詐欺師の常套句
僕は病院のロビーでテレビを見ていた。静まり返った部屋の中、テレビのニュース番組が淡々と流れている。
ふと画面に目を向けた。次のニュースが流れ始めた。
「本日早朝、河原で男性の遺体が発見されました」
画面には上空から警察官が河原を捜索している映像が映し出されていた。
「警察によると、遺体は西条大学の二年生木下貴一で、9月頃に同大学の女子大学生複数人のフェイクポルノを作成し、無断でSNSに公開したとのことで、逃亡して以来、行方がわからなくなっていました」
思わず立ち上がり、テレビを食い入るように見つめてしまった。心の奥底で何かがざわつくのを感じる。
「遺体は激しく損傷しており、現在、警察は木下容疑者が何者かに殺害された可能性も視野に入れて捜査を進めています」
「木下……」
胸の中に様々な感情が入り混じる。怒り、悲しみ、そして一抹の安堵。悪党の最期なんてこんなもんか……。報いを受けたのだろう。
ストンと椅子に腰を落とした。
それでも、彼に傷つけられた女性たちの傷が癒えることはない。佐藤先輩は今も苦しんでいる。
退院したら佐藤先輩のところへ顔を出してみよう。
その前に雫だ。高瀬さんから雫が目を覚ましたと連絡があった。
雫のアプリは高瀬さんからもらったスマホに移してしまったので、家に戻らないと起動できない。
「山内くん! 」
振り返ると、そこには武田さんが立っていた。
「あっ、武田さん。こんな朝早くにどうやって病院に……」
「そんなことはどうでもいい。いますぐ、ここを出るぞ」
「いや、僕、入院着のままですよ」
腕を強く引っ張られた。
「そのままでいい。君は命を狙われている」
「な、なにを……」
動揺して、半笑いになっていることに気がついた。どんな顔をしていいのか分からなくなり、腕を振りほどく。
「冗談にしても笑えないです。それに人から命を狙われるようなことはしていないです」
「君はARIAの秘密を知りすぎた」
武田さんのあまりの真剣さに息を呑む。
そして、テレビの音だけが聞こえるロビーに違和感を覚えた。周りを見渡すと、そこには僕と武田さんしか居なかった。
キョロキョロとする僕を武田さんはじっと見つめていた。
「ここは中島コーポレーションの運営している総合病院だ。僕と君の会話を聞かれるのは困るからね。人払いしておいた」
ゾッとした。僕はもしかしてとんでもないことに巻き込まれているのではないか……と、ようやく気がついた。
「フェイクポルノ事件首謀者の木下が死んだことは知っているか?」
「さっき、ニュースで見ました」
「まだ、公開されていないが容疑者に末木さんと高瀬さんが上がっている。二人とも昨日から行方が分かっていない」
高瀬さんとは二日前に話したばかりだ。正直、信じられない。
武田さんは僕に手を差し伸べる。
「悪いようにはしない。事態が沈静化するまで君をホテルに匿う。さあ、行こう」
情報が少なすぎて正常に判断ができない。この話を鵜呑みにしていいのだろうか?
『ええか、亮、二択の選択を迫られた時に絶対にやったらアカンことを教えたる。それはなぁ──』
「──今すぐ逃げても、10分後に逃げても一緒ですよね?」
「何を悠長なことを……」
「一緒ですよね?」
僕の真っ直ぐな視線に武田さんが一瞬たじろいだ。そして、首肯する。
「ああ、変わらないだろうな」
「なら、一旦病室に戻って準備をさせてください。武田さんについて行きます。10分後にロビーで待ち合わせでいいですか? 」
「もちろんだ。ここで待っている。だが、急いでくれよ」
僕はペコリと頭を下げると、二階の病室に向かって急いだ。手早く着替えて自分の荷物をまとめると、病室の窓を開ける。
「おい、兄ちゃん、なんで窓を開けるんだ? 」
同室のおじさんに聞かれる。
「あの、僕がここから出ていったら窓を閉めといてもらえますか? 」
「何いってんだ、兄ちゃん、ここ二階だぞ」
僕は窓枠を掴み、外に跳び出した。悩む暇もなく、あっさりと地面に着地する。
両足の骨にジンと衝撃が走り、一瞬声を上げそうになる。いくら二階とはいえ、アスファルトは固かった。
上を向くとおじさんがこちらを見ていた。人差し指を口元にあてしーっとした後で、窓を閉めてくれのジェスチャーをする。
おじさんは呆れていたが、すぐに窓を閉めてくれた。僕は病院の関係者に見つからないように身を隠しながら敷地を出た。
武田さんが信用に足る人物か分からないので、結論を保留にした。
迷ったら自分で見て、聞いて、調べて、判断することにしている。
まずはアパートに向かう。
***
「ええか、亮、二択の選択を迫られた時に絶対にやったらアカンことを教えたる。それはなぁ、直感で判断することや」
「駄目なの? 」
「アカンに決まっとるやろ。特にアカンのは期限を迫られるような判断をするときや」
「期限? 」
「そうや、明日までに、今日までにって言うやつの話は信用ならへん」
「よくあるじゃん、そんな話」
「確かにそうや。でもな、そういうこと言う奴は詐欺師か悪質なセールスマンと相場が決まっとる。ほんまは期限なんてあらへんねん」
「どういうこと? 」
「期限が正常な判断を鈍らせるのを奴らは知っとるんや。だからな……」
***
「──結論を保留にして、冷静に判断する。期限は相手が決めるんじゃない。自分で決めるんや……だったかな」
僕は走り始めた。
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