敗走
「チッ」
足音が天井から響く。俺は、思わず見上げた。
馬鹿な奴らだ。こんな所までノコノコやって来るとは……。まあ、いずれ関係者は全員始末する予定だったし、手間が省けたというべきか。
ただ、この場所がどうしてバレた? それだけが引っかかる。いや、関係ないか。全員殺してしまえば済む話だ。
バッグから銃を取り出し、スライドを引いた。
「逃げた方が良いんじゃないか?」
「あっ?」
その声に俺は苛立った。山内亮……、毎回毎回、俺の邪魔ばかりしやがって。挑発しているつもりだろうが、甘い。
「舐めやがって……全員殺して、拷問再開に決まってるだろ。すぐにお前の横に死体を並べてやる」
俺は静かに部屋を出て、隠し通路のそばで足を止めた。山内のバカが、何を企んでいるのか……。無駄な悪あがきに違いない。
息を潜め、部屋の中の様子を窺う。
「銃を持ってそっちに向かった! 来るな!」
案の定、馬鹿だ。あまりにも無意味な抵抗に笑いがこみ上げる。奴は絶望を知らないらしい。
俺はゆっくりと戻りながら、じっくりと山内の顔を観察した。まだ諦めていない表情……。頭の悪い奴だ。
「ここはな、地下室だ。しかも隠し扉を通らないと来れない。お前の声なんて届きやしない」
そう吐き捨てて、奴の顔面を蹴り飛ばした。
「無駄な努力ご苦労さま」
隣に死体が並んでも同じ顔をできるか、見物だ。俺は足早に隠し通路に向かう。
スマホで監視カメラの映像を確認する。四人の侵入者。二手に分かれているようだが、顔までは確認できない。
問題ない。奴らを一人ずつ慎重に始末するだけだ。隠し通路はいくつもある。まず一階から片付けて、二階の連中は後回しにする。
地下道を素早く進み、梯子を登って浴室へ。壁に身を寄せ、すりガラス越しに様子を伺う。完璧な計画だ。
今日という日は素晴らしい。一度に五人も片付けられるなんて、特に山内亮。奴には特別な拷問を施してやろう。
湊とその弟。ひしゃげた体を思い出すたび、あの時の感情が蘇る。脳裏に焼きついたその光景は、今も俺を興奮させる。
心臓が早鐘を打ち、手に汗が滲む。映像を見る限り、脱衣所に二人が侵入している。あと3秒、2、1……。
銃を構えた。来い。
……?
だが、何も起こらない。浴室は静まり返っている。
妙だ……。スマホには確かに二人が映っているのに。俺は慎重にドアを開け、脱衣所に踏み込んだ。誰もいない。
何かがおかしい。スマホを確認すると、侵入者が脱衣所を抜けて浴室に侵入していた。
浴室に侵入した一人がカメラを見上げている。
瞬間、俺の脳裏に嫌な予感が走る。
「山内亮……?」
急いで隠し通路を引き返し、山内が拘束されている部屋に戻る。
「……いない」
散乱した拷問器具と血痕が残っているだけだ。俺が浴室に移動している間に逃げたのか?
くそっ……!
苛立ちに任せて、椅子を蹴り飛ばす。
くそ、くそ、くそ……!
その時、どこか、ともなく人の声が聞こえた。
「ようやく気がついたか」
声の方に目をやると、そこにはスマートフォンが置かれていた。
「お前の異常な行動、全部撮影させてもらったよ。正直、殺されるかと思ったが……」
「きさま、いつから……!」
頭が燃えるように熱くなる。怒りで体が震え、近くの物を次々と叩き壊す。
くそ、こんなガキに……嵌められたのか!
俺は何度も深呼吸をして冷静になろうとしたが、焦りが全身を駆け巡る。
ここまでは上手くいっていたはずだ。クライアントの作戦通りだった……なのに、なんで先回りされているんだ。
……まさか、クライアントが裏切った? 俺を始末するために……?
まずい、ここで死ぬわけにはいかない。
仮想空間に戻るしかない……。
仮想空間に戻れれば、何度でもやり直しできる。クソ、クライアントにも必ず制裁を食らわせる。
俺は拷問部屋を飛び出し、隣の部屋に駆け込んだ。急いで、専用端末から伸びたケーブルを首筋の入出力ポートに接続する。
もう、この身体はダメだ。
全ての記憶データを吸い上げ、脳みそをフォーマットする。
覚えていろ、山内亮。必ず、殺す。
「──寛さん、聞いていたと思いますが、そっちに行きました」
暫くすると部屋の隅から音声が聞こえてきた。
「……ああ、分かっている。後は任せろ」
茶番はここまでだ。中原美奈、いや、武田健二──
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