徘徊する容疑者
「面倒くさいなぁ……。なんで、こうなるかなぁ」
「それはこっちのセリフです」
末木のメンタル構造が羨ましい。警察から追われる身になったのに涼しい顔をしている。
フェイクポルノ事件の首謀者の木下という男が殺された。
その容疑者候補に末木と私が上がっているらしい。
内部告発と、木下の遺体があった河原に私や末木の所持品も見つかったらしく、それが決定打になったと聞いた。
武田さんから「今、ここに来るのは得策じゃないです。少しの間、身を隠していてください」と助言があった。
末木も一緒ならそう伝えてくれと言われて、現在に至る。
スマホのニュースをみる限り、まだ、私たちの名前は公表されていない。
もちろん、人殺しなんて身に覚えがない。画面を見て、ため息をつく。
「君はため息がよく似合うね」
「……喧嘩売ってるんですか?」
末木はニシシと笑う。
「だって、不幸そうな顔をしているじゃないか」
「そういう、末木さんはいつも幸せそうですよね」
「よく言われるよ。君が毎度楽しませてくれるからね」
やっぱり駄目だ。この男とは合わない。
「さて、移動しようか。建物の陰に隠れながら移動なんてGoBみたいでワクワクするよね」
「遊びじゃないんですよ。私たち、追われているんですから」
「遊びみたいなものさ。君は物事を深刻に考えすぎるんだ。……これで、よしっと」
末木は手に持っていた小型ノートPCのエンターキーをタンッと力一杯に叩く。
「エンターキー壊れますよ……」
「問題ない。この前交換したばかりだからね」
この男には呆れるばかりだ。
「さて、移動しようか」
「どこにですか?」
「内緒」
そう言うと、路地からでて堂々と道を歩き始めた。
「末木……さん、まずいですよ」
「何が?」
「監視カメラに映るじゃないですか」
「ああ、それは問題ない」
「何がですか?」
「イレイサーに頼んでおいた。僕らは今この瞬間から監視カメラに映らなくなる」
「そんなこと……」
……できる訳が無いと喉元まで出かかったが、この男なら可能かもしれない。
両手の拳をぎゅっと握る。
「さっ、行くよ。こっち」
「はい……」
私は誰かに見られているんじゃないかとびくびくしていたが、末木がポケットに手を突っ込んで、プラプラしている様が堂に入っていて、気にするのが馬鹿らしくなってきた。
末木は無言のまま、歩き続けた。
どこまで行くのだろうかと、ぼんやり考えていると、急に末木が止まったので、背中にぶつかった。
「あたっ」
「高瀬くん、おっちょこちょいだよねぇ。そんなんだから、警察から追われることになるんだよ」
「お互い様ですよ」
何故、他人事なのか。ムッとする。
末木は気にする素振りもなく、こちらを振り返り、小さな美容室を指をさした。
「ここ、入るよ」
ヘアサロン泉と看板には書いてあった。町に一軒はありそうな、古めかしいポスターの貼ってある美容室だった。
末木は扉を押して入ると、カランカランと内側についているベルの鳴る音が響いた。
白髪の老婆が接客してくれた。小柄だが背筋がしっかりと伸びていて、芯のある真っ直ぐな目をしていた。
「末木の坊っちゃん、今日は如何様で」
「フルコーディネートで」
「そちらのお嬢さんも? 」
「ああ、頼む」
お嬢さんなんて言われたのは何十年振りだろうか。反応に困る。
老婆は店の外に出たかと思うと、表の看板をクルリとひっくり返して戻ってきた。
「貸し切りにしておきましたよ」
「ああ、助かる」
一体、ここで何をするつもりなんだろうか?
おろおろとしていると、老婆に背中をポンポンと叩かれた。
スタイリングチェアを座るように促された。
「おかけ下さい」
「あ、あの、これ、何を……」
「何って、髪を切って変装するんだよ」
末木は事もなげに言う。思わず、椅子から立ち上がる。
「そんなことしてる場合じゃ……」
「急がば回れだよ、高瀬くん。さっきも言ったが君は物事を深刻に捉えすぎるんだ」
「変装って、さっきイレイサーに私たちが監視カメラに映らないようにしてもらったって……」
「イレイサーに生身の人間を完全に欺けると思うかい?」
「…………」
「このゲームは我々の勝ちは確定している。木下殺しの真犯人の目星もついているしな」
「本当ですか? それなら、警察に……」
「だが、証拠がない。証拠を集める必要がある」
また、この男に頼らないといけないのか……。
それと同時に頼るべき相手なのか迷うところもある。
何故なら、私は殺していないからだ。
「末木……さん、真犯人はあなたじゃないんですか?」
末木はスタイリングチェアに腰掛けたまま、ゆっくりとこちらを見上げた。




