インターフォン
インターフォンを鳴らすとカメラ横のLEDが赤く点灯したが、数秒すると消えてしまった。
外側から窓を見る限り、灯りはともっているので家主はいるのだろう。
深呼吸して、もう一度インターフォンを鳴らした。
「すみません、このアパートの2階に住んでいる山内と言うものです。西条大学に通ってます」
大きめの声で話したので、ドア越しでも多少は聞こえただろう。駄目か、出てこないか……。
その時、カメラ横のLEDが緑色に点灯した。5秒ほど間を置いて、返事をしてくれた。
「なに? 」
「お友達の木崎さんが、この前借りたノートを返したいから届けてくれって」
「やよが? 」
「はい。実は木崎さんとアパートの話をしていたら、『ミーナと同じアパートじゃん』ってなって、頼まれてしまいまして……」
「……なら、ドアの横に置いといて 」
「あ、はい。ドアの横に立てかけておきますね」
よし、ここまでは木崎弥生の作戦通りだ。話は遡ること1日前。
***
「──ミーナがあんたらの写真を撮った犯人だって? 馬鹿も休み休み言ってよ」
『冗談じゃないし。ほら証拠だってあるんだから』
木崎弥生は額に手を当て顔を曇らせる。
「はぁ、マジかぁ……」
「木崎さんと中原さんは友達なの?」
「私は……友達のつもりだけどね。リアクションが薄いからたまに不安になるけど」
『どんな娘なの?』
「一言で言うと根暗かな。でも、意思が強い。自分で決定したことは必ず実行する。そういうタイプだね」
「……根暗って、酷いな」
『用心深い人?』
「そうだな……スマホには覗き見防止フィルターがかかっているし、パソコンもパスワードが二重にかかっているから用心深いのかもな」
「二重に?」
「ああ、UEFIとOSが起動するときにパスワードがかかってるね」
……UEFIが何なのか分からないが、OSを起動するまでに2回パスワードを入れないといけないことは分かった。
『なんか、神経質そう』
「どうかな、デスクトップはファイルでゴチャゴチャになっているし、神経質な感じはしないけどな」
話を聞く限り、変なこだわりを持っているタイプかもしれない。僕とは人種が違うみたいだ。
「……木崎さん、友達なら彼女を紹介してくれないか。話を聞きたいんだ」
「最近、電話に出ないんだ。それに、ミーナに尋問する気なんだろ」
『当然、するでしょ』
木崎弥生はため息を漏らした。
「だよな……。でも、ミーナが悪いことをしてるなら止めたい」
「一緒にアパートに行くのはどうかな。木崎さんなら呼び出せるでしょ」
木崎さんは両手で頬杖をつく。
「それは何度もやったよ。インターフォンには出てくれるけど、帰っての一点張りでね」
「困ったな……なんで引きこもってるんだろう?」
「さあね、ただ、夏休み明けから様子が変なんだ。顔色も悪いし」
『なんで、木崎さんは彼女と友達なの?』
雫の突飛な質問に目を大きく開いた。木崎弥生は腕を組んで頭を傾ける。
「なんでって……ほどよく放っておいてくれるから」
『なら、彼女も放っておいてほしいのかもね』
木崎弥生がポンと手を叩く。
「……放っておく。それだ」
思わず、雫と目を……もといカメラと目を合わせた。
「どういうこと?」
「少し、危ない橋を渡る気はあるか?」
『如何様にでも』
「渡る。このままじゃ、僕らの冤罪も佐藤先輩の無念も晴らせない」
「よし。作戦はこうだ──」
***
中原美奈の部屋のドア横に袋に入れたノートを立てかけた。
アパートの一階は死角が多い。
エントランスはクランク状になっているので、右に曲がって死角から中原美奈の部屋を監視する。
アパートの他の住人が出てこないかドキドキしながら、中原美奈がドアを開けるのを待つ。
時計をチラチラと確認をする。
途中何度かアパートの住人と遭遇したが、チラリとこちらを見るだけでさっさと部屋へ入ってしまう。自分が思っているよりも見知らぬ隣人に興味はないようだ。
その時、雫から着信があった。
『亮、首尾はどう?』
状況を伝えるために、カメラを中原美奈の部屋の前に向ける。
『まだ、拾われてないんだ。なかなか、用心深いね……うん?』
声を低くする。
「どうした?」
『亮、なるべく自然に一階アパートのエントランスから出て』
「なんで?」
『後で説明するから』
よく分からないがアパートの敷地外に出た。
『もう、戻っていいよ』
「なんなんだよ」
『さっきと同じ場所で待機して、早く!』
理由がわからないまま、また元の配置で監視を続けると、ガチャリと音がした。
中原美奈が部屋の扉を開けて、ノートを拾おうとしている。気がつくと、デジタルカメラを彼女に向けていた。
カシャリ。
薄暗い廊下にフラッシュで一瞬真っ白になった。中原美奈は眩しそうにこちらを見上げた。
顔を上げたのを確認して、更にシャッターを切った。
「……なっ、なに?」
デジカメで撮影した写真を中原美奈に見えるようにディスプレイを向けた。
「君に聞きたいことがある。断れば、今撮影した写真を加工して、SNSにアップロードする。今ならこんがり燃え上がると思うけど」
犯罪スレスレ……いや完全にアウトの発言だが、このままだと冤罪で社会的に抹殺されかねない。
背に腹は代えられない。
「……やよもグルなの?」
この状況にもかかわらず、この娘は異様なほど落ち着いていた。
実は追い詰められているのは自分ではないかと錯覚する。手は焦りで湿っていた。
「そうだとしたら?」
「別にどうもしない。いいよ、何が聞きたいの? 僕が答えられることなら何でも」
「僕?」
「ああ、《《僕》》じゃなかった、《《私》》だ。口癖が伝染っちゃってね。外は虫がいるから中で」
真っ黒なショートボブに、顔は青白く、目の下にはくまがあった。化粧っ気はなく、黒のTシャツに、黒のパンツ。
開かれた扉は魔窟への入口のように感じた。




