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ARIA  作者: 残念パパいのっち
フィロソファーズ・ストーン
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Ghost in the Shell

「咲夜……」


末木が左手をかざすと、僕の右腕の傷口付近が白く光り、みるみると傷口がふさがる。


同時に咲夜の右肩の傷も癒えていく。


『これで彼女と君のアバターが連動しているのが理解できたかな? 』


確かに、僕は舐めていたのかもしれない。所詮仮想空間のできごとで、実際に人が死ぬことはないと。


だが、実際は殺すも生かすも末木さんのさじ加減だ。だからこそ、この殺し合いには違和感があった。


『君が航と中原美奈を味方につけたのは悪くなかった。どうやって、味方につけたのか教えてくれたら、君にさらにハンデをあげよう』


「……まるで神様きどりですね」


『実際、インターネットという世界に生まれた新たな神さ。全て、私の気分次第。さあ、どうする? 』


時間稼ぎが必要なのは事実だし、乗らない手はない。


「中原美奈は武田のバックについている組織に捕らえられていました。脱出を手伝う代わりに協力を得たというだけです」


『航は? 』


「武田が中原美奈の補佐役に航をつけていたので、高瀬さんが回収して洗脳を解除しました……」


『なるほど、な』


気難しそうな顔をしているから気の所為(きのせい)かもしれないが、微かに眉間に(しわ)がよったように見えた。


『武田が中原美奈のブレインハックをしたときは目からウロコだったよ。才能の無駄遣いとはこのことだ』


末木さんの口角が僅かに上がり、馬鹿な奴だと消え入りそうな声で呟いた。


『話したおかげで、君の手札は概ね見えた。小細工もここまでだ』


会話には細心の注意を払った。だが、もし、高瀬さんの推理が正しければ、この会話自体が意味をなさない。


僕は末木さんの発言から、どこまで知ってて、どこまで知らないのか、測りかねていた。


『……君は無駄な事を考えるのがお好きなようだ。安心したまえ。航と中原美奈の侵入を許した時点でログインは制限させてもらった』


「……まだ、桔梗さんがいます」


『彼女の戦闘能力は皆無と言ってもいい。運動能力の数値が異様に低かった。まさか、ARIAにこんな個体差が出るとは思わなかったがね』


拳を強く握る。使えるカードが減ってきている。本当に末木さんを出し抜けるのか?


航がゲホゲホと咳込むのが聞こえる。意識はあるのか? ARIAにとっての致命傷がどの程度なのかわからないが、決着は早いほうがいい。


僕は眉間に押し当てられたスナイパーライフルを強く握り、押し退ける。



「要約すると、末木さんは俺と真剣勝負がしたいだけ……ということですか? 」


『分かっているじゃないか』



彼はパチンと指を鳴らした。


密林が泡となって溶けて消えて、代わりにむき出しの鉄骨やガラスの破片、瓦礫の山……廃墟ビルに内装が変わった。


武田と戦った廃工場を彷彿とさせ、重くどんよりとした心持ちになる。


末木さんと僕の間にコンクリートの壁が足元から出現して天井まで到達するとピタリと止まった。


咲夜は壁の向こう側、航は僕のそばで横たわっている。


なるほど、咲夜を人質にしつつ、密室自体をハンデにしたということか。僕はハンドガンの残弾を確認し、リロードする。


先ほどまで無限だった残弾が、マガジン十本分に制約されていることに気がついた。


使える銃もハンドガンのみか。



『さあ、君の主戦場だ。今度こそ、殺し合おう』


「あんたはイカれてる。こんな戦いに何の意味がある」


『あるさ、薄氷の上を歩いているような緊張感、未開拓地に足を踏み入れたような高揚感。生と死の間で私は輝くんだ。データも取れて、一石二鳥だ』



……まだですか、寛さん。心の声がまろびでそうになる。咲夜と航の状況を見て、結論は先延ばしに出来ないと悟った。




『さあ、開戦だ』




──咲夜と航の命がかかっているんだ。やるしかない。


深く、深く深呼吸をし、目を閉じる。集中しろ、密室なら誰にも負けない。


GoBはよく出来ている。特筆すべき点は音響効果だ。風で揺れる木々や木の葉の音、草木に隠れて合唱する虫の音、大地を踏みしめる砂利の音、薬莢が落ちて地面に落ちた時の軽い金属音。


音が立体的に聞こえるように高音域から低音域まで、遠近にも配慮した音響効果が実装されている。


オーバースペックだと語る人たちもいるが、一度GoBの世界観を体験した人はその凄さに魅了されてしまう。


FPSをやらずに観光だけを目的にこのゲームを購入する人も少なくない。


だからこそ、僕の能力が活きるのだ。通路や壁、天井など順番に発砲し、目を閉じて集中する。



『どういうつもりだい? それでは、自分の居場所を伝えているようなものだ』


「単なる……準備運動ですよ。これ末木さんオリジナルマップですよね? 」


『……何故、そう思う? 』


「簡単な話ですよ」


『簡単? 』


「僕が密室の殺人鬼だからです」



僕はプライベートチャットを切り、瓦礫を踏まないようにアバターを移動する。


GoBはゲームだ。ゲームゆえに瓦礫の配置はアトランダムだが、足の踏み場は必ず用意されている。


廃墟ステージは足音を立てずに進むのが基本だ。GoBではサイレントステップと呼ばれ、高難度な操作を要する。


瓦礫を踏まなくても、普通に歩けば足音が出てしまう。そのため、足が床につく瞬間に特定のキー操作をすることで足音を消せるバグを利用するのだ。


僕はサイレントステップが得意だった。足音も気配も置き去りにして、末木さんのいる部屋まで最短ルートで駆けていく。


そして、末木さんのいる部屋の二つ隣の部屋で立ち止まる。


静かすぎる。末木さんが動く気配がない。もう一度、目を閉じて、集中し、神経を耳に集中させる。


間違いなく、二つ隣の部屋にいる。部屋の中央、倒れた棚の後ろに身を潜めている。


あちらが動くのを待つか? 待っていれば、寛さんが……


かぶりを振った。


いや、攻める一択だ。


世の中、何かを期待して待っていても何も起きないことのほうが圧倒的に多い。それは雫や咲夜、寛さん……沢山の人と出会い、小さな行動を重ねて悟った一つの真理だ。


小さなアクションでも何かをすれば何か反応はある。だから、迷ったら行動すると決めている。


末木さんのいる一つ手前の部屋の壁際まで歩みを進める。


おそらく、末木さんの狙いは下手に動かず籠城し、こちらの顔が見えた瞬間にヘッドショット……なのだろう。


だが、甘い。


僕は隣の部屋に続く、入り口の斜めから発砲する。隣の部屋に弾が当たり、跳弾する。


末木さんの腕に命中したのを確認すると同時に、部屋に突入した。僕は左右の壁に向かって発砲し、跳弾させる。


末木さんのいる方向へ弾が吸い込まれていく。流石に同じ手は二度は通じなかったらしく、かわされる。


顔を出した末木さんに向かって、弾を乱れ撃つ。末木さんはバグを使い弾をすり抜け、応戦してくる。


僕も末木さんの所作を感じ取り、弾をかわし続け、間合いを詰める。


『……何故、目を瞑ったまま、戦える? 』


「反射する音で対象の位置を特定しているだけです」


僕は弾の当たらない末木さんとは撃ち合いが得策ではないと悟っていた。だから、最後は肉弾戦と決めていた。


棚の後ろへ回り込み、下段蹴りを繰り出す。末木さんはそれをバックステップでかわし、銃を構える……が、その瞬間に距離を詰め、末木さんの腕を左腕で上に跳ね除ける。


ガラ空きになった腹にボディブローを放つ。末木さんは天井に銃を発砲し、その反動を利用してボディブローを迎撃する。


半歩後ろに下がり、中段蹴りで末木さんの手を蹴り飛ばす。


カッカッと音を立て、末木さんのハンドガンが咲夜の横たわっている床の近くに落ちた。


「!」


よし、これで僕の勝ちだ!


末木さんの顔面に向かって、渾身の右ストレートを放った。


だが、大振りの右ストレートを末木さんはかわし、クロスカウンターを繰り出した。


気がつくと、僕は天井を仰ぎ見ていた。



『はぁ、はぁ、チェックメイトだ』



僕の喉元にはナイフが突きつけられていた。


『残心が足りないな。すぐ勝ったと油断する。最後まで気を抜かなければ、倒れていたのは私の方だ』


「…………いえ、僕の勝ちですよ」


『何を言っている』


「寛さんが到着しました」


「どこに、だ? 」


『末木さんのいる場所です』


その言葉を聞いて、末木さんは僕への警戒はしつつ、周囲を確認する。




「違います。仮想空間じゃない。現実世界の話です」




ほんの数秒だが、末木さんはピタリと止まり、動かなくなった。まるで時間が止まったみたいに。


だが、すぐにニヤリと口元を歪め嬉しそうに語り始めた。



『くくく、君は本当に卑怯だな。楽しませてくれる。だが、残念だ。意味がない』


「どういう意味ですか? 」



その時、桔梗さんからのプライベートチャットが入った。



「山内さん……末木さんは……亡くなってました」


「何が無くなっているんですか」


「末木さんです」


「そうじゃない、末木さんの何が無くなっているんですか」


「だからっ……」



桔梗さんが声を荒げる。僕はその声に身体を強張らせた。


まさか……



「死んで……いたんです」



僕は末木さんの顔を見つめる。彼の細く真っ白な顔が亡霊のように見えた。



『魂の有り様は不定形なものだ。言っただろう、武田の行動は愚かだが目からウロコだったと』



「あんた、本当にイかれてる……」



『お褒めいただき、いたみいる。君は本当に残心がなってないな。今度こそ、チェックメイトだ』










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