Blooming in the Night➂
ゲームにログインするとメインフロアではなく、キャラメイクの初期設定エリアへ転移した。
思わず、ヘッドマウントディスプレイを外してしまった。
「なんで、キャラメイキングから始まるんだよ」
咲夜はヘッドマウントディスプレイをかぶったまま、大声で返事をする。
「たまにはええやん。それに亮だって、まだ手つけてへんやん。細かいことはいいから、はよキャラメイクしぃ」
「はいはい、了解」
思わず、ため息が漏れた。咲夜が無茶苦茶な理屈で主張をねじ込んでくる時は何を言っても無駄だ。主張が通るまで折れてくれない。
諦めてヘッドマウントディスプレイをかぶり、キャラメイクを開始する。真面目に作ると時間がかかるので、簡単キャラメイク機能を使う。
ゲームに人物画像を読み込ませると、その人物に似せたキャラクターを自動生成してくれる。
確か、マイナンバーカードを作る際に撮影した自撮り画像があったはず。……発見はしたが、張り付いた笑顔が痛々しい。まあ、似せるだけだしこれでいいか。
「咲夜、キャラメイクできたよ。そっちは?」
ヘッドマウントディスプレイを付けると周囲の音が聞こえづらくなるので大きめの声で叫ぶ。
「私もできた!」
「じゃあ、メインフロアで」
「分かった」
ゲームを開始すると操作方法のチュートリアルが始まった。チュートリアルなんて、一度しかやらないし、どんな内容だったかなんて覚えていない。
でも、これがGoBのチュートリアルとは異なることはすぐに分かった。
アバターの操作方法とゲーム内のキャラクターに対しての暴言や暴力行為の禁止、ゲーム内での死は既存アバターの消失を意味する……そんな感じの内容だった。
『──チュートリアルは以上です。スタート位置に転送します』
音声ガイダンスの声に聞き覚えがあるような気がした。有名な声優さんなのかもしれない。
目の前が真っ白になり、スタート位置に転送が開始された。
はじめに目に入ったのはダイニングテーブルに背もたれのある椅子。そして、部屋の隅に作業机、その正面に出窓があった。
後ろを振り返ると、カウンターキッチンが目に止まった。リビングのドアを開けると、短い廊下とユニットバスの入口が見えた。
ロフトがないだけで僕の部屋とほぼ同じ間取りだ。玄関は僕の部屋よりも広く、2階に上がる階段もついていた。
その時、僕の周りが一瞬明るくなり、玄関のドアに僕の影がぬうっと伸びて、周囲に同化するように消えていった。
後ろを振り返ると咲夜が立っていた。
長袖のシャツにジーンズと、秋に着てそうな服装をしていた。自分もマイナンバーカードの写真に写っていた服と同じような格好をしていた。
服まで似せるなんて、妙に精度が良いな……。
音声チャットをオンにする。
「咲夜も簡単キャラメイク使ったんだね」
「この方がかわいいやろ」
そう言って小首を傾げる。咲夜はGoB特有の細かいアクションであざとくアピールしてくる。少し、ドキッとしてしまった自分に辟易する。
「えっ、まあ……」
「そこ『そうだね。その方がかわいいよ』とか言うところやで」
イラッとしたのでスルーして、部屋の探索を続ける。階段を上るとそこには真っ白な砂浜が広がっていた。砂浜には3つの机と教壇が置かれていた。過疎化の進んだ小学校を思い出した。
周囲は青い空と海で囲まれており、どうやら小さな島になっているようだ。
「気持ちええ場所やな」
いつの間にか咲夜が隣に立っていた。髪の毛の一本一本が風で揺らめいている。GoBでこんな細かい演出は見たことがない。明らかにこれは別のゲームだ。
「咲夜……これ何ていうゲーム? GoBじゃないよね」
咲夜は眉間に皺を寄せる。
「GoBとちゃうの? 知らんけど」
「いや、咲夜が持ってきたゲームだろ?」
「持ってくるわけないやろ。普通にしんどいわ。亮のハードに入ってたゲームやで、これ。しかし、同じハードを2台も持ってるとか、なかなか酔狂やな」
……そういう事か。ようやく状況を理解した。
これは高瀬さんから借りた筐体に入っていたゲームだ。それと僕が持っている筐体を咲夜がリンクして同じゲームをプレイできるように設定した……という流れだろう。
「しかし、おかしいな。ちゃんとGoB選んだつもりやってんけど……」
「えっ、そうなの?」
いよいよ、わけがわからなくなってきた。
咲夜はそこに至るまでの経緯や主語が抜けた会話をすることが多い。基本的に咲夜はこちらが色々分かっている前提で話をしてくるが、こちらが主語を抜いた話をすると怒ったりする。
何とも理不尽な話だが、彼女のおかげで言葉の裏や行間を読むスキルと伝わりやすい説明の仕方は身についた。
とはいえ、今回は行間を読むことすらできないくらい情報不足だ。一旦、ゲームを中断して、状況整理をした方が良い気がする。
「なあ、咲夜……」
振り返ると彼女はいなかった。階段のある付近を見ると階段を降りていく咲夜が見えた。
「亮、なんか、ワクワクするな。ちょっと外行ってみる」
「ま、待て」
階段を駆け下りると咲夜が玄関のドアを開けて、外に飛び出しているのが見えた。どうして、後先考えないんだ。と思ったが、所詮ゲームだしな……とも思うところはある。
「キャー」
咲夜の甲高い声がボイスチャットに響いた。一瞬、その音量に頭がクラクラした。
「咲夜、どうした!?」
そこには全身黒ずくめのローブを身にまとった長身のアバターが立っていた、いや、浮いていた。アバターの頭の上にキャラクター名が見えた。
「イレイサー……?」
イレイサーというアバターは音声合成のような声で何かを話し始めた。
『未確認アバターを検知、IPアドレスを確認……VRネットワーク内IPアドレスと合致。内部からの不正侵入者と判断』
「な、なんだ、このアバターは?」
『管理者への緊急事態を通知。モン・トレゾールの全ルームのロックを強制実行。不正アバターの消去を開始する』
イレイサーは黒いローブから手を出すと、手には円を描くような曲刀を手にしていた。タルワール……か?
「咲夜、避けろ!」
バックステップで間一髪回避したが、かすった際に切れた髪の毛が宙を漂う。
「おもろなってきたな、亮」
「反撃できないのに面白いも何もないだろ」
話している間も容赦なく、攻撃をしてくる。弧を描きながら間合いを詰め、舞うような足運びと正確な剣筋で着実にこちらを追い詰めてくる。
左、右、後ろ、左、右……とステップして紙一重で躱す。美しい所作だが単調だ。躱すだけならそんなに問題ない。
その時、イレイサーはピタリと止まった。イレイサーがこちらを覗き込む。思わず、フードの奥を直視してしまった。そこには吸い込まれそうな漆黒が広がっていた。
『お前は山内亮か?』
「そ、そうです」
「なんで、敵に敬語やねん。自分、喋れたんか」
『お前は誰だ? データベースに登録されていない』
その瞬間、イレイサーのタルワールが咲夜の首に向けて一閃された。
「咲夜!」
「くらえ、ボケッ」
咲夜は体を仰け反らせて躱す。その勢いを利用して、オーバーヘッドキックをイレイサーにくらわす。咲夜の蹴りはイレイサーに直撃したが、霞のように霧散して空を切る。
咲夜はクルリと回転してスタンと着地し、バックステップで距離をとる。
『今の状態から反撃するのか……素晴らしいアバター操作能力だ』
「自分もなかなかええ不意打ちやったで。まあ、相手が悪かったけどな」
心なしか、咲夜の声が弾んでいるように聞こえた。
さて、どうしたものか。一旦、ヘッドマウントディスプレイを外して、考えを整理したいがおかしなことになってきた。
『あなたたち、何やってるの!! 』
振り向くと大きな声で叫ぶ女性が立っていた。その声を聞いて、チュートリアルの音声ガイダンスが誰の声なのか気がついた。
「た、高瀬さん……」
高瀬さんは厳しい表情でこちらを見つめていた。
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