Out of the Sight
夕暮れの国道134号線。左手には防砂林、右手には建物と海が見える。
僕は双眼鏡で敵を確認し、ボイスチャットで状況を伝えた。
「咲夜、12時の方向、200メートル先に17体」
「確認」
咲夜は海側にある建物の上から、ゴーストたちを狙撃する。
パスン、パスンと音が聞こえた。
「あかん、防砂林に逃げられたわ。後始末頼むで」
「何やってんだよ!」
「アホか、GoBの敵兵と違って動き速いし、数多いねん。あっ、イレイサー、シールド」
その瞬間、バチバチと放電するような音が聞こえ、咲夜のいる建物あたりが発光するのが見えた。
「ここはもうアカン。イレイサー、場所変えるで」
『承知した』
「どこに移動するつもり?」
「見通し良すぎて、防砂林に身を隠すくらいしかないわ」
「住宅街まで後退する?」
「アカン、まだ江ノ島まで大分距離があるんやろ。制圧したエリアまで後退してもジリ貧や」
「了解。僕が突っ込むから、咲夜は背後から援護。イレイサーは僕をシールドで守って」
『承知した』
その瞬間、イレイサーが僕の隣に現れた。
「高瀬さん、桔梗さんと航くんは大丈夫ですか?」
『ウィルスの侵食は止めたけど、ここでこれ以上処置するのは無理。私はログアウトして、ウィルス駆除に専念する。ごめん』
「……分かりました。高瀬さんは大丈夫なんですか?」
『大丈夫。私はARIAじゃないからね』
そうは思えない。僕が最後に見た高瀬さんは真っ青な顔をしていた。そう、アバターなのに。
***
──そこからはあまり記憶がない。
日の沈まない夕暮れの134号線で弾丸の嵐を躱し、敵を仕留め、咲夜の正確かつ迅速な援護射撃とイレイサーのシールドで危機を回避、後は無心で前に進み続けた。
時間や現在地を確認する余裕もなかったので、江ノ島水族館を見て、自分たちのいる位置を理解した程だ。
道中で唯一記憶に残っているのは、辻堂海岸へ繋がる遊歩道に壊れた自動車が停まっていたことだ。
仮想空間では自動車は走っていない。それにもかかわらず、スクラップ寸前の自動車が突然道端に現れたため、違和感を覚えた。
粉々のフロントガラス、潰れた運転席、黒焦げの車体、斜めに歪んだメーカーエンブレム。妙にリアリティのある事故車だった。
雫とツーリングに出かけた時にこんなものは無かった……と思う。あれは一体何だったのだろうか?
「亮、悪い知らせや」
咲夜の声には疲労が滲み出ていた。
「うん、どうした?」
「腕に一発もろてもうたわ」
GoBの仕様が反映されているなら命中精度が下がる。まずい事になった。
「江ノ島大橋まであとどれくらいや?」
「あと、1キロは切ってる」
空を見上げると残り時間も20分を切っていた。敵兵の攻撃が激しく、思ったよりも時間がかかった。
長いミッションで集中力も限界に近づきつつある。
「もう、時間がない……突っ切るで」
小さく頷くが、開始早々に心を砕かれる。江ノ島水族館の反対側にはマンションやショップが立ち並んでいる。
マンションのベランダから咲夜の左の太ももが狙撃された。
「アカン……やられたわ」
「イレイサー、シールドを!」
『もう、防げるシールドがない。敵を殲滅する』
イレイサーは短距離転移で敵を仕留めたが、別の方向からの追撃も激しく、僕と咲夜は建物の陰に隠れるので精一杯だった。
「囲まれてる……」
建物周辺は完全に包囲され、敵の一体がRPGを構え、こちらに狙いを定めていることに気がついた。
もう駄目か……。
……
…………
………………
撃ってこない……?
敵兵が蝋人形のように固まって、動かなくなっていた。
「──待たせたね。不正アクセスを行ったマシンを特定した」
末木さんの声が聞こえた。「相手のマシンに攻撃を仕掛けている。時間の問題で雫の感染も停止できる」
末木さんは弾むような声をしていた。
『遅いです。何をそんなに手間取っていたんですか』
「手厳しいな。高瀬くんのそういうドSなところ嫌いじゃないよ。相手さんは、中々嫌らしいトラップを仕掛けていてね、無駄に回り道をさせられた」
ケラケラと笑う。高瀬さんがため息をついた。僕はあることに気が付き、ハッとする。
「……待ってください。インターネット回線が切れているのに、どうやって相手に攻撃したんですか?」
「ああ、灯台下暗しってね」
「?」
「Wi-Fiは繋がるだろ」
皆、黙ってしまった。何を言っているのか一瞬理解できなかった。
「だから、インターネット回線には繋がらないがモン・トレゾールのWi-Fiには接……」
その時、シールドが弾丸を弾くときの雷鳴音と閃光が走った。
『ぐぉっ……』
イレイサーの悲鳴を聞いて振り返ると、体の中心に穴が空いていた。イレイサーがその場に崩れ落ちる。
「あー、ムカつく。あと少しで雫ちゃんは私のものだったのに……」
天の声が夕暮れの空にこだまする。
「なんで……」
見覚えのある黒髪にショートヘアー、肩出しのトップスに七分丈のジーンズ。顔は青白く生気がない。
彼女はハンドガンの銃口を僕に向けた。
「雫……」
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