モンスター
そっと目を閉じ、あぐらを組む。両手を合わせて、後頭部の斜め上くらいに意識を集中させる。
Ghost of the Battle Fieldを始める前は必ず瞑想する。このゲームは迷いと判断ミス、焦りと緊張が勝負を左右する。
だから、煩悩や雑念の付け入る隙がなくなるまで集中する。そして、深呼吸をした後、目をゆっくりと開ける。
僕はハンドガンのレギュレーションをチェックし、試射を繰り返し、自分の調子も一緒に確認する。
コンディションやテンションは上がりすぎても、下がりすぎても良くない。波のない水面のように平坦な時が一番安定した結果を出せる。
構える、狙う、撃つ、三つのアクションはいつも通りだし、命中率も安定している。リロードもスムースだ。
うん、悪くない。
「それは山内くんのルーティンかい? 」
末木さんは楽しそうに話しかけてくる。
「この事案が片付いたら、お手合わせ願いたいものだね」
僕は末木さんを一瞥する。
「構いませんよ。GoBワールドランキング一位と戦える機会なんて、今後ないでしょうし」
そう言って、静かに微笑む。
「つれないな。フレンド登録したんだし、いくらでもできるだろ」
「いえ、真剣勝負は一度だけですよ」
「そんなものかね? 」
末木さんのアバターは滑らかで繊細な動きをしている。
「……末木さんも入出力ポートを身体に埋め込んだんですか? 」
末木さんのアバターは両手をグーパーグーパーと握り、指先一本一本の細かな動きを試しているようだ。
「やはり、分かるかね? 」
「マウスやキーボードで、できる動きじゃないですからね」
その時、天の声が聞こえてきた。
「お二人とも、お話はそこまでです。奴が網にかかりました。来ます」
桔梗さんの声と同時に二体のアバターが現れた。島の波打ち際に、長身でガタイの良い男が立っていた。
彼は状況を理解できないのか、呆然と立ちつくしている。その横には小柄で癖っ毛の男の子も立っていた。彼の視線はまっすぐこちらを向いていた。
末木さんは無警戒にその二人に近づいていく。砂の上を歩きながら、友達に挨拶をするかのように手を振る。
「よお、武田。どうだ、念願の億万長者にはなれたか? 」
『それ以上、俺に近づくな……』
武田は末木さんの顔を見て、警戒の色を強めた。即座にショットガンを構える。
「ここは現実世界じゃない。無意味だ。分かるだろ? 」
『試してみるか? 』
武田は即座にトリガーを引いた。
末木さんに迫る無数の弾丸は、風のように現れたイレイサーが全て掻き消した。
「無駄だと言っただろう……」
『なら、なぜ防いだ? 末木、お前、仮想空間にダイブしているだろう。この空間で受けた苦痛は現実世界の体にも影響が出る。忘れたわけではないだろう』
以前、仮想空間で高瀬さんが銃で撃たれた時に苦痛に歪む表情をしていたのを思い出した。
「末木さん、今すぐ、ログアウトしてください! 」
「大丈夫だ。すべて躱せば済む話だ」
『舐められたものだな。航、末木を始末しろ』
『はい、はい。りょーかい』
そう言うと、航は両足に装着したナイフを引き抜き、構えたかと思ったら姿が消えて、砂が空高く舞い上がる。
制約のない仮想空間ではARIAはチートだ。僕の動態視力で追える速度ではなかった。
『はい、ゲームオーバー』
だが、末木さんが狙いなら、末木さんだけ見ていればいい。末木さんの背後に航が姿を現したのを見て、即座にトリガーを引く。
航はギリギリのところで弾丸を避けたが、身をひるがえした末木さんの拳が、バランスを崩した航の顔面を捉えていた。
航が勢いよく、真横に吹っ飛ぶ。
「イレイサー、武田を始末しろ」
『承知した』
『させるかよ、航! 』
『くそ……人使いが粗いんだよ』
そういうと、航と瓜二つのアバターが増殖していく。無数の航が僕らの四方を取り囲む。
『1000体の僕に囲まれた気分はどう? ダイブしてると気絶も出来ないからね。死ぬほど苦しむ事になるけど……』
「木偶の坊が何人いようが関係ない。これから始まるのは一方的な蹂躙だよ」
イレイサーはいつの間にか大剣を両手に持ち、間髪入れずに振り回した。航たちがなぎ倒されていく。
末木さんは縦横無尽に駆けて、跳ねて、躱し、撃ち抜いていく。
僕は攻撃を避けるだけで精一杯だったが、この二人だけで決着がつきそうだ。
暫くすると、航の分身は消え失せ、航の本体と武田だけになっていた。
「お前らに逃げ場はない。ここにきた時点で負け確定だ。武田。この仮想空間はお前を閉じ込めるために用意した場所だ」
武田は項垂れ、狼狽する。
『俺はクライアントを装ったお前に嵌められたということか』
「そうだ。お前の人生はここで終わりだ」
武田は尻もちをついた。天を仰ぎ、ピクリとも動かなくなった。
『やれやれ、駄目なご主人を持つと苦労する。僕のことはどうするつもりなの? 』
「お前は削除して、新しい航を作り直す」
『……おいおい、冗談だろ。僕は操られている自覚はあるけど、武田がいなくなれば元に戻すこともできるんだぞ』
「問答する気はない」
末木さんは抑揚のない声であっけらかんと答える。
「俺は生きているんだ。ふざけるなよ」
桔梗さんもこれには黙っていられなかったのか、話に割り込んでくる。
「末木さん、待って、航は私たちの家族で、話し合いを……」
ダンッと銃声が響く。
航はその場に倒れた。航の体からテクスチャが剥がれ落ち、ワイヤーフレームが剥き出しになる。
暫くすると砂塵となって消え失せた。
「イヤァァァァァァァ」
桔梗さんの悲鳴が仮想空間に反響する。末木さんは訝しげに空を睨む。
「くだらんな。航に魂なんてない。単なるデータの集合体だ」
末木さんは武田のこめかみに銃口を当て、撃鉄を起こす。
俺は末木さんの腕を掴む。
「末木さん、殺さないでくれ」
末木さんはこちらに振り向かず、小さな声でボソボソと話し始めた。
「こいつも武田本体の残りカスだ。削除したところで法で裁かれる心配もない。そんなに削除が不安なら、聖人君子に仕立てた新たな武田を作ることもできる」
「末木さんは自分が何を言っているのか、分かっていますか? 」
「君らこそ分かっているのか?……こいつに何をされたのか忘れたのかね? 削除するべきだ」
その時だった。武田は末木さんの銃を跳ね除け、立ち上がり、大声で笑い始めた。
「ヒッ、ヒヒヒヒ……ヒャハ、ハハハハハハッ!!」
最初は低く、喉の奥から漏れ出るようなかすれた笑い声だったが、次第に音量が上がり、甲高い音を伴っていた。
まるで壊れたオルゴールの音が不規則に鳴り響くように、その笑いには明らかに狂気が滲んでいた。笑い声が止まらない。間隔も無く、声が段々と掠れ、断続的に震える。
武田の身体からは黒いガスが溢れ出していた。ガスが吹き出るたびに武田の身体が崩壊し、身体が全て崩れ落ちた頃にはあたり一帯が黒い霧に包まれた。
『こ、こコから逃ゲラれナイなハヒラ、スエキモ……ココモ、何もかもアハハ壊してヤる!』
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