殺し赦し問わに
「寛さん……?」
「悪い、遅くなったな」
寛さんは武田の上段蹴りを右腕でガードしながら、いつになく張り詰めた表情で答える。
「京香叔母さん、早く四ノ原を!」
「……寛くん? なんで、ここに」
「いいから、早く」
高瀬さんはお腹を抱え、足を引きずりながらこちらに駆け寄ってく る。
「弾丸が額から頭頂部にかけて貫通してる。とりあえず、止血する」
高瀬さんは周りに落ちている瓦礫 を咲夜の頭の下に入れて、枕代わりにする。
「何か、タオルみたいなものはある? 」
「バッグにハンドタオルくらいなら」
「十分よ。いい、こことここををタオルで押さえて、圧迫止血して」
その間、高瀬さんは咲夜の手首から脈拍を測り、呼吸を確認する。
「生きてはいるけど、脈拍も呼吸も弱い。......駄目、逝かないで、頑張って!」
高瀬さんはすぐに気道確保と人工呼吸を始めた。
その横で、寛さんは武田と激しい攻防を繰り広げていた。寛さんの表情は強張り、歯を食いしばっている。
攻撃を全てさばき切れないのか、時折、武田の打撃や蹴りを受けている。
それに対して、武田は弱者をいたぶる快感に浸っているかのような、湯悦に満ちた顔をしていた。
武田の拳が寛さんの顔面を捉え始め、途中からガードする余裕もなく、一方的に殴られる状況になった。
武田は周囲を気にせず、寛さんに集中していた。その時、末木さんが横から武田に体当たりをした。
武田は体勢を崩し、倒れそうになる。
「末木!!」
武田が末木さんの顔を力いっぱい殴りつけた。しかし、殴られる直前、末木さんは口元に僅かな笑みを浮かべたように見えた。
「余所見とは余裕だな」
「しまっ……」
寛さんはその僅かな隙を見逃さなかった。
寛さんの上段蹴りが武田の顔側面に直撃し、首が折れそうなほど曲がったかと思うと、武田は白目を剥いて倒れた。
ラインに身体がぶつかり、跳ね返って、瓦礫の散乱する床に横向きに倒れた。
ドシンと重たい音が、工場内に響き渡った。
寛さんも集中力が切れたのか、その場で尻もちをつくように座り込んだ。
「寛くん、大丈夫? 」
「ええ、まあ、何とか……。後、10分もしない内に救急車が来るので、叔母さんと山内は処置を続けてください」
その場にいた、誰もがほんの一瞬ではあるが緊張の糸が切れたのだと思う。
もちろん、咲夜は予断を許さない状況だし、負傷者も沢山いる。
でも、武田が倒れたことで状況が良くなって行くのではないかと錯覚させるくらいには油断したのだ。
一人を除いては。
「佐藤先輩……? 」
佐藤先輩は立ち上がり、ふらふらと歩き始めたかと思うと、腰を曲げて何かを拾い上げた。
そのまま、彼女は武田を真下に見下ろす位置まで来ると、拾い上げた黒い物を武田に突きつけた。
僕たちは武田の襲撃により、大事な事を忘れていた。
何故、彼女がこの工場にいるのかを。
「……佐藤、お前、何してるんだ」
佐藤先輩のもとへ行こうと寛さんが立ち上がろうとするが脚に力が入らないのか、倒れてしまった。
僕も高瀬さんも咲夜の処置で手が離せないし、末木さんは殴られた時に気絶をしたのかピクリとも動かない。そして、三神教授もずっと意識を失っている。
そこに彼女を止められる人間がいなくなっていた。
「こいつのせいで私の人生めちゃくちゃになったの……」
「佐藤、駄目だ、よせっ!」
「佐藤先輩!」
佐藤先輩は武田の落としたハンドガンを武田の頭に向け、引き金を引いた。
ダンと音が反響したかと思うと、カランカランと薬莢が床に落ちて乾いた音を立てる。
僕は目をつぶってしまった。目を開けたら、佐藤先輩が武田を殺した事実を受け入れなければいけない。
それが怖くて瞼をぎゅっと固く瞑り、誰かが何かを、発するのを待ってしまった。
「ミス佐藤、人殺しは見過ごせ……ないな」
三神教授の声がした。
目を開けると、三神教授が佐藤先輩の手首を掴み、弾丸の軌道を武田から逸らしていた。
三神教授は、佐藤先輩の手首を掴んだまま、彼女の震える手からそっと銃を取り上げた。
彼女の目は虚ろで、何かを見ているようで見ていない。
まるで、現実から逃れたいかのように、彼女の意識はどこか遠くに飛んでいるようだった。
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