表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARIA  作者: 残念パパいのっち
ゴースト
68/99

掌に残った物は

興醒(きょうざ)めだな、佐藤梢(さとうこずえ)。お前の(にく)しみはそんなものか?」


そこには見知らぬ男が立っていた。背が高く、肩幅も広い。身体つきは、普段から運動しているのだろう、引き締まっている。


身の危険を感じた。


考えるよりも先に身体が動いた。出口に向かって全力で駆け出す。


ラインを避ける必要があるため、回り道しなければならなかった。


周囲が暗くて見えず、瓦礫に躓いて転倒した。頭が真っ白になる。


捕まったら絶対に逃げられない。力であの男に勝てる気がしなかった。


必死に立ち上がると、右足に激痛が走る。


躓いたときに足を捻ったのだろう。


でも、今はそんなことに気を取られている暇はない。歯を食いしばり、足を引きずりながら出口を目指す。


視界には出入口が見えている。あと少し……!


しかし、またしても転倒した。焦るが、思うように起き上がれない。


ジタバタしていると、身体ごと持ち上げられ、肩まで担ぎ上げられた。


視界が高くなり、入口から徐々に遠ざかっていく。手足をバタつかせ、担いだ男を叩いたが、びくともしない。


「逃げるなよ。君の復讐を手伝ってやる」


「嫌っ、離して!」


「……大人しくしていろ。逃げるなら、両足の腱をそこの糸鋸で切断する」


男の声は淡々としていた。お菓子の封を切るくらいの軽さで、逆にそれが怖かった。


身体から力が抜け、最早、抵抗する気力もなかった。


木下(きのした)がいた場所まで戻ってくると、私はその場に降ろされた。


男はスマホを取り出し、私の視界に入るように画面を見せてきた。そこには、私が金槌を握り、木下(きのした)を殴ろうとしているところが映っていた。


「ここまでは良かった。表情もいい。人殺しの目だ。だから使わせてもらったよ」


ゾッとした。この男は隠れて一部始終を撮影していたのだ。


でも、この動画は奇妙だった。映像の中の私は金槌を振り上げていたのだ。


そして、振り上げたかと思ったら、あっという間に木下(きのした)の頭に振り下ろしていた。


脳天(のうてん)に直撃し、木下(きのした)の頭から血が吹き出す。何度も金槌を振り上げ、滅多打ちにしていた。


()の中のものがこみ上げてきて、その場で吐き出してしまった。口の中に嫌な酸味が残り、頭がクラクラする。


その時だった。パン、と音がして、顔が真横を向く。遅れて頬がジンジンと痛みだした。


「汚ねぇな。あと、勝手にもどすな。辻褄が合わなくなるだろうが」


涙が止まらず、再び吐き気がこみ上げてきた。


また、頬を叩かれた。


なんで私は叩かれているのか。なんで、身に覚えのない殺人動画を見せられているのか。なんで私はこんな場所にいるのか……。


考えても答えが出ないことが頭の中をグルグル回り、自分の嗚咽でわけが分からなくなっていた。


吐くたびに叩かれ、罵られ、早く、この悪い夢から覚めてほしいと願った。


「吐瀉物だらけじゃないか。……まあ、いい。考えようによってはこの方が真実味がある」


武田(たけだ)はおもむろに床に落ちていた金槌を手に取る。そして、私の両手にその金槌を握らせた。


「……人間ってのはな、体感していないことは説得力に欠けるんだ。なんでだと思う?」


私は男の顔を見上げた。ランタンの灯りが男の顔を照らし、その半分を影で覆い隠した。


「君が手に持っている金槌の重さ、埃っぽい空気、吐瀉物の味、絶望に沈む気持ち……五感のすべてで味わった感覚を言語化すると、言葉に魂が宿る。体感していない言葉が薄っぺらく感じるのは、そのせいだ」


何を言いたいのか分からない話に気が遠くなる。でも、あることに気がついた。私の動画は後から作られたもなのだ。


つまり、フェイクポルノと同じだ。


「……あなたなの? フェイクポルノを作ったのは」


武田(たけだ)はニイッと笑った。


「この状況でその結論に至るとは……だから頭の良い女は好きだ。君を捨て駒にするのは勿体ないが……背に腹は代えられない」


そう言うと、武田(たけだ)は私の両手を包むように押さえつける。そして、私の両手ごと金槌を上に振り上げた。


「い、いや……」


「人の頭蓋(ずがい)を砕く感触は……やはり、実際に体感しないと分からないからね。頭蓋(ずがい)を砕くことで君の証言は真実味を増すんだ」


強い力だった。振り上げられた腕に力を込め、全身を左右に振り、全力で抵抗するが、それでも抗うことができなかった。


そして、腕は無常にも振り下ろされた。


「いや、やめてぇぇぇぇぇ──」


──手に残った感触が消えない。


三神先生(みかみせんせい)……私は木下(きのした)を……こ、ころ……し……」


三神先生(みかみせんせい)は私をそっと抱きしめてくれた。その優しい温もりで、涙がとめどなく溢れた。


涙に滲んだ世界に、一掬いの水を得たように感じた。


そうか、私を救う言葉は身近にあったんだ。なんで気がつかなかったんだろう。


私は三神教授(みかみきょうじゅ)の背中に手を回した。


温かい……。


いや、温かいだけじゃない。手にぬめりのようなものを感じた。


はっとして、顔を上げると、滲んだ視界に黒い影が映った。そこには悪魔が立っていた。


武田(たけだ)……」


\ いいね や ブックマーク / をもらえると、テンション上がるのでよろしくお願います!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ