Blooming in the Night④
『あなたたち、何やってるの!!』
「た、高瀬さん……」
咲夜は僕と高瀬さんを交互に見つめた後、高瀬さんの頭上に視線を移す。
「たかせ……きょうか? 本名っぽいな。ITリテラシー低すぎやろ。なんなん、このおばちゃん」
思わず息を飲んだ。
『山内さん』
「はい……」
『誰、この失礼な女の子は……』
高瀬さんは仁王立ちで片眉をヒクヒクとさせていた。不謹慎かもしれないが、表情や雰囲気がゲーム内とは思えないくらいリアルで、どういう仕組みなのか気になってしまった。
「友達の四ノ原咲夜です。なんか、急にやってきまして……」
『……この仮想空間はモン・トレゾールのWi-Fiからじゃないと通常はログインできないの。どういう事かしら?』
高瀬さんは現実世界の僕の状況を推測してじわじわと追い詰めてくる。つまり『雫が昏睡状態なのをいいことに女の子を連れ込んでいるのか』と言いたいのだろう。
そんなつもりはないが状況的に言い訳できない。
「亮、不倫はアカンで。そんなに私がおらんのが寂しかったんか?」
「……咲夜、話がややこしくなるから黙ってて」
不倫と聞いて、高瀬さんは結婚しているのだろうかと疑問に思った。よく見ると左手の薬指に結婚指輪をしているし、そうなるのか。
高瀬さんがイレイサーの方を見上げる。
『イレイサー……とりあえず、この子たちは敵じゃないから』
『承知した。警戒態勢を解除』
高瀬さんはこちらを振り返る。
『山内さん、事情を聞かせてもらえるかな』
「はい。実は──」
***
高瀬さんは大きなため息をついた。
『……半信半疑とは言わないけど、七信三疑ってところね。後で雫に説明すること』
「はい……」
「なあ、亮。雫って誰?」
「後で説明するから……」
咲夜が詰め寄ってくる。咲夜と高瀬さんから尋問を受けているみたいで、大分精神がすり減ってきた。
「なあ、おば……高瀬さん」
『何かしら、失礼なお嬢さん?』
もう、嫌だ。帰りたい。
「もしかして、この空間に私たち以外にも不正侵入者がおるんとちゃう?」
ほんの一瞬、高瀬さんの表情が硬くなった。
『どうしてそう思うの?』
「さっき自分で言うてたやん。通常はこのアパートのWi-Fiからじゃないとログインできないって」
『それは例外的な方法でもログインできるって意味よ』
「このイレイサーは普段からこの仮想空間におるんか? ピリついてるやん。それに……」
僕も咲夜の言わんとしていることが分かった。
「高瀬さん、しゃがんで!」
察してくれたのか、高瀬さんは即座にかがんだ。その瞬間、高瀬さんの肩を弾丸がかすめた。服が破れ、血が流れた。
『イレイサーシールド全展開』
『承知した』
次々と飛んでくる弾丸をはじき、シールドがチカチカと明滅するのが見えた。
高瀬さんに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「これゲームやで、大丈夫に決まっとるやろ」
咲夜は小馬鹿にするように鼻を鳴らす。だが、妙なのだ。明らかに苦痛を我慢しているような表情をしているし、額に汗が浮かび上がっている。
『……四ノ原さん、あなたの言う通り、外部から不正にアクセスを受けているわ。悪いけどログアウトしてくれる? あなたたちの遊びに付き合っている暇はないの』
「そっちやて、遊んどるやん。ケチくさいわぁ」
「咲夜、悪ふざけが過ぎる。ログアウトするよ」
『いや、お二方の力を借りてはどうか?』
高瀬さんがイレイサーを見つめる。
『……末木さんの指示?』
『そうだ。マスターはその二人は役に立つと言っている』
高瀬さんは目を瞑り数瞬沈黙した。すぐに目を開くと立ち上がった。
『武田さん、残り時間は?』
「17時間21分です。江ノ島大橋までの距離は約11kmと推定。歩いても2時間半程度の距離なのでいけるはずです」
『……末木さん、いいんですか? 』
「構わない。どうせ、このままじゃ、雫くんを二度と復旧できなくなる。それに部外者が増えるなんて今更だよね、高瀬くん? 」
高瀬さんは口を真一文字に閉じて俯いた。何となくだが、悔しそうな顔をしているように見えた。
「……雫が復旧できなくなるって、どういうことですか!? 」
思わず、大きな声で高瀬さんに食ってかかる。
『端的に言うと、雫は今ウイルスに感染しているの。解除条件は──』
***
「──分かりました。お手伝いさせてください」
これが遊びではないことは分かった。いつも僕はギリギリなるまで何もできない。悔しくて強く拳を握る。
「……よう分からんけど、私も協力したるわ。後でちゃんと説明頼むで」
「必ず、説明する」
そこにさらに二人のアバターが姿を現した。
『私は気がすすみませんね。不貞を働く山内の力なんて不要です』
長い黒髪に切れ長の瞳、……桔梗さんか。その後に栗毛にくせっ毛で小柄な男の子の姿が見えた。
ティーシャツにハーフパンツ、スニーカーとどこにでもいる小学生のような風貌をしていた。両手を頭の後ろに組んで、小生意気そうな顔が癇に障る。
『そうそう、桔梗姉さんの言う通り。こんな問題、僕ら二人がいればすぐに解決するし、邪魔なだけ』
僕が不思議そうな顔をしていたからだろう。彼は自己紹介をしてくれた。
『僕は西園寺航。あっ、君等の自己紹介は要らないからね。もう会うこともないだろうし』
そういうと両手をポケットに突っ込んだ。
おそらく、雫の姉弟なのだろう。航のところに咲夜が突然かけより、頭を撫で始めた。
「かわいいな~自分。なでなでしたくなるわぁ」
『なんだ、お前は! すでに撫でてるじゃないか、やめろ!』
航は咲夜の手を振り払う。その直後、彼の頭に弾丸らしきものが直撃した。頭が後ろにガクンと吹っ飛び、弾丸は弾かれて跳弾はどこかへ消えていった。
航はゆっくりと顔を戻した。
『部外者め、僕たちのテリトリーで好き勝手しやがって。辺り一帯、丸ごと焼き払ってやる』
彼はポケットに入れていた左手を引き抜く。左手の周囲が陽炎のように揺らめき、鈍い輝きを放つ溶岩のような色をしていた。
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