残心
万策尽きた。
喉元のナイフを今すぐどうにかできる方法が思いつかない。動かせるのは口だけだった。
「まっ、待って、殺さないで……ください」
『死ぬのは君じゃない。咲夜くんも痛みを感じる間もない』
「や、やめてくれー!!」
末木さんは僕のアバターに馬乗りになって、拘束している。
クロスカウンターがあまりに綺麗に入ったので、ステータスがスタン扱いになっていて、どちらにしても動けない。
僕は何もできないまま、咲夜が死に行くのを眺めているしかないのか。
ぎゅっと目を瞑ってしまった。
…………………?
もう、強制ログアウトしてしまったのか。
怖くて、目を開けることすらできない。現実を直視したら、僕は生きていける自信が無かった。
怒り、悲しみ、悔しさが混ざり合って、アドレナリンが全身を駆け巡る。強烈なストレスでヘッドマウントディスプレイをかぶったまま、床をドンドンど叩いてしまった。
僕はなんて無力なんだ。涙が溢れ、止まらなかった。
怖い、いやだ、目を開けたくない。
その時だった、ドンッという音と小さなうめき声が聞こえた。
『亮! 目を開けて、立ち上がって』
その声にはっとして、閉ざしていた瞼が跳ね上がった。
「雫! どうして……」
『末木の入出力端子を引っこ抜いて、私のポートに挿したの。それより、早く立ち上がって、私じゃ、末木には勝てない』
立ち上がると、末木さんが床に倒れているのが見えた。雫が突き飛ばしたのかもしれない。
『……ハッハッハッ。素晴らしい悪足振りだ』
末木さんの声が聞こえると同時に銃口が雫に向けられている事に気がついた。
雫は今、この世界にダイブしている。今、撃たれたら、雫はどうなる?
死?
身体は?
意識は?
魂は?
僕が身を挺して守れば……
でも、咲夜はどうなる?
僕は──
小さな銃声が密室に反響した。
カランカランと薬莢が地面に落ちる音がした。
末木さんの腕に弾丸が当たり、力なく床に落ちていく。
『……して、やられたな。本当に想定外だ。なんで、君が銃を持っている……』
銃声は末木さんではなかった。
「咲夜……」
『山内さん……相変わらず、あまあまですね。ここまでセットだって、伝えておいたじゃないですか』
「遅いよ……咲夜」
身体が緊張していたのだろう。身体中に力が入っていた。気を抜いたら、僕は倒れてしまうかもしれない。
そのくらいギリギリの状態だった。だが、まだ、決着がついたわけではないと自分に言い聞かせる。
僕の背後に隠れるように立っていた雫は顔を出して咲夜を見つめる。
そして、僕の方に向き直る。
『亮、どういうこと? 』
「どうも、こうもない。はじめから咲夜が末木さんを撃つ予定だったんだ」
雫が目を丸くする。
咲夜は首をかしげ、少し思案した後にニコリと笑う。
『そうか、この喋り方が行けないんですね……これでええか、雫? 』
『えっどういうこと?』
『それはこっちのセリフや。自分、記憶が戻ったん? おかげで冷や汗でたわ、ほんま』
『当事者の私を無視して話をしないでくれよ。私にもからくりを教えて貰えないか。』
僕は末木さんに銃を構える。いや、勝負が決した時点から構えていた。
『そんな怖い顔しないでくれよ。もう抵抗はしない』
「……それを信じるかどうかは僕の勝手です。僕は末木さんを捕縛するまで、心をここに残して置きます。
『教育が行き届きすぎたかな……まあいい。好きにしてくれ』
「それにあなたは殺しすぎた」
『……確かにそうだね。それは否定しない』
『そう? 俺は言うほど殺してないと思うけどね』
「航!? 」
頬は薄汚れ、服には複数の穴が空いていたが、ケロッとした顔で航が現れた。
『全く、きょう姉も、咲夜も、おっさんも揃いも揃って、食えない奴らばかりだ』
航はペッペと口に入った砂埃を吐き出しながら話す。彼の背後には真っ黒な死装束を纏ったイレイサーが立っていた。
『同感だな。人間というのはこんな奴らばかりなのか』
『どうかな。少なくとも、山内とか雫姉は阿呆みたいに口が開いちゃってるし。一概に決めつけはよくないんじゃないか』
航もイレイサーも無傷のようだ。僕もあることに気がついた。アバターの左腕が自由に動かせるのだ。
僕が不思議そうにしていると末木さんが答えてくれた。
『それはスタンとペイント弾を組み合わせたものだ。死にはしない。もっとも、当たりどころが悪ければ強制ログアウトする設定にはしてあったがね』
末木さんもはじめからARIAを殺す気はなかったのか。だが、誰も殺していない……というわけではない。
「武田は? 」
『……殺した。あいつは生かしておくわけにはいかなかったんでね』
「真相を話して貰えますか? 」
末木さんは疲れたような顔で薄く笑みを浮かべた。
『そうだな……君たちには知る権利はあるか──』




