Blooming in the Night⑥
バイクに跨るとエンジンが自動的に始動した。コントローラのボタンを押すとバイクは走り出す。
「なあ、道は分かる?」
「江ノ島大橋までなら問題ない。多分、雫と走った道がそのまま繋がっているんだと思う」
雫のウィルス解除条件は制限時間内に江ノ島大橋に到着することだ。
拍子抜けするくらい単純なルールだが、2チームに分かれてしまったのはまずい。
敵から妨害を受けている状況を考えると六人で連携して、着実に前に進んだほうがいい。
焦る気持ちを抑えつつ、バイクを加速させる。
モン・トレゾール周辺の路地から国道に出た瞬間、世界が暗転した。国道を境に一刀両断したように昼と夜が分かれていた。
信号も点灯しているが自動車が一台も走っていない。国道を左折して、フルスロットルで市街地を走り抜ける。
道路や家屋の物陰、屋根の上にもGoBの歩兵みたいな敵がうろついており、絶え間なく弾幕を張ってくる。
シールドが正常に稼働しているお陰でノーダメージなのが救いだ。
「なんで、GoBに出てくる敵兵だらけなん?」
「ウィルスを作ったやつの趣味じゃないの? そういえば、この世界のアバターの操作方法もGoBと一緒だよね」
「この世界の仕様は末木さんがベースを開発しているからそれは趣味だろうね。公私混同もいい所だけど」
武田さんがフォローする。
「味方も敵も同じ穴のムジナということやな」
「そう、なるのかな……」
武田さんは少し沈黙した後、プライベートモードでボイスチャットをしてきた。
「山内くん、ちょっといいか?」
「あっ、はい」
「末木さんについて伝えておきたいことがある。あの人は今回の騒動を揉み消すために雫くんをスケープゴートにしようとしている節がある」
「えっ……」
「頭の片隅でいい。覚えておいてくれ」
「何故、このタイミングでそんな話を?」
「末木さんの意識がこちらに向いていない、今しかないと思ってね」
「……分かりました。警戒しておきます。でも、接点なんてないですよ」
「ここだけの話だが、末木さんが西条大学の三神教授に接触している。近い内に君に接触してくる可能性が高い」
三神教授に接触? いつから? 唾を飲み込もうとして、口の奥が乾いていることが分かった。
「何かあったら、高瀬さんか、僕に連絡をくれ。後で僕の連絡先も送っておく」
正直、半信半疑だったが、高瀬さんの名前を聞いて真実味があるように感じた。
「分かりました。その時は連絡します」
「覚えておいてくれ、高瀬さんも俺もあの人のことは信用していない。耳障りのいい言葉に唆されないように、ね」
ボイスチャットがブツッと切れた。バイクを加速させる。住宅街の景色が流線となって闇に溶け込んでいく。
雫をスケープゴート……。守りきれるのだろうか。不安が心を埋め尽くす。
だから、油断していた。
「なあ、亮。雫って誰?」
突然の咲夜の質問に意識が現実に引き戻される。
この質問にどう答えるべきなのか、そんな事を考える心の余裕は無かった。
僕の心は雫のことで埋め尽くされていたから、露骨で、無骨な、飾り気も、混ざりけもない純粋な想いが口からこぼれ落ちた。
「僕の彼女だよ」
「……そっか」
沈黙はシールドの防御音が吹き飛ばしてくれた。
僕の心を永く捉え続けた憑き物がポロリと落ちた。そのかわりに大切な何かを道端に落としてしまったような喪失感もあった。
『前方200m先に3人を検知した』
「ほんまや、おるで、しかも怪我をしてる」
航が仰向けに倒れ、高瀬さんは彼を庇うように、覆いかぶさっていた。
桔梗さんが弾丸をシールドで防ぎながら、応戦していたが、いくつかの弾丸がシールドを貫通した。
その弾丸が桔梗さんの腕や脇腹にあたり、鮮血が飛び散る。
『ぐっ……』
バイクを降りて、桔梗さんに駆け寄る。
『弾丸……避けて。触れると感染する』
「……分かった。イレイサー、咲夜弾丸には触れないで感染する。後、シールドも当てにならないから気をつけて」
桔梗さんは意識を失い、喋らなくなった。ARIAたちはここで死ぬとどうなるのだろうか?
頬を伝う汗を拭こうとして、ガツンと何かにあたった。自分がヘッドマウントディスプレイをつけている事をすっかり忘れていた。
「とりあえず、桔梗さんたちを物陰に運びます。咲夜、イレイサー援護を!」
「ちょうど、スカッとしたい気分やってん。かましたるわ」
咲夜はブラックステアーをショートバレルからスタンダードバレルに変更する。
『渡した銃はリロードが不要だ。無限に撃てる』
「リロード不要って、リアリティが足りへんわ。つまらんけど、しゃーないな」
『合理的な仕様だ。面白さは不要』
イレイサーは身を回転させ、左手に握ったタルワールで敵兵の首を切り落とす。
建物の上から敵兵が降ってきた。イレイサーが背後をとられてしまった……が、咲夜がヘッドショットで援護する。
中距離の敵を咲夜が着実に仕留めて、近接戦闘になるとイレイサーがタルワールで斬り伏せるという連携が徐々に出来上がりつつあった。
「イレイサーやめっちゃ動けるやん! 」
『マスターに趣味につきあわされているから、学習済みだ』
三人を建物の物陰に移動させたので、参戦しようとしたところ、高瀬さんに呼び止められた。
『待って……』
高瀬さんのアバターは何故か顔が真っ青だった。やっぱり変だ。アバターの表情がこんなに精緻に変わるはずがない。
「高瀬さんはここで二人と待機しててください。あと、桔梗さんから大量の血が……大丈夫なんですか? 」
『まずいわね。回復と感染を遅らせる処置をする』
そう言うと、桔梗、航、自分の怪我を治療する。そして、高瀬さんが何も無い空間に手をすべらせると、キーボードが出現した。
『山内さん、あの弾丸当たると対処物の情報を解析される』
「どんなものでも? 例えば、シールドとかは? 」
『もちろん、シールドも。対象の脆弱性を解析して、そこからウィルスを流し込まれるみたい……』
「……分かりました。ここの敵を一掃するので、そこで二人の処置を続けてください」
高瀬さんは小さく首肯する。
そこからは早かった。
僕とイレイサーが前衛、咲夜が後衛という組み合わせがうまく噛み合い、約30分ほどでこの近辺の敵兵を一掃することに成功した。
だが、戦況は芳しくない。3人が負傷し半ばリタイア状態。残りの戦力で江ノ島大橋に辿り着けるか疑問だ。
その時だった。武田さんでも末木さんでもない声が天から降り注いだ。
「おかしいなゲームバランス間違えたかなぁ……やっぱり、フェアじゃないな──」
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