奪われた制御権
ショッピングモールの駐車場に武田さんの自動車は停めてあった。
白のSUVがどうやら武田さんの車らしい。念の為、ナンバーを暗記しておく。
心の中で復唱する。湘南310れ2***、湘南310れ……
いきなり、武田さんが僕の目の前に鍵をぷらぷらとぶら下げる。
「あの……? 」
「俺のことが信用できないんだろ。なら、運転は君がした方がいいだろ」
「いや、僕、免許証持ってないんですよ」
「なんだって」
武田さんは困った顔をしていた。咲夜が割って入り、鍵をつかむ。
「なら、私が運転するわ」
『咲夜、車の運転できるの? 』
「チョチョイや」
咲夜が運転席に、後部座席に僕と武田さんが乗り込む。武田さんは背負っていた斜めがけカバンを座席にドカッと下ろす。
僕は座る際にバランスを崩して、武田さんのバッグに倒れかかった。
「あっ、すみません。バッグに乗ってしまいました……」
「別にいいよ。安物だからね。しかし、信用がないな。後部座席にわざわざ座るなんて、監視のつもりかい? 」
「そんなところです」
ショッピングモールを出て、国道一号線を茅ヶ崎方面に走る。茅ヶ崎駅前の道を右折して、暫く走ると坂道が増えてきた。
この辺は高低差があり坂も多い。茅ヶ崎と言うと湘南の海のイメージがあるが、内陸部に入るほど山に近いイメージに変わる。
目的の"K&K Industries"は坂道を登りきった山の中にあるイメージだ。
工場に行く前にコンビニで止めて欲しいと武田さんに言われて停車する。
「お茶を買ってくるから、車で待っててくれ。君たちもいるかい? 」
「僕は大丈夫です」
「私もいらんで」
『……私は飲めないからなぁ』
武田さんは苦笑する。斜めがけカバンを肩に下げる。
「……じゃ、行ってくる」
そう言うと車から降りて店内へ入っていった。咲夜はハンドルにもたれかけながら、武田さんの店内の様子をつぶさに観察している。
トイレに入ったかと思うとすぐに出てきて、観音開きのガラス戸を開けて飲み物を取り出している。
『……武田さんは味方なのかな? 』
「いや、間違いなく敵やで」
「そういえば、武田さんは嘘をついているって、なんでそう思ったの? 」
「大した話やない。他人事だったからな」
『他人事? 』
咲夜は身体を起こして、雫の映っているスマホを見つめる。
「武田さんの話だと内部派閥の一部が、ARIA関係者を失脚させたいって話やろ? なのに当事者の武田さんは涼しい顔してんのは変やろ」
「確かに……淡々と他人事みたいに話してたね。でも、それって僕らに気を遣わせないためって可能性もあるよね」
『高瀬の話をした時は気にしてる素振りはしてたけど……』
咲夜が人差し指を左右にふる。
「武田さんの話は視点がおかしいねん」
「どういうこと? 」
「この話に武田さんが登場せえへんのは、話の主語が自分だからや」
『……あっ、確かに武田さんを中心に据えると聞いた話に違和感がなくなる』
「そやろ。末木さんも、高瀬さんも武田さんにとってはどうでもええ話ってことや。それにな、もう一つ決定的におかしいことがある」
「おかしいこと? 」
「車のナンバー覚えてるか? 」
「湘南310れ2***だろ」
『あっ……それ、レンタカーのナンバーじゃん』
「変やろ」
コンビニの自動ドアが開き、武田さんが出てきた。袋を腕からぶら下げ、スマホ片手にどこかに電話をしているようだ。
ブーブーブーと僕のスマホが振動する。
「あれ、武田さんからだ……」
通話ボタンをタップする。
「やあ、山内くん」
「なんで、電話を? 」
「なんでもなにも、ここでお別れだからね」
「お別れ……? 」
その言葉を聞いた途端に咲夜が乱暴にドアハンドルをガチャガチャと力一杯に低く。
ドアハンドル付近のボタンやロックを片っ端から操作するがドアは開く気配すらない。
僕も後部座席のドアを開けようとしたが、やはりびくともしない。
窓ガラスを力いっぱい叩くがガラスがたわむだけで割れる感じではない。
「何をした……!? 」
「別になにも。僕はコンビニで知り合いに電話を一本入れただけさ」
『この車……ハッキングされてる? 』
「ご明察。流石AK-002だ。高瀬さんの最高傑作だよ、君は」
『……何が目的なの? 』
「僕も自分の身がかわいいものでね。俺の代わりに殺人犯になってもらう」
フロントガラス越しに通話をする武田さんは口元がぐにゃりと歪む。
手段を選んでいる場合じゃない。
ノートパソコンの角でドアガラスを全力で叩く。樹脂の本体が砕けて飛び散り、窓ガラスも少し欠けてきた。
後、少し……!
そう思った途端に手からスルリとノートパソコンが滑り落ちて、欠けたパソコン本体に手を引っ掛け血が流れ出る。
「ぷっはっはっはっ。頑張れ、山内くん。あと少しで窓ガラスが割れるかもしれないぞ」
「くっ……」
無心で窓ガラスを叩いていると、突然、エンジンが始動する。
静かに車体が振動をはじめ、ギアがバックに入り、後退し始めた。
「勝手に動いてる……咲夜、ブレーキ!」
「もうやっとるわ。ブレーキ利かへんねん」
ハンドルがくるくると周る。今度は弧を描きながら前進を始めた。
僕と咲夜がパニックになっている間に、自動車は歩道を越えて、ガタンと車道に飛び出した。
「では、良い旅路を」
プツリと電話が切れた。
どういう仕組なのか分からないが道路に出るとどこかに向かって走り始めた。
ただ、ガードレールに車体を擦ったり、反対車線の車両に衝突しそうになったりと、左右に激しく揺さぶられて身動がとれない。
「くそ……。雫、この車の制御権を奪えるか? 」
『……今、やってる最中! 』
咲夜は必死でハンドルの制御権を奪おうとしている。
「ハンドルの制御は多少やけど、できる」
物凄い力を込めてハンドルを握っている。反対車線の自動車に正面衝突しそうになったところを無理矢理ハンドルを切って回避する。
避けた車がクラクションを鳴らす音があっという間に聞こえなくなった。
考えろ、考えろ。
このままじゃ、そのうち何かに突っ込んでしまう。
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