言葉なき被害者
「落ち着け、木崎」
「もう、黙ってらんない。皆、佐藤先輩を甘やかしすぎ」
肩を怒らせ、ずんずんと道を歩いていく。
予想はしていたが、木崎は苛烈だ。佐藤はフェイクポルノの被害者だ。
被害者の気持ちなど、被害者にしか分からないし、根気強くケアしていくしかないと俺は思う。
……が、木崎に言わせると「甘えんな。あんなもん、首と身体をすげ替えただけの偽物だろ。気にしすぎなんだよ」らしい。
「高瀬先輩、止めないでください」
「弥生ちゃん、寛さんの言う通りだよ。一回落ち着こう」
「だって……」
前に山内から、木崎には五十嵐拓人をあてがえば、大人しくなると聞いて声をかけておいた。
……なるほど、そういうことか。つまり、木崎は五十嵐のことが好きなのか。本当に分かりやすい性格だ。
「弥生ちゃんは佐藤先輩を救うための言葉を持ち合わせているのか?」
木崎は少し俯き、言葉を探すように目線を漂わせた。五十嵐の言うことはもっともだ。
我々は佐藤の心に土足で入るべきではない。玄関から声をかけ、靴を整え、慎重に上がり框に足を乗せ、少しずつ、近づいていくべきだ……と思う。
「多分、持ってる。佐藤先輩を救える言葉を」
思わず、五十嵐と目を合わせてしまった。
「そうなのか、木崎?」
木崎はコクリと頷いた。
「弥生ちゃん、その……佐藤先輩になんて声をかけるの?」
「ごめん、それは拓人くんにも言えない。でも、嘘じゃない」
彼女の苛烈な性格を目の当たりにしているから、俺はその言葉を信じきれなかった。
だが、五十嵐は違ったようだ。
「分かった。じゃあ、行こうか」
「まて、五十嵐、本気で言ってるのか?」
「はい、勿論。俺もついていきますけど」
「なんで急に……」
「弥生ちゃんは嘘つくと顔にでるから。多分、何かあるんですよ」
五十嵐はそう言うとニカッと笑った。その顔を見て、木崎も微笑んだ。
俺も腹をくくる。木崎が何を考えているのか分からないが、男の俺には分からない機微を持ち合わせてはいるのだろう。
「分かった。俺もついていく。少しでも、まずいと思ったら、すぐにひく。それでいいな?」
二人共、首を縦に振る。
そこからは3人とも無言で駅まで歩き、茅ヶ崎から辻堂駅まで何も会話をしなかった。
重苦しい雰囲気はなかったが、軽い気持ちで話をするような空気でもなかった。
15分ほど歩くと二階建ての小さなアパートが見えた。白い外観に二階にはベランダがついている。
二階の東側の角部屋が佐藤の部屋だ。鉄製の外階段を上るとカンカンカンと足音が響いた。
部屋の前まで来ると、木崎がインターフォンを鳴らす。
「佐藤先輩、木崎です」
「佐藤、高瀬だ。開けてくれないか?」
五十嵐は黙って様子を見ているようだった。佐藤とは面識がないと聞いたので、静かにしているようだ。
しばらく待ったが、インターフォンに出る気配がない。
「佐藤先輩、お話したいことがあるんです」
そう言うと、ドンドンとドアを叩き始めた。
「弥生ちゃん!」
すかさず、五十嵐が腕を掴み、木崎の目を見ながら首を横にふる。
「木崎……配慮が足りない。もう、やるな。帰るぞ」
「……」
「あっ!」
その時、木崎は五十嵐の手を振りほどき、ドアノブを回して扉を開ける。木崎が一瞬の隙をついて、中に入ってしまった。
「馬鹿な真似はよせ!」
いくら木崎とはいえ、さすがにやり過ぎだ。
「五十嵐は外で待っててくれ。俺が中に入る」
その瞬間、疑問が頭を過ぎる。なぜ、鍵がかかっていないのだろうか。
すると、玄関で木崎が立ち尽くしていた。木崎の腕を掴んで引っ張る。
「何を考えてるんだ、帰るぞ、木……」
「気が付かないんですか?」
木崎の顔が引きつっていた。俺は木崎の視線の先を見て、部屋の中の惨状にようやく気がついた。
土間には紙くずやゴミ、脱ぎ捨てられた靴に植木鉢の破片が散乱していた。
「なんだこれは……」
「前に来たとき、こんなに荒れてなかったですよね」
木崎の手を引いて、俺の背後に移動させ、チラッと木崎の方を振り返る。
「木崎は外の五十嵐のところに戻れ」
「部屋の中を確認したら戻ります」
「……分かった。だが、先頭は俺が行く。何かあったら五十嵐のところへ戻れ。いいな?」
木崎は首肯する。
少々気が引けたが土足で上がる。部屋は1DKで玄関すぐ左にキッチンで少し広いスペースがある。
その先にドアを隔てて佐藤の部屋がある。キッチンのある部屋は窓がないので、昼間だが薄暗い。
慎重に歩くが紙くずやビニールがガサガサと音を鳴らす。靴裏にじゃりじゃりとした感触やパキパキと割れる破片が伝わり、一歩進むたびに不安が増して行く。
木崎の方を振り返り「開けるぞ」と伝えると、木崎は小さく頷いた。
俺はドアノブに手をかけ、深呼吸をしてからゆっくりと押し開けた。ドアが軋む音が響き、薄暗い部屋の中が見える。
「佐藤、入るぞ」
部屋の中はさらに荒れていた。書類や本が散乱し、カーテンは半ば引き裂かれている。テーブルはひっくり返り、床には食べかけの食事の残骸が乾いた状態で放置されていた。
「佐藤!」
「佐藤先輩!」
木崎が後ろから声を張り上げる。部屋の隅々を見渡しても、佐藤先輩の姿はどこにもなかった。
「佐藤先輩が……いない」
慌てて佐藤に電話をかける。トゥルルルとリングバックトーンはするが、電話には出ない。
「高瀬先輩、あれ」
木崎が指差したところにスマホが落ちていた。スマホから音は鳴らなかったが振動していた。
画面には高瀬寛と表示されていた。
「くそっ……佐藤どこに行った」
その時、木崎はそのスマホを拾い上げた。
「木崎、もとに戻せ。できるだけ、現場をそのままにして、警察に連絡するんだ」
「そんな悠長なこと言ってらんない。今、この瞬間、佐藤先輩がどこかで自殺するかもしれない」
「スマホがあってもそれは一緒だ。戻せ」
二人の間に一触即発の空気が流れた。
「……西園寺なら、中身の解析ができるんじゃないですか? 」
雫ちゃんは昏睡状態のはずだ。連絡もつかないと桔梗さんからは聞いている。
「雫ちゃんは今……」
「昨日、西園寺から連絡があったんですよ」
「なんだと!? 」
「西園寺に連絡して、駄目なら警察に任せます。だから……」
「分かった。俺も佐藤が気になるからな……」
木崎は頷くと雫ちゃんに電話をかけ始めた。
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