Ghosts of the Battlefield
夏の暑さは徐々にやわらぎ、日暮れが早くなる。
炎上事件の影響で外出もほどほどにしているため、時間だけは持て余していた。
暇というのは忙しさの中にあるオアシスだ。だが、暇が一日の大半を締めていると、つまらない事ばかり考えてしまう。
雫はアプリの画面に背を向け、ひたすらお気に入りの映像を眺めるぼんやりとした日々を過ごしていた。
体育座りをしている雫の背中は、どこか悲しそうだった。
その様は異様で、普通に映像を眺めていたかと思うと、倍速再生、コマ送り、コマ戻し、ダイジェストにしてみたり、砂嵐のように何かが高速で再生される時もある。
そんなこともあって、雫と話す頻度が減った。
一日に数時間は話をしていたのに、数十分、数分と徐々に会話が減っていき、会話をせずに、ただ寄り添うだけの日々が暫く続いた。
でも、ある日アプリを起動せずに一日過ごしたら、二日に一回までアプリを起動する回数が減ってしまった。
気がつけば10月も半ばに差し掛かっていた。
未だに木下は捕まっていないらしい。あまりに見つからないので、誰かが匿っているのではないかと噂になっている。
寛さんや拓人、木崎さん、三神教授とも連絡はとっているが、それも一週間に何度もない。
佐藤先輩は……というと、まだあの事件から立ち直っていないみたいだ。雫があまり喋らなくなってしまったのは、佐藤先輩が関係している。
雫はこの事件の経緯や、佐藤先輩のフェイクポルノは公開されていないという説明をメールで送り、安心させようとしていた。
だが、それが裏目に出た。
佐藤先輩から呪詛のような文字の羅列がびっしりと書かれた返信が届いた。
改行もなく、文法もおかしく、誤字脱字だらけで恨みつらみを思いのままに書き殴った文章だった。
メーラーの内容表示エリアが文字で埋め尽くされ、真っ黒になっていた。
それを雫は読んでしまったのだ。なんども、なんども。
それから雫は塞ぎ込むようになり、徐々に心の距離が開いてしまった。
このままではいけない……そう思うが、心が、体が働かない。フローリングにゴロンと大の字に寝転がる。
不思議なもので人付き合いは苦手だけど、人と話さない日々は加速度的に心を蝕んでいった。
こうやって人は死んでいくのかもしれない。
首を横に向けると、黒い筐体の描かれた青色の箱が目に止まった。……自宅から持ってきたゲーム機か。
むくりと体を起こし、その箱を手繰り寄せる。
箱には埃が被っていた。埃を払い、箱を開ける。黒い筐体を見つめていると、久々にゲームをやってみようかなと思った。
何枚かゲーム用のディスクが入っていたが、一番やりこんでいた「Ghosts of the Battlefield」を筐体にセットした。
ディスクが回る音が聞こえてきた。Ghosts of the Battlefieldこと、GoBは戦場に巣くう軍人の幽霊を除霊するFPSだ。
ストーリーは軍事用に開発された幽霊を実体化する技術で、不死の軍隊を操るテロ組織「アルバ」との死闘を描いたものだ。
呪文が込められた弾丸を幽霊に撃ち込むことで除霊できるという仕立てだったと記憶している。
ストーリーにこじつけ感があるが、豊富な銃の種類に加えて、多彩なアクションもできるので当時人気があったことを覚えている。
「懐かしいな……久しぶりに触ったけど、なんかワクワクしてきた」
メインフロアに移動し、フレンドリストを表示すると懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「まだ、プレイしている奴がいるんだな」
何人かにボイスチャットで話しかけると、一緒にプレイしないかと誘われた。
久々に時間を忘れてゲームを楽しんだ。これは良い気分転換になりそうだ。
「アジリティ極振りの超近接スタイルは健在だな」
と、仲間の一人に言われた。
僕はナイフとハンドガンで接近戦を挑むスタイルを得意としていた。敵の背後に回り込み、手に馴染むタクティカル ナイフで瞬時に首を刎ねる。
その後、すぐにグロック19を抜き、正確な射撃で後続の敵を制圧する。
僕は狭い場所での戦闘を好んで行う。開けた場所だと、狙撃の心配があるし、弾幕を張るタイプのガンナーに四方を囲まれると無力だからだ。
それでも敵の数が少なくなってくると、敢えて開放された場所で先陣を切って戦う。
人数が少なければ弾丸など避ければ済むし、何より気分がいい。
「やっぱり、鬼軍曹のこのスタイルは見ていて気持ちがいいよな」
仲間の一人が感嘆の声を上げる。僕はゲーム内では鬼軍曹で通っている。
FPSでナイフを主体とした超近接戦闘をする奴はあまりいない。
普通に考えて、ハンドガンの方が扱いやすいし、ゲームの仕様を考えれば、無意味な特技だと思う。
「鬼軍曹、左側面から敵が迫っている」
左側を確認するより早く弾丸は頭をかすめた。視認した先にいた敵はフルオートで銃を乱射する。体を回転させ、弾幕を交わす。
グロックで応戦する。相手は手練らしく、こちらの銃弾を紙一重でかわしながら距離を詰めてくる。
アバターの動きとは思えないほど滑らかな足運びで、思わず惚れ惚れとしてしまった。
もしかして、トップランカーか?
こちらも相手の銃弾を避け、超近接戦に持ち込む。かがんで下段蹴りを繰り出す。相手が半歩下がり、蹴りを躱す。
そして即座に銃で反撃してくる。頭を正確に狙ってきているので首を傾けて受け流す。
心臓が激しく鼓動を打つ。汗が掌に滲むのを感じながら、僕は冷静に相手の動きを観察する。
一瞬の隙を突いて、ナイフを握り直し、急接近する。相手は瞬時に反応し、銃口をこちらに向けるが、その動作がわずかに遅れる。
この一瞬が命取りだ。ナイフを一閃させる。タクティカルナイフが相手の喉元に深く突き刺さる。相手のアバターが苦しそうに倒れ込むのを見て、僕は静かに息を吐き出す。
「鬼軍曹の身のこなしと、ナイフ捌きはぱねぇな」
仲間の一人が感嘆の声を漏らす。ここでの緊張感と高揚感が、現実の重苦しさから僕を一時的に解放してくれる。
ゲームも一段落ついたので、ゲーム内のメインフロアで談笑していると、一人のプレーヤーが近づいてきた。
「腕はにぶってへんみたいやな。やられたわ、鬼軍曹」
プレーヤー名は「Blooming Night」と表示されていた。僕はその名前に見覚えがあった。心の奥底に押し込んでいた記憶がふと蘇る。
「おい、無視すんなや。そういうクールぶってるとこ、ほんまムカつくわ」
その声色、話し方、どれもが懐かしかった。
「咲夜……?」
「久しぶりやな、亮」




