暗闇に響く銃声
ポケットからスマホを取り出し、雫に発信しているが応答がない。
「何度、発信しても同じやろ。そのうち掛かってくるって」
「……そうだね」
「それより、ちゃっちゃと工場の中を確認するで」
深呼吸をして、気を引き締める。
ドアを静かに開けて、俺たちは工場の中に足を踏み入れると……微かに人の声が聞こえた。
中にいるのが佐藤先輩ならいいが、悪意を持った人間の可能性もある。
奥に進もうと思ったが、内部は薄暗く、足元には鉄くずやガラス片が床に散らばっている。
咲夜に目配せして、一旦外に出るように指示を送った。
「どうしたん?」咲夜が小声で尋ねてくる。
「多分、中に誰かいる。静かに近づきたいんだけど、足音が……ね」
「靴、脱いだらどうなん?」と咲夜が提案する。
「足の裏、切らない?」俺は心配そうに聞き返した。
「亮も私も靴下履いてるし、なんとかなるって」
「それもそうか」
確かに、靴下で歩けば足音はだいぶ抑えられる。俺たちは靴を脱いで、改めて建物に侵入した。
まだ、夕暮れまで時間はある。中は薄暗かったが、工場の二階の窓から日の光が差し込んで見えないほどではない。
俺は咲夜と一緒に慎重に奥へと進むと、工場のラインが見えたので、その物陰に身を潜める。そこから顔を少しだけ出して、奥を覗き込んだ。
薄暗がりの中で、誰かが体育座りしているのが見えた。スウェットにジーンズという出で立ちで、膝を抱えるようにして顔を伏せている。
横顔しか見えないので、あれが佐藤先輩なのかわからない。そして、聞こえる小さく唸るような声が、心をざわつかせた。
スウェットの人物から聞こえている感じではない。他にも人がいるのだろう。
俺はすぐに咲夜の方を振り返り、小声で指示を出す。
「僕が行くから、咲夜はここで待機してて」
咲夜は僅かに目を見開いて俺を見つめたが、すぐに頷いて「分かった。気をつけてな」と囁いてくれた。
僕は身をかがめながら慎重に女の子に歩みを進める。その気配を察したのか、女の子は顔を上げた。
「山内……君?」
「佐藤先輩!」
思わず、少し大きな声を出してしまった。
佐藤先輩の目尻には涙の跡があった。髪はボサボサに乱れ、顔は少し腫れているように見えた。
「先輩、大丈夫ですか?」俺はできるだけ優しく声をかける。
「……げて」
「えっ?」
「う……しろ」
僕は後ろを振り返ると、三神教授が仰向けに倒れ、壁に寄りかかる形で脇腹を抑える末木さん、お腹を抑えて俯く高瀬さんが目に入った。
高瀬さんは僕に気づき、叫んだ。
「駄目、ここから逃げて!」
僕は反射的に立ち上がり顔を上げた。その視線の先に、凶悪な笑みを浮かべた武田が立っていた。
武田は手にハンドガンを持っており、銃口がこちらを向いている。
「中原美奈は失敗したのか。どうやって、車から脱出した?」
背中に冷たい汗が流れる。状況はなんとなく分かったが、どう対処するのがベストなのか分からない。
時間を稼ぐしかない。
「……有名な話だよ。知恵と勇気を振り絞っただけだ。あんたこそ、法治国家の日本でどうやって銃を仕入れたんだ?」
「ああ、これか」
武田の視線が僅かに銃に向いた。
「苦労したよ。ネットで設計図をダウンロードして、3Dプリンタで部品を作成、足りないパーツを調達してようやく一丁組み立てたんだ」
「へぇ、何発撃てるんだ?」
「8発だ」
「気前がいいじゃないか。なんで教えてくれたんだ?」
「どうせ、すぐ殺すからな」
武田は素早く銃を構え、狙いを俺に定める。まずい、何か話さないと。
「その距離から僕に当てられるのか?」
「練習したからな、安心して撃たれてくれ」
もっと会話を引き伸ばさないと。駄目だ、考えがまとまらない。
「もう、死ね」
「うわぁぁぁぁ!」
その時、咲夜が武田の背後から現れ、武田に向かって体当たりをした。
武田は不意打ちを受けてよろめいた。ダンッと工場内に銃声が反響し、跳弾がラインに当たる。
咲夜は武田にしがみつき、銃を奪おうとしている。
「また、お前か……」
「亮、逃げろ!」
逃げられるわけがない。僕も武田に向かって飛びつく。二人がかりなら、倒せるかもしれない。
「きゃっ!」
咲夜が悲鳴を上げる。
武田は僕が掴みかかるより早く、銃の弾倉で咲夜のこめかみを殴り、引き離した。
そして、僕が掴みに行った手をするりとかわす。武田の獰猛な瞳に殺意の光が灯っていた。
刹那、恐怖で思考が停止した。次の瞬間には背中から転倒し、天井とこちらを見下ろす武田の顔が見えた。
殴られたのか?
まずい、気を失いそうだ。
意識が遠のくのを必死に抵抗していると、急な痛みで現実に引き戻された。
背中が、頭が、顎が痛い……立ち上がりたいが、足に力が入らない。
視界が暗くなった。顔を踏まれて、靴底の凹凸がめり込んでくる。
「あっはっはっはっ。いいね、悪足掻き。そういう無駄な努力をする奴は嫌いじゃない」
「武田っ。こんなことをして捕まらないと思っているのか?人殺しをすれば、あんたに待っているのは死刑だけだ」
俺の顔を踏みつける足の圧力が強くなる。
「だから、なんだ?そんなことは対策済みだ。何人殺しても問題ない」
「なんだと……」
「例えば、こんな風にな」
武田は顔色一つ変えずに、ダンッ、ダンッと銃を放った。
その音に目をつぶってしまう。恐怖で自分が竦み上がっている事に気がついた。
「…………? 」
頭や顎に痛みはあるがそこまでじゃない。
武田の銃口は俺の方を向いていなかった。なら、どこに発砲したんだ。
急激に身体から体温が抜けていくような焦燥感と黒く纏わりつくような重い感情で埋め尽くされた。
目を開けると、武田の足元に、靴下を履いた足が見えた。
武田は僕の顔を踏みつけていた足をどかした。
そして、しゃがみ込み、僕の顔を真っ黒な瞳で食い入るように見つめていた。
「いい顔だ。そういう顔が見たかった」
武田は恍惚とした表情を浮かべる。
僕は涙が溢れ落ちた。
咲夜……咲夜……
よろよろと立ち上がり、武田の横を通り過ぎて、咲夜の元に向かう。
頭部から流れ出る血液で、頭の下に赤黒い血溜まりが出来ていた。
呼吸をしている?
身体は動いている?
瞳孔は……開いて……
血溜まりに膝をついたら、パシャンと音がした。
「……咲夜」
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