌そのまま、冷静沈着な腹黒眼鏡キャラでいらっしゃいます。

 間違っても、ピースを出されるようなかたではございません。


「ええと……二本?」

「では、あなたの名前は? 自分の名前をいえますか?」

「はい――」


 あっ。なるほど、ここで名前を音声入力ね! うまい導入だなー!


 ……と思っているわたしは、このゲーム『百日後に断罪される悪役令嬢 〜あなたが紡ぐ物語』のプレイヤーだ。

 現実と見まごうほどに、作りこまれた世界。二次元と三次元の狭間はざまに生息するイケメンたちは、当然ながらNPC。最新AIの補助で、笑える雑談からキャラに沿ったロマンティックなやりとりまで完璧! 魔法の世界でくりひろげられる、華麗なラブ・ロマンス体験!

 ありそうでなかった「悪役令嬢断罪回避ゲーム」、βテストの申し込み倍率は十二倍だったとか。

 一生ぶんの運を使ったのではないかと思えるラッキーで、わたしはβテスターとしてこの世界に降り立ったところなのだ――転生悪役令嬢が前世の記憶を取り戻すシーンさながら、昏倒からの状況説明&イケメンたちとの初顔合わせである。

 スチルを見た段階での推しは、王道王子様のエルマン殿下……なんだけど。

 メイン・ヒーローだからこその「茨道」が用意されてるんだよねー。


「――わたくしは、ディシネア……。父はダービッシュ侯爵ですわ」


 ダービッシュ侯爵家は、現王家の興国の祖であるエルマルド一世の時代から仕える忠臣。和風にいうなら、譜代大名って感じかな? いわゆる名家である。


「婚約者の名前は覚えてる?」


 ちょっと悪戯っぽく尋ねるエルマン殿下だけど、その奥に気遣いを感じる。


「はい、エルマン殿下……」


 ディシネアは、エルマン殿下の婚約者。

 なので、ヒロインの本命がエルマン殿下だった場合、ガチで真正面からバトることになるのだ。そして負けると断罪エンドである。百日後の、魔法学園の卒業記念舞踏会で。


 このゲーム、ベースとなる乙女ゲームの設定はいつでも参照できるけど、ウィンドウを開いてテキスト読んでるあいだも時間は進むので、確認したければタイミングを見極める必要がある。

 キャラクター好感度はマスク・データ――つまり、参照できない。

 現段階で、誰がどれくらいディシネアを好きかは不明だし、今後もそうだ。けっこうシビア。


 なお、今の昏倒でディシネアは「自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生した」ことを認識し、ちょっと具合が悪いので早めに寮の部屋に戻ることになる。ここは強制的な展開で、回避不能みたい。

 自室では、いつでも確認できる簡易的なチュートリアルや、主人公が記憶している――という設定の――「乙女ゲーム」の情報、そして今の世界で得た情報やアイテムなどが参照できる。

 が。

 これもリアルタイムで進んでるので、読みふけっているあいだに夜が来て朝になる〜、みたいなことも生じる。


「やっぱ王子様かなぁ……」


 婚約者だしなぁ。いわゆるメイン・ヒーローだけあって、万人受けする爽やかな美貌である。ほんの少し言葉をかわしただけだけど、いかにも王子様って感じだ。

 乙女ゲーム情報によれば、亡くなった兄王子に多大なコンプレックスを抱いており、どんなに頑張っても兄には敵わない……と思い込んでいるみたいだけど。

 もちろん、ヒロインはそこを突いて仲を深めていくわけで。その情報を知っている今、悪役令嬢であるわたしも同じことができる。

 宰相子息の腹黒眼鏡は、隠している腹黒を暴くと親密度がガッと上がる。君の前でだけは気を抜くことができる〜君は僕の特別だ、って展開だ。腹黒眼鏡も悪くない……なんたって眼鏡だし。

 筋肉は……男社会で育って女性への耐性がないので、ちょっと馴れ馴れしくすればすぐ落とせる、って設定っぽい。大丈夫なのか、それ。浮気も簡単にしちゃうんじゃないか? でも単純で素直なのは、ちょっと可愛い。

 β版なので、攻略対象はこの三人。正式版では、もっと増えるらしい。

 なお、王子以外とくっつくためには、ヒロインが王子を狙ってくれる必要がある。ほかにも抜け穴はあるのかもだけど、だってほら……婚約者だからね。


 ディシネアは転生ショックで、期間限定ではあるが超人的な体力を身につけたという設定で、これから百日間は眠らなくても平気だ。その設定を知ったときは、どんだけ……と思ったけど、夜も活動できるのは便利だよね。

 知力を上げるための読書、魅力を上げるためのポージングなんかにも時間を使える。

 そう、ポージング! なんかアホっぽいけど、鏡の前で着替えたりポーズをとったりすると、魅力の数値が上がるのだ。自分のステータスもマスク・データだから、数値ではわからないんだけどね。

 情報の収集には、侯爵家の「影」も使える。いわゆる隠密であり、御庭番である。わたし専属の「影」は、ほんとに庭師をやっている。


「ジョン」

「はい、お嬢様」


 夜間は、ほかに命令がない限りこの部屋の警備をしているので、呼べば出てくる。便利。


「明日のエルマン殿下のご予定――いえ、気が変わったわ。宰相様のご子息の……ええっと」

「ラルフ様ですか」

「ああそうそう、ラルフ様。ラルフ様のご予定を掴んでいて?」

「いえ」

「では調べてちょうだい。朝までよ」

「かしこまりました。朝までに」


 チュートリアルによると、ここで「夜半まで」と指定すると、そこからまた「朝まで」ジョンを諜報活動に送り出せるらしい。

 その方がお得じゃん? と思わなくもないんだけど、短時間の調査では、情報に抜けが生じることがあるようなので……そういうの嫌いなのよねぇ、性格的に。

 しかたないので、ジョンには一晩頑張ってもらおう。


 で、わたしは本を読んだりポージングしたり、チュートリアルを読み直したり、乙女ゲーム情報を復習して頭に叩き込んだりしていたのだが、夜明け頃、ジョンが戻って来た。


「戻りました」

「報告を」

「は。ラルフ様は学園の寮ではなくお屋敷にお戻りでした。お屋敷は聖女の話題で持ちきりで、ラルフ様もご興味を持たれたよし。早速、影を遣わして真偽判定をおこなわれたようです」


 真偽判定とは、この世界の魔法のひとつだ。簡単にいうと、嘘を暴く魔法なんだよね。

 宰相の血筋はこの魔法が使えるらしく、ラルフも得意中の得意。つまり、ラルフを相手に嘘をつくと、簡単に見破られてしまうのである。


「結果は?」

「聖女たるや否やで、正と出たようです」


 ……まぁ、そうなるよねぇ。


「ラルフ様は、入学する聖女にさりげなく近づいて人柄を見極めるおつもりかしらね……」

「そのようです。まずは校門、授業開始に間に合う限界までは、近くで待たれるご予定です。その時点で出会えなければ、昼休みに食堂で」

「そう……」


 ラルフは考えてることを独り言で全公開でもしたの? なんでジョンがそこまで知ってるんだ。

 ……まぁゲームだからな。無駄にいろいろリアルだから、ちょっと判断がバグりそう。


 とにかく。

 食堂などと計画しているということは、ラルフは聖女がどのクラスに編入されるかを知らないのだろう。

 わたしは知っている。聖女は、我々全員と同じクラスになるということを。


「よくやったわ。疲れたでしょう、休みなさい」

「はい」


 ジョンの姿は、すうっと壁に消えた。

 休めとはいったものの、ジョンは庭師もやっている。昼も寝るわけにはいかない。

 世間を欺くための職とはいえ、あまり休むとくびになってしまうかも……いやまぁ、そこまでリアルなシステムじゃないだろうな。


 というわけで翌朝。

 システム的に寝てないけど、夜時間は体感速度が上がってるから、持て余したりはしない。むしろ、設定の暗記にもうちょっと時間がほしかった、まである。

 ……あ、このゲームって昨今流行の「VRで脳の秘められた性能を解放する」機能を使ってるそうで、ゲーム内の時間は現実時間より大幅に密! らしい。

 どれくらいかっていうと、断罪予定の百日後まで、二時間でございましてよ。

 なので、このゲームは「ワン・プレイ二時間」を謳っているのだ。

 昨今のゲーム市場、ボリューム過多のゲームは忌避される傾向がある。現代人は忙しいからね。

 それで、AIによる自然な会話、行動の些細な変化でも生じるシナリオ分岐などの方向にボリュームを出し、でもワン・プレイはあくまで二時間! なのが、売りみたい。


 体感時間の加速、便利ではあるんだけど、ゲーム自体は脳内リアルタイムで進行している。はじめにいったように、システム・ウィンドウで常時ある程度の情報確認はできるけど、ウィンドウ開いてるからんてゲーム内の時間の進行が止まったりはしないので。

 リアルで、ちょっとトイレ……なんて行ったら何日経ってるかわかりゃしないレベルのギャップになる。

 そういうエマージェンシーな事態に陥った場合は、途中終了が推奨されておりますのよ。


 ここまで進行にこだわるゲームなのは。


『マッチングが成立しました』


 ファンファーレ鳴ったー!

 ……そう、このゲームは悪役令嬢視点の『百日後に断罪される悪役令嬢』と、聖女視点の『百日でカレを落としてみせます!』の二本立て。マッチングが成立すれば、NPCではなく中の人が人間の聖女がいる世界で、恋愛シミュをやることになるのだ!

 だから、ゲーム内での一時停止ポーズができないわけ。

 ここから百日、対戦ゲームっぽく王太子を取り合うこともできれば、お互い協力してそれぞれの推しとの愛を深めることもできるし、なんなら自分の恋愛は放っておいて、相手に嫌がらせするのをメインで遊ぶことも可能らしい。

 これって、新しくない? 対戦型VR恋愛シミュ。

 ……そんなことは、ともかく。


 どうしよう……校門に行って、ラルフ様と聖女の出会いがあるか観察すべき?


 昨晩読み込んだ乙女ゲーム知識によれば、聖女の狙いが王太子なら噴水の前、筋肉なら花壇、腹黒眼鏡だと校門でイベントが発生するはず。

 マップで見ると、噴水と花壇はそんなに遠くない。校門は遠い。なので、ラルフが間違いなく校門に向かうかだけ確認しておきたくて、ジョンはそこに使ったんだけど……。

 いやほんと、どうしようかな。

 わたし寮生だから――基本的に、学園の生徒は寮に部屋がある。許可を得れば外泊というか、実家に泊まることはできる――校門を見に行くのは、ちょっと不自然だよなぁ。


「やっぱり、ここは婚約者の安否確認ね」


 というわけで、わたしは噴水へ向かうことにしたんだけど。

 噴水の前で遭遇したのは王子ではなく、聖女だった。セミロングの栗色の髪をハーフアップにした、あまり特徴のない女の子――そう! そうなのよ! 乙女ゲームのヒロインは、いかにも特徴がない感じじゃなきゃ駄目よ! 運営グッジョブ! いや開発かな?

 聖女はわたしを見て、花が咲くように微笑んだ。うん、特徴はないけど笑顔は可愛いわね。オッケー。


「はじめまして、ディシネア様」


 先制は聖女でございましてよ! ……えっ、なんで先制してくるの。


「どなたかしら?」


 初対面でしょ、わたしたち……という意味を言外に込めて問い返してみたのだが。


「ふふ、フレンドいいですか?」


 ぴょりん!

 システムのメッセージが視界の隅に着信!


 ――kawai3697からフレンド申請が届いています。


 呆然とするわたしに、聖女あらためkawai3697は駄目押しをした。


「お話ししたいので、いいですか?」

「……ゲームの外で時間かけられないでしょう?」

「あ、それ以上そういう話題を出すと、失格ですよ。規約読んでます?」

「あなたこそ」

「ね?」


 ね? じゃないと思いましてよ、聖女様。


「このお話は、もうやめましょう……」

「できないお話をしたくて、それでフレンドなんです」

「何倍速で進んでいるか、おわかりですの? わたくしたち、少しでも外に出たらその……おしまいでしてよ」

「ええー、チャットでも無理ですか」

「無理に決まってましてよ! ねぇ、わたくし失格になりたくないの、ほんとにやめて」


 せっかくの十二倍突破βテストなのよ! 楽しみたいのよ!

 ゲーム内で過剰にゲーム外の話をするのは規約違反なのよ、知ってるみたいだけど! 知ってるのになんで破ろうとしてくるのか不明なんだけど、巻き込まないでほしいのよ!

 心の叫びが伝わったのかどうなのか、聖女はまた微笑んだ。


「じゃあ、終わってから感想戦やりません?」

「だから規約!」

「ディシネア様すっごい真面目なんですね。……なるほど、だから婚約者の動向を確認すべく噴水に」


 ……やっと、少しは本筋に戻った?

 いやいや、まだ油断はできない……と、気を引き締め直していると。

 笑顔のまま、聖女が小声で告げた。


「わたし、真面目なひと……好きです」


 聖女の告白に、わたしはギョッとした。なんかこう……頬を染めたその表情が、妙に淫らというか、色っぽくて。

 しかも、つづく台詞がこう。


「思いっきり追い込んで、貶めて、堕とすの……たぎります」


 ……やべぇ聖女とマッチングしちゃったぞ、おい。

 ええー。

 フレンド申請からの規約違反からの、滾っちゃうだぞ……。

 せめてわたしだけでも、ゲームの世界観から乖離かいりしない会話を心がけよう。


「これだから下賤の生まれは嫌なのよ」


 これどう? 悪役令嬢っぽくない?

 なんて悦に入ったところへ。


「ディシネア嬢……」


 ふり向いた、そこにいたのは……で……殿下ー!

 えっ、なんでわたしの台詞だけ聞いて幻滅したっぽい顔してるの。

 その前の聖女の台詞から聞いててくださいよ。あいつ、貶めて堕とすのが滾ると断言する変態ですよ!?

 わたしが絶句しているあいだに、殿下は気を取り直したようだ。少し顎を引いて姿勢を正し、完璧かつ控えめな笑みを浮かべて尋ねる。


「そちらにいるのは? 紹介してもらってもいいかな」

「リリアンです、はじめまして! 今日からこの学園に通うことになりました」


 おい、紹介を待てよ。わたしが話に入れないじゃないの!


「今日から……ということは、君は神殿の推薦を受けた聖女か」

「聖女というほどの力が自分にあるとは、思えないんですけど……でも、はい、そうです。わたしは平民ですし、貴族の皆様に受け入れてもらうのは大変でしょうけど、精一杯、頑張ります! それで……その、あなた様は?」

「ああ、わたしはエルマンだ。君の学園生活が喜びに満ちたものであるよう、祈るよ」

「……! ありがとうございます、エルマン様! あの……もし失礼にあたったら申しわけありませんが、わたしにも祈らせてください。エルマン様の日々も、楽しく有意義なものでありますように」


 殿下は、まぶしいものを見るように眼をほそめてリリアンを見ている。

 あっどうしよう、初動を完全に間違った気がする……。kawai3697、おそるべし!


誤字報告をくださる皆様へ。


・同音異義語の誤変換など、どうしても見逃すことがあります。ご指摘、助かります。ありがとうございます。

・ひらがなが多いのは仕様です。ひらがな部分を漢字に変更する誤字報告は、お控えください。

・漢字の使い分けも、作者におまかせください。誤字ではありません。使い分けです。

 実例:「飲」→「呑」の指摘

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