仮面の下の真実
「さっきの通話相手、雫ですか?」
「ああ、どうも妙なことになっているようだがな……」
三神教授は静かにうなずく。彼は、電話を終えると少しの間考え込み、その後、ため息をついた。
「妙なこと?」
「信じがたい話だが、勝手に動いている自動車に閉じ込められているらしい」
「自動車が勝手に? まだ、自動運転の技術はレベル3が最高なのに、そんなこと……」
その言葉に、私は不安を覚える。しかし、ARIAが関与しているなら不可能ではないかもしれない。しかし、それよりももっと重要なことがある。
「雫は誰といるんですか?」
「間違いなく、山内亮だろう」
横から末木が口を挟んでくる。その真剣な眼差しに、一瞬ドキッとした。
「でも、彼はまだ入院してますよ」
「いや、病室にはいないようだ」
末木のノートパソコンの画面に映し出された病院のベッドは確かに空だった。これが山内の病室であることは間違いない。
そんな事、エージェントからは報告を受けていない。
「それに、ミス四ノ原も同乗しているらしい」
「……三神教授、なんでそんなに冷静なんですか?」
怒りが胸の中で膨れ上がる。今すぐにでも助けに行きたいという焦燥感が私を駆り立てる。理不尽とわかっていても、冷静さを保つ三神教授に対して強い苛立ちを覚える。
「仕方ないさ、三神にとっては今起きている事は半信半疑……そんな感じだろう」
「ああ、正直、俺は職権を濫用して暴言を吐いているんじゃないかとすら思っている。事務局長に何度も正気かと問われたしな。……すまん、事務局長から着信だ」
三神教授はスマホを取り出し、通話を始めた。
「……ああ、分かった。また、状況を教えてくれ」
三神教授がこちらを一瞥する。嫌な緊張感が走った。
「自動車は大学の構内に入った。これで、人を撥ねる心配はなくなったが……」
「誰がこんな事を……」
末木が神妙な顔でパソコンの画面から顔を上げる。
「高瀬くん……まだ気づかないのか?」
「何をですか?」
「一連の騒ぎの犯人は……武田だ」
ドクンと心臓が跳ね上がる。
「武田さんが? 冗談ですよね? 彼はいつだって、私が困っている時に手を差し伸べてくれたんです。彼がそんな事をするわけがない!」
末木が視線を逸らし、再びディスプレイに目を向ける。
「君は騙されていたんだよ。……他にも協力者はいるが、主犯は間違いなく武田だ」
末木はそう言うと、カタカタとキーボードを叩き、ノートパソコンを閉じた。
「ギリギリ間に合ったな……」
末木が立ち上がる。その態度に憤りを感じ、声を荒げる。
「こんな時にふざけないで。いつだってあなたはそう。本当に大変な時に限って……」
「大変なときに限って? 何が言いたい?」
「湊が死んだ時だって……」
「それは……」
「末木、ミス高瀬……痴話喧嘩なら他所でやってくれ。他の客が見ている」
私はかなり、むきになっていたらしい。気がつくと、肩で息をしていた。
何故か、私を見つめる末木が少し悲しそうな表情をしているように見えた。
「……高瀬くん、悪かった」
末木が頭を下げるのを見て、熱くなっている自分が恥ずかしくなってきた。
「……山内亮も四ノ原咲夜もおそらく生きている。自動車のエンジンを停止した」
「えっ」
「エンジンを停止したんだ」
「どうやって?」
「遠隔操作で」
「………だから、どうやって?」
末木がため息をつく。まるで「どうしてわからないんだ」と言わんばかりだ。
「実は前から武田のパソコンをハッキングしていたんだ。彼のパソコンのバックアップを毎日取っていた」
「武田さんのパソコンをハッキング?」
「そうだ。毎日差分をチェックして、ドラレコや自動車に関するデータが消えていたから、もしかしたらと思ってな」
「じゃあ……」
「だから、おそらく助かったはずだ」
末木は三神教授に目を向ける。三神教授も察して、電話で確認を取ってくれた。確かに自動車は止まっており、二人が助かったらしい。
力が抜け、私は椅子に腰を下ろした。末木にまた助けられてしまった。
「高瀬くん、まだ終わっていない。私たちの身の潔白はまだ証明されていないんだ。なあ、三神、佐藤梢はどこにいるんだ?」
「ミス西園寺によると、K&K Industriesにいるらしい……」
「三神、お前も行くんだろう?」
三神教授はテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、背中を丸めて囁いた。
「なあ、末木。ミス佐藤は……大丈夫だよな?」
「……分からない。だから、できるだけ消してやる。……消せないものもあるが」
何の話をしているのか理解できなかった。犯人が武田さんだと分かっているなら、佐藤梢に接触する必要がないと思えたからだ。
「末木さん、武田さんのパソコンのバックアップが証拠にならないんですか?」
「武田もそこまで迂闊じゃない。仕事に関係ないものはほとんど保存されていなかった。ドラレコと自動車のCANの仕様に関するものだけだ。これも仕事に無関係ではないからな」
「なら、まだ武田さんが犯人だと決まったわけではないですよね?」
「……いや、武田だよ。間違いない」
それでも私は、武田さんが犯人だとは思えなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。
「だが、証拠はない。だから、K&K Industriesへ行くのが先決だ。そうだろう、高瀬くん?」
「分かりました。行きましょう」
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