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ARIA  作者: 残念パパいのっち
フェイクビレッジ
29/99

追跡者

拓人は藤沢駅から歩いて15分くらいの場所にある総合病院に入院していた。


病室を訪ねると拓人は頭に包帯と左目に眼帯をしていたものの、幸い元気だった。


みんなで雑談をして、暗くなる頃に病院を出た。


木崎弥生は辻堂駅から離れた場所にアパートがあると聞いたのでアパートまで送ってから帰路に着いた。


茅ヶ崎駅を出て、裏通りの閑静な住宅街を歩いて帰ることにした。


「雫、聞こえる?」


『うん、聞こえるよ。なんか疲れたね』


「そうだな」


短期間で人間の醜い部分を散々見せられて、お互いに疲れていたんだと思う。


この一週間で分かったのは、SNSの情報を正しく解釈しない人間が多いという事実だ。


140文字の文章には真実よりも虚実が求められることが多い。キラキラした日常もギラギラした詐称も甘美なエンターテイメントに過ぎない。


SNSは一人一人が物語を綴る絵本のようなもので、必ずしも真実は必要ではない。しかし、物語を面白くするのはひとつまみの真実だ。


そのスパイスが人の感覚を麻痺させ、真実と虚構の境界を曖昧にしているのではないだろうか。


「なあ、木崎さんが言ってた違和感だけどさ、加藤さんとその取り巻きに情報を渡した奴がいるんじゃないかな」


『冷静に考えればそうかもね。私たちが真犯人の情報を掴んでいることを知った第三者が加藤さんにリークした……と言うなら、あの態度も納得できる』


僕たちは加藤さんとその取り巻きたちの悪事が露見したことで冷静さを失っていたと思う。


「俺たちが加藤さんが怪しいと判断したのは確か……」


『中原美奈、だね』


「加藤さんやその取り巻きに会う前に、この情報を知っていたのは、木崎さんと三神教授くらいしかいないはずだし……」


木崎さんはそもそもSNSをやっていなかったので対象外。三神教授はアリバイはないが、そんなことをするメリットがない。


悪事に加担したことがバレれば首になるだろうし、違う気がする。


その点、中原美奈は怪しさしかない。


『後で中原美奈の部屋に寄ってみる?』


「うーん」


また、あの部屋に行くのかと思うと気が重たい。だが、避けても通れない。


嫌なことは先に片付けるに限る。どうせ、同じアパートの住人だし、ついでに寄るだけだ。


「よし、今から行こう」


その時だった。


「いっ……」


固くて小さい何かが左腕に当たった感触があって、右手で触るとヌルっとした。


「血か……? 」


はっきりとは見えなかったが、離れた場所に人影が確認できた。


その直後、民家の塀に何かが当たり、跳ね返る音が聞こえた。


明らかに攻撃を受けているし、通り魔の可能性がある。


僕は思い切り、息を吸い込んだ。


「誰か、助けてください!」


その声が人影にも聞こえたのであろう。威嚇するかのように四発、パスン、パスンと空気が押し出されるような気の抜けた音が、夜の路地裏に響く。


エアガンか?


背中に背負っていたリュックを盾にして、相手に突進する。


こちらの動きを予想していたのか、人影は身を翻し、逃走を始めた。


『亮!? どうしたの?』


「突然撃たれた。多分、エアガンだ」


『怪我は?』


「血が出た。多分、あのエアガン違法改造されてる。今、追いかけてる」


『危ないよ。警察に通報しよう』


「種が分かってれば、避けられる。それに警察に通報したところで、証拠が少なすぎて捕まえられない」


『……もう。なら証拠があればいいのね?』


「ま、まあ……」


襲撃者は身軽でなかなか追いつけない。肩で息をしながら、必死で追いかける。


『ここから300メートル先が二股に分かれているの。追いかけてる人を右の路地に誘導できる?』


「はあ、はあ、無茶なことを……」


『できないなら諦めて。追いかけること自体が危険なんだから』


歯を食いしばる。まだ、行ける。僕はやれる。


「うおおおおおっ」


『声大きい。うるさい!』


全速力で襲撃者との距離を詰める。襲撃者がこちらを振り返る。


目深に被ったフードにマスク、一瞬だが目もあった。背筋に冷たいものが流れる。


だが、襲撃者も肩で息をしていた。恐れるな。あいつも人間だ。もう少しで追いつく。


また、襲撃者が振り返ったと思うと手に持ったエアガンの銃口がこちらを向いていた。


街灯のある箇所だったのでチラリと襲撃者の姿と手に持っている銃が見えた。


グロックか。本物のグロックは大部分がプラスチックで出来ている。


そのため、見た目が本物に近く完成度が高いと咲夜(さくや)が饒舌に語っていたのを思い出した。


エアガンのグロックの装填弾数(そうてんだんすう)は確か……


「二十二発や。あと、弾倉に一発入るから正確には二十三発。気に入らんのは本物より弾数が多く入るとこやな」


今の弾数は……


「弾切れした瞬間はどうしても隙ができる。亮は避けて接近するスタイルやろ、なら対峙してる相手の弾数は把握しといたほうがええで」


慌てているのか、トリガーを引く瞬間が手に取るように分かった。


分かっているから至近距離でも防げる。


スマホを素早く取り出し、着弾予測地点に構える。パキッと音が聞こえ、跳弾が頬をかすめる。


FPSと違って着弾予測地点がずれる。射程距離と空気の影響、弾の重さを考慮すると……。


襲撃者は弾かれたことに怯むことなく、数発こちらに向けて撃ち込んできたが、スマホで全て迎撃した。


先程と異なり、スマホに着弾しても鈍い音がする。なんで、音が変わったのか……。だが気にしている余裕はない。


その時、重要なことに気がついた。僕はスマホを持っているのだ。


「はあ、はあ、はあ、雫、撮影して」


『あっそうか。……駄目、カメラのレンズ割れてるみたいで映像がちゃんと撮れない』


「なんで……あっ!! 」


『何!? 』


スマホケースの継ぎ目、つまりカメラに弾丸が着弾したのだ。だから、薄いガラスが割れたような音がしたのか。


『どうしたの、何があったの、亮! 』


呼吸がきつくなってきた。説明する余裕もない。前方にY字路が見えた。雫が誘導をしようとしていたのはここのことか。


最後の力を振り絞って、襲撃者の左隣に追いつく。横に並ぶか並ばないかする寸前にグロックをこちらに向けてきた。


だが、もう避ける必要はない。


襲撃者はトリガーを引いても弾が出ないことに焦り、何度もトリガーをカチャカチャと引く音が聞こえた。


この距離なら捕まえられる。手を伸ばした瞬間に襲撃者から蹴りを食らった。


「ぐっ」


その勢いで道端に倒れ込んでしまった。手をついたら、小さな石ころが刺さって二度悶絶した。


アドレナリンが切れたのだろう。疲れがどっとのしかかり、呼吸も激しく乱れた。


襲撃者がY字路を右に折れて走り去るのが見えた。


「くそっ……」


『いえ、上出来よ。というか、無茶し過ぎ。この先は監視カメラがあるから犯人の顔も分かるし、このまま家に帰ろう』


「いや、ここで警察を呼ぶ。できるだけ、通り魔が捕まる確率をあげておきたい」


『分かった。監視カメラの位置を教えるから、警察にも伝えて』


「りょうかい」


警察官は15分もすると自転車に乗って現れた。こちらの状況を伝えて、被害届を提出した。


「この辺も巡回ルートに入れます。後、暫くはこの時間帯の外出も極力控えてくださいね」


そういうと、去っていった。


「あの通り魔、偶然だと思う?」


『流石にタイミングが良すぎるし、炎上事件と関係がありそうだね』


ただ、やることが半端なのが腑に落ちない。脅すわけでもなく、殺しに来るわけでもなく、何がしたかったのか動機が見えない。


「……もう限界だ。中原美奈には明日話を聞こう」


『そうだね。じゃ、家に帰ったら一緒に江ノ電からの車窓シリーズを見ようか』


「何それ……」


思わず、苦笑いしてしまった。


『私が記録した江ノ電からの美しい車窓をまとめたシリーズだよ。知らなかった?』


「初耳だよ。どんだけ、江ノ電好きなの」


その情熱はどこからやってくるのか不思議で仕方がない。でも、高ぶっていた気持ちが癒された気がする。


事件の全容が見えてきてはいるが、解決していない問題もいくつかある。


先程も一件増えたばかりだし、紐解くには時間がかかりそうだ。


こんなことがいつまで続くのだろう。


だが、翌日思わぬ形で炎上事件が進展することになる。



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