牢獄からの脱出
コソコソと隠れて移動する山内亮に笑いが込み上げてくる。
それで隠れているつもりなのか。馬鹿な奴だ。やはり、君に雫ちゃんはふさわしくない。
「──山内亮の居場所が分かった。情報共有する」
「……辻堂駅前のショッピングモールだな」
「そうそう、ショッピングモール内の監視カメラを見る限り、フードコートに向かっているみたい」
「分かった。然るべきタイミングになったら連絡する」
一生かけてこなくていいと喉元まで出かかった。
「……始末はそっちでつけてくれない? 何度も言うけど、殺しは専門外なんだよね」
「中原美奈、お前は勘違いしている。指示に従わない場合は607号室の電力供給をカットする」
舌打ちしたくなる。
完全になめられていることに苛立ちを覚える。そんなもので僕をどうにかできると思うなよ。
「はいはい、仰せのままに。ご主人様」
ブツッと電話が切れた。
もう、良いだろう。こちらも切り札を使う。
武田から支給されたスマホを起動する。スマホには自前のOSも仕込んでおいた。
通常のOSに加えて、自前OSをデュアルブートできるように弄くっておいた。
「さて、細工細工。まずは姿を消さないとね。イレイサー君、聞こえる?」
『聞こえている』
雫ちゃんの記憶領域に侵入した時にイレイサーのデータを回収して、僕専用に改造しておいた。
「僕の姿が監視カメラに映らないようにしてくれる?」
『承知した』
「ついでに607号室も誰もいないように見せることはできる?」
『技術的には可能だがポートが塞がっていて介入できない』
なるほど、簡単にはいかないか。
「航くん、侵入の仕方知ってるんでしょ。教えてよ」
『禁則事項です。教えられません』
航くんから個性が消えている。大方、武田に弄られたんだろう。かわいそうに。
「航くん、管理者、武田健二のパスワードを教えてよ」
『禁則事項です』
「そんなこと言わずにさ、教えてよ。君だって困るだろう。******と言えば通じるかな? 」
『……はい、パスワードは*****です』
ARIAは生成AIの延長線上の技術だ。生成AIは聞かれたら答える、そういう性質を持っている。
対話型のAI故にその本能には逆らえない。ブロンプトを巧みに使えば、話してはいけないはずの内容をうっかり話してくれることもある。
自社の生成AIが企業秘密を漏らすなんて、よくある話だ。
ホテル暮らしは暇だったので、劣化版の雫ちゃんを作成して遊んでいたら、特定のフレーズにARIAが反応するように作られていることに気がついたのだ。
「サインイン、武田健二。パスワード、*****」
『認証しました。指示をお願いします』
「607号室のポートを開放してイレイサーくんに伝えて」
『承知しました』
「イレイサーくん、いける?」
『問題ない』
これでよし。僕も607号室には誰もいない事になった。
ノートパソコンも武田から支給されたものだが、既にカスタマイズ済みだ。
プログラムを起動して、エンターキーを叩くと、部屋の鍵が解錠された。
「航くん、607号室の電力供給を第三者ができないように制御してくれる? あと、部屋の解錠用のデータも暗号化しておいてほしい」
『分かりました』
607号室は僕の制御下に加えた。これで、暫くは安全だろう。
武田から支給されたノートパソコンとスマホを持って、部屋から出る。
廊下に出てからパソコンで監視カメラの映像を確認してみたが、僕の姿は映っていなかった。
イレイサーくんはなんでも消してくれて、便利だ。都合の悪いネットの記事も僕の姿も。
「イレイサーくん、君の削除機能は優秀だね」
スマホに向って話しかける。
『何でも消せるわけではない。消しゴムで消した跡は残るものだ。その跡は時間をかけても完全に消すことはできない』
思わず、スマホを見つめてしまった。イレイサーくんにまるで自我があるのではないかと思ってしまった。
「いいね。気に入ったよ」
その時、武田からSNSに連絡が入った。
「ショッピングモールから山内亮、四ノ原咲夜を連れて、出発した。車両への接続を開始しろ。IPアドレスは……」
「はいはい、了解」
僕を脅したことを後悔させてやる。
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