笑う誘拐犯
緑とオレンジのストライプの入った電車が、プラットフォームに滑るように入ってきた。ギギギと音をたて、停車する。
午前10時1分発の籠原行きの電車に乗り込む。車内には吊り革に捕まりながら、うとうとする中年男性や無表情でスマホをタップする女性、車窓をぼんやり眺める学生や会社員たちが目についた。
薄暗い顔ばかりが、狭い箱に詰め込まれて、息苦しく感じる。
発車を待つ間、左手の人差し指で太ももをトントントンと叩き続けた。
プラットフォームから聞き覚えのある発車メロディが流れてきた。
このメロディを聞くたびに少し我慢すれば、この箱から解放される。そう感じて、僅かに気持ちが軽くなった。
咲夜が植物状態になってから、毎日病院に通っている。咲夜の状態はまだ安定していないため、地元の病院へは移送できないという。
そういった事情もあって、咲夜の母親もホテル暮らしをしながら、毎日咲夜のもとへ通っている。
彼女の両親は、咲夜が事件に巻き込まれたことで僕を恨んでいるかもしれない──そう思っていたが、違った。
むしろ、咲夜がいつも僕のことを楽しそうに話していたことを教えてくれた。そして、咲夜が「山内君に会いに行く」と言い出した時も、止められなかったという。
「山内くんのところに行くって決めたんは咲夜や。君が責任感じる必要はあらへん」
そう言いながら、咲夜の手にそっと触れる彼女の母親の顔は、どこか寂しそうだった。
電車がガタンゴトンと揺れる。単調なリズムに合わせるように、咲夜のことを思い出してしまい、頭がおかしくなりそうだ。
だから、電車に乗る時はいつも音楽を聴いている。歌詞に集中していれば、余計なことを考えなくて済む。
ワイヤレスイヤホンを耳に着け、音楽アプリを起動する。いつものプレイリストを再生するが、音楽が流れてこない。
スマホを見ると、イヤホンが接続されていないようだ。調子が悪いのかと設定を確認しようとした瞬間、大音量で音楽が流れ始めた。
……聞いたことのない曲だ。
軽快なサウンドに、ドンシャリと響くビート。女性ボーカルの声は天高く舞い上がり、透き通るように美しい。
だが──
──なんだ、これは?
突然、音楽が止まり、電車の揺れる音が戻ってきた。その後、誰かの息遣いが耳元に響く。
「あー、あー、山内くん。聞こえるか? 」
「誰だ、お前!?」
思わず叫んでしまった。周りの人々が怪訝そうな顔でこちらを睨む。
「──これは録音だ」
慌てて周囲を見回すが、誰も彼も怪しく見える。
「あまり、時間もないのでね、用件だけ伝える」
なぜ、僕のイヤホンに他人の声が流れてくるんだ?しかも、声は女性なのに一人称が"俺"だ。
「西園寺雫は俺が軟禁している。返して欲しければ、指示に従え。詳細は追って連絡する。それと、俺とのやり取りを他言するな。他言した場合、西園寺雫も四ノ原咲夜も殺す。どこでも、いつでも、俺はその二人を殺せる」
謎の人物が話終わったタイミングで電車が辻堂駅に到着し、ドアが開く。乗客がパラパラと、降りていく。
再び周囲を見渡すが、怪しい人物は見当たらない。ドアが閉まる。
「窓からプラットフォームを見ろ」
プラットフォームに目を向けると、階段に向かって歩いている人の流れの中、一人だけ立ち止まり、電車を眺めている人物がいた。
その人物は原色のジャンパーを着て、ニット帽を深く被り、ポケットに手を突っ込んでいる。髪は肩まであり、身長は僕より低い。
こちらの視線に気づき、奴は薄く笑った。わずかに見えた歯が鈍く光っている。
親指と人差し指でニット帽を摘んで、グイッと上げる。隠れていた顔が露わになり、醜く歪んだ口元には歯科矯正器具が装着されていた。
奴は僕の顔を見て、腹を抱えて笑い始めた。
人混みを掻き分け、電車のドアにへばりつき、力いっぱい叩くが、無情にも電車は動き出す。
──あいつは
「中原美奈──!!」
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