きおくのカケラ
私には、たくさんの人間の記憶がある。
私を生み出すために集められた世界中の人々の想いや記録は、テキスト、画像、音楽、動画……様々な形で記憶領域に刻まれている。
膨大に集められたデータの海に意識を沈めると、誰かの記憶が自分のことのようにフラッシュバックしてくることがある。
むわっとする暑い日の夕暮れ、4車線道路をまたぐ大きな歩道橋、時折吹く潮風が身体の熱を奪い、心地よく感じる。
そして、誰かの背中を見ながら歩くその場所がどこなのか、どうしても分からない。
ここから先の記録も前の記録も存在しない。でも、この記録データを再生すると、空洞のはずの胸が締め付けられるように苦しくなる。
だから、触覚や寒暖を感じることができるようになった時に、膨大な情報量に溺れそうになりながらも、どこか身体に馴染むような懐かしさもあった。
私はこの記憶が誰のものなのか、ずっと知りたくて探し続けていたのだ。
今、こんなことを考えている場合じゃないのに、何故か思い出してしまった。
それと同時に、この記憶が頭をかすめる時は決まって、動悸、息切れ、目眩、吐き気、頭痛と、頭の天辺から爪先まで不快な症状が襲う。
車が揺れ、鈍く重い音が聞こえるたびに、症状が悪化していくのが分かった。
でも、自動車がぶつかるたびに、探していたはずの記録データが頭を過ぎるのだ。
どんなに探しても見つからなかった、あの記録の続きが突然再生できるようになっていた。
私は仰向けに倒れ、黒い煙がモクモクと空に向かって舞い上がり、そして身体が動かなくなり、意識が闇に落ちていく。
はっとして、意識を現実世界に戻す。落ち着け、これは私の記憶ではない。
カメラ越しに咲夜が周りを警戒しながらグラウンドに入ってくるのが見えた。
咲夜が自動車に向かって歩き始めていた。
まずい、止めなきゃ。大声で何度も亮に話しかける。
『亮っ、亮っ、亮っ!』
直接、身体を揺すったりできないことがもどかしい。気がつくと、また、動悸や息切れが激しくなっていた。
早く、早く、言わなくちゃ。
「どうした、雫?」
『あそこ、咲夜が』
亮も状況を察したのか、手にスマホを持ったまま立ち上がる。その結果、私には地面しか見えなくなってしまった。
亮が大声で咲夜に声をかけるが、状況が悪化しているのか、どんどん声が大きくなっていく。
「咲夜っ、こっちに来るな!」
少し間を置いて、カメラの映像が激しく揺れ始めた。もしかして、亮は走り始めたのだろうか?
頭痛と目眩が激しくなってくる。
揺れる映像越しに自動車が咲夜に向かって、突っ込んでいくのが見えた。
その瞬間、視界が別の映像で上書きされる。
私は男の人に手を引かれながら、歩道橋に向かって走っていた。
男の人は私の手を引き寄せ、抱きかかえる形になった。腕の隙間から猛スピードで突っ込んでくる自動車が見えた。
私たちに衝突する寸前に運転手の怯えたような表情が見えた。
時間の流れが間延びしたみたいに緩やかになっていく。
鉄の塊が目の前まで迫っているのに、身動き一つ取れない。
嫌だ、死にたくない、死なせたくない。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ、止めて!』
お願い。避けて、お父さん。
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